第2幕 それぞれのやり方
灰色の肌。血に飢えた牙。苦しそうな呻き声。虚ろに迫る足音。それらを前に、唯は回転式拳銃の引き金を引いた。肩に強い衝撃、飛び出る銃弾。それはゾンビの一体の心臓に食い込み、埋まる。しかしゾンビの動きが鈍る気配はない。
(……まぁ、期待はしてなかったけど)
ゾンビを倒すには、脳を破壊するか首を切断する必要がある。口径の小さな拳銃では不利だ。唯は拳銃をホルスターに仕舞い直し、マリンブルーの瞳を瞬かせる。
(っていうか、こういうのは私の領分じゃないのよ。私のやり方は他のメンバーに指示を出して、戦況を優位に導くこと。想定してるステージが違うわ)
霧矢ならば、『施療』でウイルスを無効化しながら突っ込むだろう。
千草ならば、鎖でゾンビを縛るなり、バリケードを作るなりするだろう。
雫ならば、生命力を転換したエネルギーでゾンビを消し去るかもしれない。
紅羽なら……嫌々ながら獣を召喚し、全て倒し尽くすかもしれない。
真冬ならば、まとめて転送するなり氷漬けにするなり、好きにするだろう。
(だけど――私に、
あるのは、『デストリエルの巫女』としてのカリスマ性だけ。
ならば――と、彼女は金髪を揺らして顔を上げた。マリンブルーの瞳が、青白い雷のような光を宿す。片手を伸ばし、ゾンビたちを指さして――堂々と、口を開いた。
(私の寿命と引き換えに。あなた様の権能、お借りします……デストリエル様ッ!)
「ひれ伏しなさい、哀れな屍肉共。『デストリエルの巫女』の名のもとにッ!」
唯の全身が、金色の鱗粉を纏う。それは彼女の背後にオーラのように展開され、流れるような金髪の美しい天使の姿を取った。輝く巨大な天使の翼、華やかだが実用性も考慮されている天使装束。それこそが彼女が崇拝する『死の天使』――デストリエル。
ゾンビの一体が、はた、と足を止める。そこから波及してゆくように、他のゾンビたちも次々と足を止めた。堪えきれず、唯の口元が歪む。狐のような笑みが漏れ、マリンブルーの瞳が光を歪めるように細められる。
「あはっ……やっぱり効いたわね。ゾンビだって元は人間だもの」
ウェーブを描くように、ゾンビたちが次々と唯に
「あなたたちは今から、私の忠実な手駒。私の命令に素直に従い、私の手となり足となって動く存在よ。泣いて感謝しなさい」
言い放ち、灰色の集団を眺めまわす。彼らは一言も反論しない、声すら出せない。調教の成功を確信しつつ、唯は金髪のツインテールを手で払った。美しい天使と錯覚するような姿が、ゾンビたちを睥睨する。
「さぁ……ついてきなさい、屍肉共。『デストリエルの巫女』のお通りよ」
◇
その頃、ミドルスクールとみられる学校の教室には、一人の少女が立っていた。その足元には戦闘の余波で吹き飛んだ学習机と、そして無数の灰色。それらは頭を打ち砕かれ、あるいは喉を切断されて、ぴくりとも動かない。
「ふふ、楽勝だったわね」
窓から吹き込む風に、長い黒髪が揺れる。大きな瞳が凛々しい光を宿す。平均より少し高い身長、全体的にバランスの整った身体。それらを黒いラバースーツのような特殊繊維で包んだ彼女は、両手に一本ずつ握った朱色の長槍を軽く回した。その形が本来の武骨な直刀に戻ってゆき、纏った桜色の光が徐々に抜けてゆく。
「さて……と」
少女は机の間に落ちていた地図を手に取り、目を通す。現在地は黒い点、目的地は赤い点。存在する地形や施設を、大きな黒い瞳が一つ一つ頭に入れていく。才色兼備かつ品行方正、何事もそつなくこなすスーパーJK。そう呼ばれる彼女は、地図に記されている情報を一つ一つ、丁寧に、確実に頭に入れてゆく。
地図を持ち歩くという選択肢はなかった。彼女の戦闘手段は二刀流。手に地図を持っていることはできない。服のどこかに仕舞うということも考えたが、彼女が纏っているのは身体のラインがはっきりと出てしまうタイプのボディスーツ。ベルトなりポケットなりはついていない。ついていたとしても、戦闘での彼女の激しい動きについていけず、服から外れてしまうのだ。
「……よし」
地図の情報をほとんど頭に入れ終わり、少女は地図を机の残骸に挟み直す。そのまま倒れたゾンビたちの合間を縫って、歩き出した。
彼女の名は、
学園都市「月臣学園」に通う女子高生であり、六花特殊作戦群の退魔士見習い。
そして――唯が近く出会うこととなる、このステージの対戦相手である。
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