07話.[あなたが好きよ]
新学期開始まで後1日。
つまり春休み最後の日をどう過ごそうか悩んでいた。
いつもみたいに家事などはある程度終わらせてしまっているからなにもないのだ。
「瑠奈、いい加減起きなさい」
「やだ……なんで今日で春休みが終わりなのよ」
「知らないわよ……」
春休みに入ってから五月と会っていないから連絡してどこかに行ってもいいかもしれない。
それで実際に連絡をしてみたら来てくれるということだった。
五月はもう3年生か、来年になったら卒業だと考えるといまから少し寂しい気持ちになる。
「来た」
「ええ、ありがとう」
もう本格的に寒い季節は終わっているのに冷えるからと布団から出てこない瑠奈とは違う。
彼女はいつでも活動的な人、仮に呼ばなくても出かけた先で出会ったりするぐらいだから。
相手が家にこもってしまっていたらできないことだからありがたい、特に会話はなくても一緒にいられるだけで安心できるから。ひとりであまり行動させたくないのだ。
「瑠奈はだめだめ」
「うっさい、布団が快適すぎるのが悪いのよ」
「こういうのを開き直りと言う」
「ふふ、五月の言う通りね」
このふたりにとってはこれが普通だから違和感もない。
どちらの味方をしてもちくりと言葉で刺されてしまうから気にせずに両方の味方をする。
それにいまなら全面的に彼女の方が正しいからだ、いい加減出てきてほしい。
「五月、一緒にお買い物に行きましょう」
「分かった」
「瑠奈は少なくとも出ておいてね、明日の朝慌てなくて済むように準備をしておくこと」
「分かったわよ……」
比較的安く買えるスーパーに向かっている間、当たり前のように五月の手を握っていた。
これは瑠奈に対するそれとは違う、相手が尊敬している人でも可愛いから仕方がないこと。
五月も特にそれについては言ったりせずに「アイスを食べたい」とか言っているだけ。
だからこれは手伝ってくれた人に対するお礼だ、瑠奈にはな……違うのを買っておいた。
春でもそこそこ冷えるからすぐに溶けたりはしないだろう。
歩きながら食べるのは行儀が悪いからスーパー外のベンチに座って食べることに。
「沢山買ったね」
「ええ、学校後に行くのは大変だからある程度買いだめするのよ」
ミルクアイスは美味しいな。
普段は自分のためにアイスを買ったりしないから尚更。
でも、早く食べて早くこれを渡してあげないと恐らく不機嫌になる。
五月とやらしいことをしていたんじゃないの? とか聞かれても困るから。
「帰りましょうか」
「ん、家でお菓子食べていい?」
「ええ」
一層のこと五月も住んでくれたらって考える自分と、瑠奈とだけでなかったらああいうことができないから下手に口にするべきではないと考える自分がいる。
私はあの子が好きだ、いつどんなときでも一緒にいてくれたから。
「ただいま」
「おかえりー」
「あっ、出てないじゃない!」
はぁ、それなのに春休みはずっとこんな調子で困ってしまう。
……しかも自分から切り出すことはできないというのが難しいところ。
徳を積んでおかなければ明日駄目にある、違うクラスになったら悲しい1年間の始まりだ。
「顔を洗うために出たから無問題、いえい」
「五月、もうあなたが代わりに住みなさい」
「ん、分かった」
「ちょっ、絶対に住むのはやめないからね!?」
これだけやかましくしても文句を言われたことがなかった。
けれどそれは我慢させてしまっているということだ、申し訳ない気持ちでいなければ。
それかもしくは防音対策がしっかりされているのかもしれないが。
「僕はもう高校3年生、敬語を使って」
「嫌ですーっ」
「使ってるじゃん、瑠奈はツンデレ」
「はあ!? 調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!?」
「もう少し静かにしなさい」
そういえば明後日から山本さんも高校に来るということか。
また高橋君に変に警戒されてもあれだから近づくのはやめることにしよう。
なんらかのことで頼ってきたりしたら先輩として対応するけど基本的にはそんな感じで。
「ぼく達はアイスを食べた、残念ながら瑠奈にはない」
