本編

Prologue

「――揃ってるわね」


 金髪のツインテールが、さらりと揺れる。豪奢なゴシックロリィタに身を包んだ少女が、周囲の少年少女を見回した。大都市圏の一角に位置する小さなビル、VR空間を思わせる内装のオフィス。あるいは椅子に座り、あるいは壁に寄りかかり、少年少女は彼女を見つめている。青白い照明が照らし出すのは、華やかさのある顔立ちの美少女。彼女――マチュア・デストロイド・カンパニー代表取締役社長の高天原たかまがはらゆいは、女王のように大仰な仕草で両手を広げた。


「皆……“例の依頼”の話は覚えてる?」

「“例の依頼”……あぁ、異世界の連中と戦うっていう?」


 ふわふわとした赤毛が揺れる。回転椅子に逆さまに腰かけ、背もたれに両腕をついた少年が口を開く。大型犬を思わせる顔立ちの中で、蛇のような金色の瞳が異質に瞬いた。彼――芝村しばむら千草ちぐさの言葉に、唯は重々しく頷いた。サファイアを思わせる蒼い瞳が瞬く。


「そうよ。とある筋からの依頼……異世界の住人たちと、指定されたゲームで戦いを繰り広げろ、という依頼よ」

「……なァ、社長よォ」


 中学生にしては低い声が響いた。血のように紅い三白眼が瞬く。乱れた黒髪の襟足が長く伸び、白い学生服の肩に垂らされていた。少年――夜久やく霧矢きりやは両腕を組み、大きな口をおもむろに開いた。間接照明に白い八重歯が輝く。


「それ受けて、俺様たちに何かメリットあんのかよ? 別にゲーム内容は殺し合いだとは限らないんだろ? だったら俺様たちに大したメリットねえじゃねえか」

「そーだよそーだよ。美味しいお肉が手に入るとか、そういうのもないんでしょ? だったら別に受けなくてもよくない? 何でわざわざ受けるのさぁ」


 ジャーキーを飲み込み、跳ねの強い黒髪をポニーテールにした少女が顔を上げた。白く長い指を舐めながら、光のない紅い瞳を半目にして唯を眺める。デスクの上に体育座りをして、赤錆色のワンピースの裾から黒いストッキングに包まれた脚が伸びていた。抱えた袋から次のジャーキーを取り出しながら、少女――白銀しろがね紅羽くれはは答えを待つように目を細める。対し、唯は蒼玉の瞳をすっと細めた。


「……理由なんて要るの? 殺し合いじゃないゲームだとしても、相手を殺しちゃいけないだなんてルールはないわ」

「ハハッ、違いねェ」


 両腕を広げ、霧矢は八重歯を見せて笑った。紅羽がジャーキーを噛み千切り、薄い唇を分厚い舌で舐めとった。不意に、千草の隣の椅子に腰かけていた少女が顔を上げた。腰まである長い青髪が揺れ、青く丸い瞳がおどおどと揺れる。セーラー服の胸元に手を当て、彼女――瀬宮せのみやしずくはおずおずと口を開いた。


「あの……依頼を受けるのには、異論はないんです、けど。……依頼主さんの目的って、なんなんですか? 何のために、私たちを異世界の人々と……?」

「……さぁね。これは『神様』を名乗る者からの依頼……天賦ギフト持ちとはいえ、あくまで人間でしかない私たちには、推し量れるものではないわ」

「お前は天賦ギフトすらねェだろ、社長」

「うるさいわよ」


 この世界――『アナザーアース』では、神の存在が立証されている。その証明こそが少年少女が持つ能力、天賦ギフトである。それは神から授けられた異能力、しかしどう使うかは人に委ねられている。それを使って人を殺しても、あるいは助けても神々は文句をつけない。ソレらの目的は人間に推し量れるものではない。

 唯は緩慢に視線を動かし、ガラス窓に寄りかかった少女を見やる。腰までの三つ編みにされた、雪のように白い髪が目を焼く。黒いワンピースにストッキングと、全身黒ずくめのその姿の中で、白い髪と肌がひどく際立っていた。人間離れした美貌の中で、薄紅色の瞳が瞬く。彼女――白魔はくま真冬まふゆは、虚ろな無表情を崩さないままに、静かに口を開いた。


「……神々の手の中で、踊らされている感じがなくもない。唯……それでも、いいの?」

「むしろ本望よ。望むところだっての」


 傲慢な女王のように言い放ち、唯は自身の顔の輪郭をなぞるように、そっと手を当てた。豪奢なゴシックロリィタの袖がさらりと揺れる。彼女は悪魔のように深く微笑み、堂々と言い放つ。


「さぁ、間もなく始まりの鐘が鳴るわ。誰が選ばれるか、どんな戦いが繰り広げられるのか、それは完全に未知よ。だけど……私たちが、私たちであることを証明するために」


 ――青い瞳が、蒼白な雷の如く瞬いた。


「社長命令よ――総員、全力で戦い抜きなさい!」

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