06話.[もっと求めてよ]

「こんにちは」

「ええ、こんにちは」


 休日を使って山本さんに会いに来ていた、と言うより、たまたま遭遇した。

 瑠奈の誕生日プレゼントを選んだ後だったので瑠奈とはもう別れている。


「この前はごめんなさい、事情も知らないのに喧嘩腰で」

「いえ、田中先輩のお誕生日だとは知りませんでしたから」

「それで不満とかない? 私で良ければ聞くわよ?」


 ただ話すだけでもすっきりするということもあるのだ。

 特に相手が年上であればやりにくいだろうからなにかがあるなら吐いた方がいい。


「そうですね……本当は手とか竜也先輩の方から握ってほしいです、不意に頭を撫でたりとかもしてほしくて……でも、自分から言うのははしたないというか痛い感じがして……」


 好きだからこそ大胆に行動できないのは高橋君も同じだということか。


「そういうときは気にせずに動けばいいのよ」

「ちなみに……佐藤先輩はどうしました?」

「同じだったわ、でも、臆していたら私みたいになってしまうわよ」


 こっちはいい反応を貰えなかったから段々としなくなった。

 瑠奈とキスした身としては仲が深まっていなくて良かったと思う。

 抱きしめることなんてしなかったし、抱きしめられることなんてなかったから。

 でも、好きなら真っ直ぐにぶつかるべきだ、好きじゃないと言うのなら言い方は悪くなるけど時間の無駄だから離れた方がいい。そうして相手をしている間にも本命との関係が切れていくかもしれないからだ。


「一応言っておくと、私から手を繋いだことしかないから安心してちょうだい、抱きしめるとかキスとかしたわけではないから」

「そ、そうですか」

「ええ、だから好きなら真っ直ぐに痛くてもいいからぶつかってみなさい」


 なにを偉そうに言っているのか。

 けど、説得力はある。

 私はそうできなかったからこそこうなっているわけだし。

 だから過去の私を褒めてあげたい、手を繋ぐ、いや、手を握る以上のことをしなくて良かった本当に。もし処女を捧げてなんていたら……瑠奈に求めてもらえるような資格はないから。


「ありがとうございます、なんとか頑張れそうです」

「ええ、上手くいくといいわね」

「はい!」


 んー、可愛い、一緒にいてここまで明るくいてくれたら嫌な気はしない。

 どういう風に出会ったのかは分からないものの、高橋君は運命の相手と出会えたわけだ。

 私にとってそれは……。


「あ、ごめんなさい、引き止めてしまって」

「いえ、佐藤先輩と話せて良かったですっ」

「ありがとう、それじゃあね」

「はい、さようなら」


 家に帰ろう、瑠奈が待っているから。

 最近はあんまりふたりきりでいられていないような気がするから余計に。


「ただいま」

「おかえりー」


 もうこの光景にも慣れたものだ。

 家に帰ったら誰かがいる、そしてそれが大切な友達である瑠奈だと。


「わっ、熱でもあんの?」

「……あなたがいてくれて嬉しいというアピールよ」


 この子がどんな雰囲気でいようとこういうことができてしまうのはその証拠では?