「え……ずるいじゃないそんなの」
「買ってあるわよ、違う物だけれど」
「やっぱり紫乃は最高っ、大好き!」
「ふふ、もう少し静かにね」
お願いだから明日一緒のクラスにしてください。
本当にそれだけで1年間が絶対に楽しくなると言えるから。
修学旅行だって秋頃にある、そのときにこの子と行けなければ嫌なのだ。
私にできることだったらなんでもするから、家事だってまた全部やったっていいから。
毎日言われなくても校舎のどこかを綺麗にしてあげるから、本当にそれだけは……。
「大丈夫」
「えっ?」
「心配しなくても紫乃達なら大丈夫」
な、なにかを言ったわけではないのになにかを察したかのような発言と表情。
でも、ここで敢えて無表情だからこそ伝わってくるというか、大丈夫な気がしてくる。
尊敬できる人が大丈夫だと言ってくれているのだから不安になる必要はない。
「ありがとう、五月のおかげで落ち着いたわ」
「ん、紫乃はいつもちゃんとやってるから応えてくれるよ」
「……抱きしめてもいい?」
「いいよ、お菓子も買ってくれたし」
彼女を抱きしめつつ、本当に嬉しいことを言ってくれると内で呟いた。
結果を言えば五月の言う通り無問題だった。
ちなみに今日は私達の始業式があり、明日は新入生の入学式がある。
だから明日はまたお休みで、その後も土日があるから新入生と会えるのは来週の月曜日から。
山本さんが自分の意志で来るのかどうかというところが気になっていた。
「体育館に行くわよっ」
「どうしてそんなにハイテンションなのよ」
「当たり前でしょっ、紫乃と同じクラスになれたんだからっ」
うっ、確かにいまは物凄く喜びたいところ。
始業式が終わって、HRが終わって、解散になったらぴょんぴょん跳ねることにしよう。
「や、やったわっ」
けれど待ちきれなくて体育館から校舎内に戻ってきてすぐに跳ねてみた。
「どうしたんだ? 佐藤らしくないな」
「は゛……なに見てるのよ」
「無茶言うなよ、それより来週の月曜日から遥が来るんだ!」
凄く嬉しそう、春だけに遥さんが……やめておこう。
ハイテンションで語り始めた彼を放って今日から変わった教室へ。
番号順にリセットされているために残念ながらそこそこ離れてしまってる。
が、同じクラスになれればそれで十分だ、わがままは言わない。
HRはそんなに特別ななにかがあるわけでもなくすぐに終わった。
「新学期早々、すぐに帰るのもあれよね」
「確かにね、暖かくなったから適当に散歩でもするか」
「いいわね、運動不足だったから少しぐらいは動いておかなければ駄目だもの」
それに今日は午前で終わっているうえに明日、明後日、明々後日も休みだからいい。
春というのもあって暖かい中ただのんびりと過ごすのも悪くはないだろう。
もう楽しい1年間になることは決まっているのだから。
仮に別々のクラスになっていても同じ家だからそこまではなかっただろうけれどね。
「でもまだ風が冷たい……」
「仕方がないわよ、手でも繋いでおけば問題もないでしょう?」
「……それって触れたいだけなのでは?」
「うるさい、それ以上言うならやめるわよ?」
そう、黙って握られておけばいいのだ。
触れたいなんて当たり前だ、だって凄くいい気分なのだから。
そこに安心感も加われば全然違う。
「そういえば3年生である五月はどうして――」
「呼んだ?」
「わああああ!? あんたどっから出てきてんのよ!」
五月は単純に彼女の前に急に現れただけ。
いや、正確に言えば彼女の両足の間からわざわざ前に出たことになる。
「紫乃、しましまだった」
「知っているわ、よく干すもの」
「なに覗いてんのよお!」
下着ぐらいで今更驚くようなことはない。
不健全な生活を続けているというわけではなく、一緒に過ごしていれば慣れるものだから。
「五月も一緒にお散歩をしましょう」
「ん、肩車して」
「分かったわ」
待って、これじゃあ全く意味が無くなってしまう。
でも、もう乗る気満々の五月、いま断ったら必殺技やだやだ攻撃をされてしまうだろう。
新学期早々そんな攻撃を食らうわけにはいかない、今日ぐらいは平和のまま終えるのだ!
