3話:未来の夫

 付き合って二ヶ月が経った。結婚まであと二年と十ヶ月。


「ふっふっふ……この指輪が目に入らぬか!」


「えっ!なに!?結婚すんの!?」


「おーほっほっほっほ!お先に失礼しますわよー!」


 その日は友人三人と女子会をしていた。全員中学の同級生で、全員独身。恋人が居ないのは私だけ。だったが、今日はその中の一人である花菜かなから結婚するという報告を受けた。続いて「実は私も」と左手薬指の指輪を見せて控えめに笑ったのはグループの癒し枠である華恋かれん。そして、悔しそうに唇を噛み締めているのは友香ともか


「おめでとう。二人とも」


「……鈴歌、意外と冷静だね。絶対発狂すると思ったのに」


「いや、実は私も……」


「は!?ちょ!待って待って!?鈴歌まであたしを置いていく気!?」


「大丈夫大丈夫。まだ三年近くあるから」


「「「三年?」」」


「三年後にプロポーズするから待っててと言われまして」


「……大丈夫?詐欺じゃない?それ」


 三人とも、私の今までの恋愛遍歴を知っている。また変な男に引っかかっているのかと心配するのも無理はない。


「大丈夫よ。今回は本当にまともな人。幼馴染なんだ。生まれた時から知ってる」


「生まれた時からってことは、年下?」


「うん」


「珍しい。老け専なのに」


「老け専ってほどじゃないけどまぁ、歳上の方が好きだな」


「いくつ下なの?」


「……ギリギリ小学生被らないくらいかなぁー」


「犯罪じゃねぇかよ」


「未成年だけど高校は卒業してるからセーフ!」


 三人の冷ややかな視線が突き刺さる。


「……大丈夫?本当に」


「大丈夫だってばぁ……写真見る?ほれ。これが私の未来の旦那様よ」


 付き合ってから初めてデートをした時の写真を友人達に見せる。


「胡散臭さが無いのが逆に胡散臭い」


「頼りなさそう」


「わ、私はいいと思うよ」


 華恋の気遣いが逆に刺さる。


「こう見えてめちゃくちゃ優秀だからね!?作業中にコーヒー差し入れてくれるし!私の仕事を馬鹿にしないし!飯作れって言わないし!」


「クズと付き合いすぎて優秀のハードルが下がってるな……」


「私にはもうみーくんしか居ないのよぉ!」


「捨てられたら死にそうで心配」


「みーくんは私を捨てないもん!」


「みーくんって呼び方もバカップル感あって心配だわ……」


「みーくん呼びは昔からだから!」


 苦笑いする三人。過去の恋愛遍歴がアレだったから仕方ないとはいえ、彼のことをなにも知らないのに悪く言われるのはムカつく。


「そこまで言うなら今度会わせてやんよ。私の未来の旦那様に」





 というわけでそれから数日後。実際に彼を三人に紹介することに。


「鈴木湊です」


「「「……」」」


「……えっと……」


 三人から訝しげな視線を向けられ苦笑いするみーくん。微妙な空気が流れる。


「……すまんね。三人とも、私の恋愛遍歴知ってるからさ。信用無いのよ」


「あはは……」


「はい。湊くん、質問いいですか」


 花菜が手を挙げる。


「えっ、えっと……どうぞ」


「鈴歌のどこが好きですか」


「どこ……うーん……」


 沈黙が流れる。


「えっ。ちょっ、みーくん?無いの?私の好きなところ」


「いや、無いわけじゃないけど……具体的にって言われるとわからないかも」


「ひどーい!」


「ごめんね。……でも、可愛いなとは思ってるよ。昔から。正直、あなたの恋人になりたいと思ったことはないんだけど……」


「おいこら。そこは嘘でもあると言え」


「あははっ。ごめんごめん。……けど、恋人になってって言われて、あなたと共に生きていく人生を初めて考えた時、悪くないなって思ったよ。変な人に引っかかって傷付くあなたをこれ以上見なくて済むしね」


 そう言ってふっと笑うみーくん。私以上に友人三人の方が照れていた。


「……ちょっと鈴歌。何この天使。少女漫画の世界から召喚したの?」


「可愛かろう」


「……湊くん」


「はい」


「君に鈴歌は勿体無い。他探したほうが良いよ」


「ちょっと友ちゃん、冗談でもそれは無いぜ」


「僕は生まれた時からずっと彼女を見てきました。彼女の良いところだけじゃなくて、悪いところも。彼女がどんな人か理解した上で一緒に居るので、心配しなくても大丈夫ですよ」


 眩しい笑顔で彼は言う。思わず友香も「すまんかった」と頭を下げた。


「怖いくらい欠点が無いんだけど。本当に鈴歌の彼氏?レンタル……とかじゃないよね?」


 花菜が言う。


「信用なさすぎでしょ。私」


「いや、だって……ねぇ?」


「あはは……正直、皆さんの気持ちは分からなくはないです。鈴歌さんに恋愛運が無いのは僕も知ってますから」


「ようやく運が向いてきたってことよ」


「そう言ってもらえると光栄です」


「ところで、なんで三年なの?すぐ籍入れても良さそうだけど」


「僕はまだ未成年なので」


 そうだったという顔をする三人。


「ん?高校卒業したばかりだよね。だったら三年じゃなくて二年でいいんじゃない?」


「恋の寿命は三年らしいので。一生を共に生たいというなら、恋が冷めても同じ気持ちで居てほしいんです。……なんて。ちょっと、重いですかね」


「未成年に対して結婚を迫った女よりは全然重くないと思う」


「あはは。じゃあ、お互い様だね」


「……そうだな」


 顔が熱い。私多分、真っ赤だ。こんなにも愛されていると感じたのは26年生きてきて初めてだ。


「……みーくん、私のこと好きすぎかよ」


「ふふ。好きですよ」


「……ヤバい泣きそう」


「お前が泣くのかよ」


 友香が泣き始める。それに釣られたのか二人も泣き始める。そんな三人を見て「愛されてるね」とみーくんが笑う。

 私の目からも自然と涙が溢れた。

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