 けれど、私はこの子を振ってしまったから自分勝手に振り回すことはできない。

 それにどうせならもっと大好きになってから動いてあげたかった。

 プレゼントは買ってあげたけど本命はこっち、みたいに。


「……冷たすぎ、こたつに入りなよ」

「ええ」


 狭い場所にふたりで並んで中に入った。

 今回も私の方から勝手に手を握らせてもらう。


「最近どうしたのよ、やけに積極的じゃない」

「気にしなくていいわ、自分のためにしているのだから」


 一緒に住んでいるのだからどうせなら仲がいい方がいいだろう。

 この子ともう喧嘩をしたくない、この子の暗いところを見たくない。

 どれぐらい効果的かは分からないけれど、私がこうすることで少しは喜んでくれるということなら何回でもする。いまも口にしたが自分のためでもあるのだ。


「こういうことばっかりされていると襲いたくなるからやめて」

「あなたはそんなことをしないわ、優しい子だもの」

「信用されているのかされていないのか分からないわね……」


 信用している、家族を除けば他の誰よりも1番に。

 この子の笑顔が好きだ、普段の柔らかい表情が好きだ、文句を言いつつも何気に五月に優しくできるところが好きだ、なにより一緒にいてくれるのが好きだった。


「キスしたい」

「……ご飯もまだなのよ?」

「大丈夫、もう作ってあるから」


 あれからというもの、彼女はとても手際良くしてくれるようになった。

 いまだってそう時間も経過していないのにできてしまってあるわけだし。

 下手をすると私のいる理由が無くなってしまうから気をつけなければならない。


「……あなたからするならいいわよ」

「うん、なら目を閉じてて」


 ……いけない関係だ。

 付き合ってもいないのにキスはするだなんて。

 昔の私であればありえないと切り捨てていたようなこと。


「紫乃とすると心が暖かくなるの」

「いるだけでそう感じてほしいわね」

「あ、違った、いると心が暖かくなる。でも、キスをすると……むらむらって良くない感情が沢山出てきて困るわ、ご飯なんてどうでも良くなるぐらいだから」

「ご、ご飯を食べましょうっ」

「ぶぅ、そんなに慌てなくてもいいでしょうが、必死に抑えてキス以上はしていないでしょ?」


 あ、当たり前だっ、キス以上のことをされたら顔すらまともに見えなくなってしまう。

 大体、勢いだけでそんなことをやったら駄目だと、説得力のない人間は慌てていた。


「そういえばあの子とはなにを話したの?」

「高橋君への不満を聞いたわ」

「余計なことを……その子に取られたんだよ?」

「いいのよ、だってあの子は悪くないじゃない」


 それにそれがなければこうして瑠奈と一緒に住み始めることもなかったかもしれない。

 あのときの私は恐らく無自覚に傷ついていて、そういう感情から誘っていたのだ。

 だから和子さんや正和さんともきちんと正面から話せた。

 もちろん、断られたら諦める気ではいたがこうなって良かった。


「いまの私には瑠奈がいてくれているもの」


 瑠奈が作ってくれたご飯を食べながらだと余計にそういう思いが強くなる。

 が、その彼女はまたあのときのようにごほごほとむせてしまっていた。

 そんなに私の笑顔は問題だろうかと不安な気持ちに。


「ごちそうさま、美味しかったわ」

「う、うん」

「お風呂に入ってくるわね、たまには1番に入りたいのよ」


 実家のと違って狭いけど温かくていい。

 指先や足先が冷えやすいから湯船につかるとちょっと痛いぐらいだけれど。

 でも、途中で追い焚きをしつつ、ついつい長時間入ってしまうのが難点かもしれない。


「ごめんなさい、遅くなったわ――ん? なにしているの?」


 こたつに入っているのはいつものこととして、何故だかうつ伏せになっていた。

 それでは単純に苦しいでしょうにと言おうとしたら「お風呂に入ってくる」とその不思議な状態をやめて部屋から消えた。もしかしてひとりで……いや、そんなことはしないか。

 寝るまでの間は時間が結構あるので期末考査のための勉強をしておくことに。

 もうすぐに3月になる、そうしたらいまの3年生が卒業をして4月になれば私達も2年生になるのかと内で呟いてみたりしてみたり。


「紫乃、風邪引くわよ」

「え……?」

「あんた寝てた、もう22時だからベッドで寝な」


 あ……瑠奈と同じクラスになれるかどうか考えていたらつい。

 広げただけで全く復習や予習が捗っていないし、情けない、恋とは問題もあると分かる。

 だからこそきちんと切り替えができている人達は尊敬している。


「もう3月だね」

「ええ」

「五月が3年生になんて合わないけど」

「そんなことないわ、私はあの人を尊敬しているもの」

「え、どこを?」


 態度を変えることなく接することができる点や、恐らく動揺していてもそれを表に――って、これは最初のこれと同じか、そのうえで学力が高いこと、優しいこと、可愛いこと、みんなに好かれているところ、私にはないものばかりだから気になるのだと説明しておいた。