「紫乃、アイス食べたい」
「昨日も食べたじゃない、あまり食べるとお腹壊すわよ?」
「食べたい、瑠奈とも食べたいから」
「分かったわよ」
もちろん今日はお金を払ったりはしないけれど。
瑠奈も同じ物を注文して食べていた。
ちなみに現在進行系で肩車をしている状態だ。
溶けて垂れてこないか本当に怖い、鳥の糞よりはマシかも……いや、それでも駄目。
「お、おおう……じ、地味に怖い」
「それなら下ろすわ」
「ん、お願い」
とにかく、これで後は私が行動するだけだ。
瑠奈が動くのを待ったりすると延々に状況が変わらない。
ご飯とかも頑張って作って、さり気なく好きだと伝えられればそれで……それが難しいが。
「あっ、そういえば早く家に帰ってこいって言われてた!」
「駄目じゃない、それならもう帰りなさい」
「ん、それなら土曜日に行くから」
「分かったわ、気をつけなさいよ」
ふぅ、けれどあのとき振っていかなければこうなってもいない。
まだ好きでいてくれているのなら瑠奈にとっても悪くないはずのこと。
「うわっ、ついた……」
「なにやっているのよ……」
落ちなくなってしまうから慌てて拭く。
帰ったらもっと本格的にやらなければならない。
というか、その気になってばかりなのはこちらだけではないだろうか。
「早く帰りましょう、しみになってしまうわ」
「うん……って、いたっ!? なんでそんなに強く握るの?」
「うるさい、早く行くわよ」
こちらばかり変えておきながら自分は平常運転なんておかしい、不公平っ。
自然と速歩きになっていたのか「速いっ」と彼女が大きく叫ぶ。
そこではっとなって少し歩く速度を下げて、彼女に合わせようと努力をした。
「今日はどうしたの?」
「あなたと同じクラスになれて凄く浮き立っているのよ」
「あたしも同じよ、でも、なんか怖い感じがするから……」
「怒ってはいないわ」
いまはそれを喜んでおけばいいか。
焦ってもなにもいいことはないからとこれまでで分かっているから。
「あー……」
「なにだらだらしてんのよ」
なんだか今日はやる気が出ない。
机に顎を置いてずっとゆっくりしていた。
熱があるわけではないことは既に確認済みだ。
分かった、入学式があるというだけで休みだからだ!
というか、どうして春休み最終日にやらないで敢えて始業式の後に入学式なのだろうか。
「そんな顔をしているとキスするわよ」
「別にいいわよ……」
「投げやり……少しは真面目に反応しなさいよ」
ふぅ、こんなことになったのは初めてだった。
これまでは掃除とかお買い物に行ったりとか色々なことをして良かったのに。
これから寝るというときに今日もいい1日だったと言えるような時間を過ごせていたのに。
「今日はパフェでも食べに行く?」
「駄目よ、家で勉強をしていなければならない日なのだから」
「で、あんたはそれ?」
「……自宅でゆっくりしている分には責められる謂れはないわ」
そういうところは律儀に守る人間だった。
流されてはならない、それで怒られるぐらいなら家でゆっくりしていた方がいい。
ルールを守っておけば他人にとやかく言われなくて済む、いまはそれどころではないのだ。
「横、座るわよ」
「ええ」
さっさと告白してしまえば変わるのだろうか。
こちらと違って机の上に手を置いている彼女の手の上に手を重ねて。
「好きよ」
って、言えたらどんなにいいか。
もちろんいまのはあくまで内で実行したこと、本人は「なによ?」と聞いてきているだけ。
もう無くなってしまったのだろうか、好きだと言う気持ちはこの子の中にもうないの?
