6話:先はまだ長いけれど

 年が明けて2日目。正月恒例の親戚の集まりがある。正直、行きたくない。憂鬱だ。何故なら——


「あんたもいい歳なんだしそろそろ良い人を見つけないと——」


 酔いが回り始めると祖母の説教が始まるからだ。

 私の従兄弟は全員結婚している。中には子供がいる人も。未婚は私だけ。毎年毎年、その事を持ち出されるのはうんざりだ。

 良い人は見つかった。というか、気付かないだけでずっと近くにいた。だけど、結婚まではあと二年以上ある。そういう約束をした。それを話したらきっと『騙されてない?大丈夫?』とか言われるのだろう。友人にも同じことを言われた。両親にはまだ話していない。


「はいはい。ばあちゃん、大丈夫だよ。三十歳までには結婚する予定だから」


「そんな余裕ぶってて大丈夫なのかい?」


「大丈夫だって。心配せんで」


「わしらももう長くないんだから、それまでには——」


 祖父母はもう九十近い。死ぬまでに孫の花嫁姿が見たい。それは祖母として当然の願いなのだろうか。申し訳ないが、私にはエゴだとしか思えない。私には結婚願望があるけど、無い人も世の中にはたくさんいるのに。結婚したくても出来ない人もいるのに。

 高校生の頃に付き合っていた彼女と別れた理由は、それだった。社会に出た彼女は現実を見てしまった。女子校という狭い世界の中では、女同士の恋愛なんて普通だった。だけど、世間ではそうでは無かったらしい。『ごめんね鈴歌ちゃん。私、普通に生きたい』そう泣きじゃくった彼女を、私は責められなかった。彼女はレズビアンだと言っていたが、今はどうしているのだろう。心を殺して好きでも無い男と生きている選択をしたのだろうか。

 私はバイセクシャルだ。そして、今付き合っている人がたまたま男性だった。だから当たり前のように結婚の約束をすることが出来た。だけど、この国における結婚という制度は異性愛の特権であることを私は知っている。

 知っているから異性を選んだわけではないが、ふとした時に彼女のことを思い出さずにはいられない。

 だからといって、彼のプロポーズを蹴る気はないのだけど。そんな意味の無い同情、私ならされたくないから。

 ちなみに、両親は私がバイであることは知っているため、結婚の話も気を使ってあまり持ち出してこない。


「……根拠なく言ってるわけじゃない。結婚はするよ。そういう約束はした。今付き合ってる人と。まだ口約束だけど」


「……ちょっと待て鈴歌、それは信じていいやつか?」


 父が私に訝しげな視線を向けながら言う。両親は、過去の恋愛事情を全て知っている。親戚も全員、私がバイセクシャルであることは知らないかもしれないが、男運がない事は知っている。


「大丈夫だよ。父さん。相手は父さんがよく知る人だから」


「俺のよく知ってる人?……まさか、そらか?」


「なわけ。既婚者だっつーの」


 空さんというのは、父の幼馴染であり、みーくんの伯父でもある人。そして、私の初恋の人でもある。


「付き合ってんのは空さんの甥っ子だよ」


「甥っ子って……えっ!まさかかいちゃんの息子!?」


 誰?と首を傾げる従姉妹達だが、父の兄弟や祖父母はピンときたらしい。


「海ちゃんって空くんの妹?」


「そ」


「あー……あのやんちゃ王子か……」


「王子?」


「男の子みたいだから」


「ちょっと気になるかも」


「今はモヒートってバーでバーテンダーやってるよ」


 父達が海さんの話で盛り上がってる中、ポケットに入れているスマホが震える。みーくんからかと期待して開くと、二度と見たくない名前から「会いたい」とメッセージが届いていた。みーくんの前に付き合っていた既婚者の元カレだ。ブロックしたと思っていたが、し忘れていたらしい。

 送る相手間違えていやしないだろうか。ブロックしようとすると、メッセージが続いた。「実は、離婚したんだ」というメッセージを見た瞬間、思わず鼻で笑ってしまった。「離婚したがってたもんね。おめでとう。私も婚約者が出来たよ。お互い幸せになろうね」と返して速攻でブロックした。

 このメッセージが届くのがもう数ヶ月早かったら、私は彼の甘い誘いに乗ってしまっていたかもしれない。だけど今はもう大丈夫。ちゃんと、私を尊重して大切にしてくれる人と恋人になれたから。

 結婚まであと二年と八ヶ月。先はまだ長いけれど、彼と歩むその先の未来は幸せで溢れているのだろうと、私は確信している。

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