「あー、確かに五月は感情的になることも少なくていいかも、わがままだから年上らしくはないけどね。でも、五月が急に変わったら気持ちが悪いからあのままでいてくれると嬉しいかな」


 少し素直じゃないけど瑠奈はこれでも認めているのだ。

 ふたりとも可愛い、瑠奈の良さは……すぐ感情的になるところだとは言わないでおく。

 怒っているときは微妙ではあるものの、ストレートになにをしてほしいのか言ってくれるからいい。こうして同居をしているとどうしたって不満は溜まっていくものだから、ひとりで不満を抱えるタイプだと困ってしまうから。


「さっきうつ伏せになっていた理由、知りたい?」

「い、いえ、いいわ」


 まあでも、彼女もひとりの人間なんだからそういう欲求はあるだろう。

 食欲も睡眠欲も性欲も、性欲だけはいらないとは思うがそこに確かにあるのだから。

 食欲を満たして眠たくなかったらそれは……仕方がない。


「え、なんでそんなに慌ててるの?」

「だってあなた……こたつの中でひとりで――」

「してないからっ、あんたが笑いかけてくるからじゃん……好きな子の笑顔なんだよ? そんなのどきゅんって響くに決まっているじゃん……」


 それじゃあこの前のときもそうだったのだろうか。

 私としては私らしく相手を暗い顔にさせないように笑っているだけ。

 だから響くと言われても結構困ってしまう、鏡で見られるわけではないから余計に。


「……キスだってさせてくれるしさ」

「適当に許可をしているわけではないわ」

「そ、そんなの分かっているわよ、もし適当にやらせていたら怒るし」


 彼女の胸に顔を埋めるようにして抱きしめた。

 あ、心臓の音がよく聞こえる、最初と違って段々と強くなっていくそれについ笑ってしまう。

 この子は私でどきどきしてくれているのだと分かる。

 ただ横にいて笑いかけるだけでこうして鼓動を速めてくれているのだろうか。


「おやすみなさい」

「え、こ、このまま寝んの?」

「ええ、最高の抱き枕よ」




 勘弁してよと内で呟く。

 せめて反対側を向かせてと口にしたら言うことを聞いてくれた、けど。

 む、胸が……。

 紫乃は何気に美ボディなことを分かった方がいい。

 真っ暗な分、同性なのによりその感触に意識がいく。

 寝られないわよこんなの。

 それでも数十分の我慢だと頑張っていた結果、静かな寝息を立て始めた。

 ゆっくりと自分から後ろを向く。

 流石に寝ているからなのか拘束からは逃れたものの、格好はほとんど変わらない。


「紫乃……」


 受け入れられてすぐに振られて。

 何故かそこからは凄く頼ってくれるようになったし、甘えてくれるようになった。

 正直こちらとしては甘えてそこで終わりにしてしまうからもやもやが残ることになるが、これまでは一切そんなことがなかったからいちいち突き刺さる。

 この子があたしにだけ甘えてくれているということがとにかく大きい。

 しかも指摘はしていないものの、あたしだけが側にいるときは物凄く柔らかい感じになる。

 こちらが抱きしめたり、紫乃の意思で抱きしめてきたりしたときは手が冷たくないのだ。

 キスをしたときなんかは顔ではなく耳を真っ赤に染めるところが逆に可愛い。

 ……遠回りになったがなにが言いたいのかと言うと、


「寝られないわよ……」


 これ。

 最近は余計に酷くなっている。

 だって明らかにあたしにだけ態度が違うから……。


「紫乃ー――ん!?」

「ん、ふふ、これで寝られる?」


 ね、寝たフリとは卑怯じゃないか。

 しかもこのタイミングで自分からしてくるとか……。


「同居人が寝不足になっても困るから少し自重するわ」

「ばか」

「大丈夫、ちゃんと寝られるわよ」


 布団の中にあったから手は凄く温かった。

 あたしは色々吹っ飛びそうになったものを自分の中にちゃんと抑えて、深呼吸をして。