「瑠奈、あなたはこの先も一緒にいてくれるわよね?」
「は? 当たり前じゃない、仮に喧嘩してもこの前みたいにすぐに仲直りして居続けるわよ」
「ならいいわ、でも、無理はしないでちょうだい」
「してないって」
言わなきゃ分からないわよね。
けどもし言って断られたら? 自分の方がここから逃げ出しかねない。
怖いっ、それならまだ保留にしておいてとりあえずは休みを満喫しよう。
「あぁ……」
「もー、今日はおかしいわね」
「お昼寝をしましょう、またこの前みたいに」
「この前? って、これかあ!?」
こうでもしていないととても不安になる。
ちなみに何気にこたつは働いてくれていた。
そこに胸ぐらいまで入って、彼女を抱きしめつつ寝られるという幸せ。
「胸、小さい……」
「余計なお世話よ!」
「でも、柔らかくて好きだわ、全体的に……」
「まったく……」
今日の家事はこっちに全部やらせたくせにさっさと寝やがって……。
春休み最終日に布団にこもっていたあたしのことをなにも言えない。
いまのままだと説得力がなさすぎる、けど起こすこともしたくないからそのままだけど。
「必死に抱きついちゃって」
なにを焦っているんだろうか。
悩んでいるのなら教えてほしい。
吐き出せば少しは楽になるかもしれないでしょ?
というかいつも通り悪い癖が出てしまっているというかさ。
「もしかして……」
いや、可能性はかなり低い。
けど、最近は特にあからさまだった。
キス以外は全部この子からしてきてくれているわけだし。
「好きよ」
口にしても彼女は寝ているまま。
そもそも振り向かせるために全く動けていなかったと思う。
でも、もしそれが却っていい方向に働いていたら?
「きゃっ!? あ……夢か……」
じ、地味にこちらの方が驚いた。
おわあ!? って叫びそうになったのを我慢して抑えて。
「どんな夢を見ていたの?」
「五月が私より50センチぐらい大きくなっていて壁に押さえつけてきていて……」
どんな夢だ……ちょっと見てみたくはあるけど。
いや、小さいから言い合えるだけで大きかったら萎縮するだけかも。
無表情で淡々とした対応をする五月が多分怖かったと思う。
それにいまだってあの子が優しいから好きに言えるわけだから? うん、やめてほしい。
「でも、起きてすぐにあなたを見られて落ち着けたわ」
「ふーん、ねえ」
「なに?」
「もしかして好きってまた言ってほしいの?」
「なっ……なんで急にそんなっ」
ばっと離れて反対側を向く。
が、そこで意地悪をするのが田中瑠奈という女の子で、背後からこちらを抱きしめつつ「だから焦っていたんじゃないの?」と耳元で聞いてきた。
本当に勘弁してほしい、そんなことあるわけ……いや、沢山あるけれど。
「馬鹿言ってないで離れなさい」
「やだ、ちゃんと言って」
「また怒るわよ?」
「はぁ、素直じゃないなあ」
少なくともこの流れで言うのは違うと思うのだ。
いまのままだと寝ぼけたままだと言っても過言ではないし、あくまで自分優位のときがいい。
それにどうせならいちいち意地悪をせずにさり気なく言ってほしかった。
「どう? いい気分になれた?」
「先程よりはマシね、巨大な五月に壁ドンみたいなことをされて怖かったけれど」
でも、先程も口にしたけど目を開けてすぐ彼女の顔を見られたから。
すっごく気分が楽になった、待って、逆に好きだと言ってもらいたいな。
抱きしめられたまま反転して超至近距離で彼女を見つめる。
「好きって言って」
「え」
「ほら、私がいるといいんでしょ?」
「ま、まあ、いまじゃなくてもいいじゃない」
「素直じゃないわねえ」
彼女の両頬を冷たい両手で挟んでみても吐いてくれることはなかった。
「本当はあなたに襲われそうになったから驚いたのよ」
「嘘つき、それはない」
「見ていないのだから分からないでしょう? 熱い瑠奈の手が私のお腹を――」
「嘘はいいから」
もちろん嘘、揺さぶりにもいつも通りと。
それでもこちらばかりが恥ずかしい思いをしなければならないのは不公平だ。
だからと言って、勢いでキスをして自爆みたいなことはもうしたくない。
あのときは本当に穴を掘って埋まりたいぐらいだった、何回もはできない。
「来週の月曜日が楽しみね、若々しい新入生を見られるのだから」
対面式がある、そのときに山本さんがどういう風に挨拶をするのかが気になるところ。
明るい子だから恥ずかしがったりはしない可能性が高いが、逆にという可能性もある。
「手を出さないでよ?」
「しないわよ、それに私はあなたが好きだもの」
「それって……」
「ええ、あなたが好きよ」
言ってしまったら特になにも気にならなかった。
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