2nd battle:高天原唯vs鹿島唯祈

第1幕 よぼうせっしゅ

 ――最初に鼻をついたのは、石油の匂いだった。マリンブルーの瞳を開き、見回すと、ガラス窓の向こうに大きな給油装置。空間の中にはテーブルや自動販売機、漫画雑誌の本棚、観葉植物などが配置されている。ガソリンスタンド、だろうか。


「……成程ね。ここがバトルフィールド、ってわけね」


 椅子の一つに、一人の美少女が腰かけていた。ツインテールにされた金髪とダイアモンドのティアラ、華やかなゴシックロリィタ姿の少女には、どこか浮世離れした美しさがある。彼女――高天原たかまがはらゆいはテーブルの上に置かれたラジオに目を向けた。音割れがひどいラジオが流しているのは、ジャズだろうか。興味なさそうにそれを眺めていると、ふと異質な音声が割り込んできた。


『やぁやぁ、こんにちは、幸運で不幸な参加者さん! それでは、このゲーム「よぼうせっしゅ」のルールを説明するよ!』

「待って、要らないわ。デストリエル様に直接聞くから」


 デストリエル。

 唯たちが属する世界、もう一つの地球『アナザーアース』を司る天使の一人。あらゆる存在に終わりをもたらす『死の天使』だ。そして唯は、その命を受けて動く『デストリエルの巫女』の一人。世界を『死』で満たすことを目的に動く無数の傀儡のうちの一人だ。

 マリンブルーの瞳を閉じ、デストリエルと交信を試みて――


『あ、担当天使に聞くことはできないよ』

「は?」


 ――ラジオの音声に邪魔された。


『「マチュア・デストロイド・カンパニー」の担当はデストリエルだけど――』

「デストリエル様を呼び捨てにするとかアンタ何様のつもりよ」

『――デストリエルは、このゲームにおいてはあくまで君たちの世話係。君たちに積極的に手を貸すことは、神の名のもとに禁じられているんだ』

「無視してんじゃないわよ。っていうか、あのお方が神に屈服するとでも?」

『さて、脱線してると説明時間が無くなるから、この話ここで終わりね』

「無視してんじゃないわよ」


 音声は無理やり説明を切り上げ、一方的にルール説明に入った。マリンブルーの瞳を半開きにしたまま、唯はおとなしく説明に耳を傾ける。


『この世界ではゾンビパンデミックが絶賛発生中!』

「なんでそんな楽しそうなのよ。映画の予告?」

『軍や警察が銃を乱射してるんだけど、一向に収まる気配がないんだよねぇ』

「無能なの?」

『ゾンビはウィルス感染型でね。野生動物にも感染して時には進化し、モンスターを生み出すんだ』

「ベタね。ところで感染経路は? 血液感染?」

『それでクリア条件だけど――』

「無視してんじゃないわよ」


 いちいち突っ込みを入れ、やがてそれにも疲れたのか深く溜め息を吐く。テーブルに頬杖を突き、おとなしくラジオの音声を耳に入れていく。


『勝利条件はワクチンの入手! 投与する必要はないからね。そこに地図があるでしょ?』

「地図? ……あぁ、これね」


 ラジオの隣に手を伸ばすと、かさり、紙の感触。見ると、目的地が書かれた会場全体の地図だった。目的地は地図の中央部。唯の現在地は北東。


『目的地には洋館があるんだけど、そこでヒントを集めて、吊り天井の応接間を抜け、ピアノで月光を弾いて地下の研究所に行けばワクチンが手に入るよ。そうやってワクチンをゲット出来たら勝ち! 投与する必要はナッシング!』

「どこのフリゲ?」

『あ、制限時間はないけど、24時間後に核ミサイルが飛んでくるから、そこは留意しといてね。あとこの説明が終わり次第、ゾンビが密室になだれ込んでくるから、そこんとこよろしく! ではよいゲームを!』

「は!? ちょっと待ちなさいよ!!」


 唯の言葉など聞かず、ラジオの音声は一方的に切れた。再び軽快なジャズが流れだし――諦めたように、唯は派手に息を吐いた。


「ったく……かったるいわね。けど、やるっきゃないわ!」


 密室のガラスを打ち破り、無数のゾンビが雪崩れ込んでくる。

 唯は静かに回転式拳銃を抜き放ち、銃口を一体の眉間に向けた。

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