 大丈夫、寝られる、安心できる存在が横にいてくれているんだから。


「おやすみ」

「うん、おやすみ」


 で、次に目を開けたらもう朝だった。

 今日の紫乃は珍しくおさげみたいにしているようだ。

 あたしは結べるような長さがないから少し羨ましくなるときもある。

 が、鬱陶しいという気持ちの方が勝るから伸ばそうとしてすぐに切るを繰り返していた。


「おはよう」

「おっ、おはよ……」


 ん? 紫乃の様子が明らかにおかしい。

 熱が出ているのかと思っておでこに手を当ててみたらその瞬間に一気に熱くなった。


「だ、大丈夫っ?」

「は、離れてっ」


 言われた通りにしてみたものの、彼女はまだ同じ様子で。


「ど、どうしたの? あたしがなにかしちゃった?」


 避けられるようなことは嫌だ。

 他の人間に嫌われたのだとしても紫乃にだけは嫌われたくない。


「き、昨日」

「昨日?」

「……調子に乗ってしまったわ、私からあなたにするなんて……」


 って、照れてるだけかいっ、可愛いかよっ。

 もう気にしないで朝から抱きしめた。

 流石に歯も磨いてないからいきなりキスなんてできないけど愛おしすぎる。


「離れてって言ったのに……」

「嫌だ、離れる意味が分からない」


 それにどうせこの家なら離れようとしてもできない。

 あとは寒いからこうしていた方が電気代の節約にもなると思うのだ。

 それでも紫乃の様子が今度は別の意味で変わり始めたので拘束をやめる。

 今日も普通に学校はあるから朝食前に顔を洗って歯を磨いて。


「早く食べて行くわよ」

「悪かった、だから機嫌直してよ」

「嫌、早く食べなさい」


 うっ、自業自得だから強気にも出られないし。

 仕方がないからご飯を食べてまた歯を磨いてから学校に行くことに。

 紫乃と違ってタイツを履いたりしていないから正直に言ってかなり寒い。

 なんなら制服の上にも何枚も着重ねたいところではあるが、学校の校則により許可されず。


「紫乃ー」

「ふんっ、今日はもう話しかけてこないで」


 ……拗ねているところなんて初めて見たからいつもであればきゅんとなるところ。

 でも、今日のは致命傷になりかねない、早く仲直りしておかなければ。

 けど、しつこく近づけば近づくほど駄目になることは分かっているから机に突っ伏してた。

 どうしようもないからだ、自業自得だから紫乃が悪いわけじゃないし。


「ばか、いつまで寝てるのよ」

「……うっさい」


 寝たくもなるわ、おかげで今日のほとんどは嘘寝することになった。

 自業自得とは分かっていても別にそれを揶揄したりしたわけじゃないんだから許してよ。

 それに……こっちは嬉しかったんだから、だって紫乃からしてくれたんだしさ。


「風邪を引いてしまうわ、もう帰りましょう」

「……あんたのせいなのに」

「謝らないわよ、恥ずかしかったのに抱きしめてきたりなんかするから」

「もういいから帰ろ」

「ええ」


 まだ気にしているのか手を握ってくれたりはしなかった。

 家に入ってからも口数は少ないと言うか、そういえば紫乃はこんなだったと思い出す。

 なら最近はやっぱり……。


「待って、ご飯はあたしが……」

「いいわ、あなたは座っていなさい」


 なのに少し調子に乗ってしまってそれをまたなかったことにしようとしている。

 馬鹿だった、紫乃はプライドが高いというのも分かっていたはずなのに。


「……なんて顔をしてるのよ、別に責めるためにしているわけではないわ」

「でも、怒ってるじゃん」

「もう怒っていないわ、最近はあなたに任せきりだったからよ」


 そんなことはない、あたしの誕生日からまた紫乃ばかりがやるようになった。

 あたしとしてはもやもやする展開ということになるが、自分の家なんだから自分である程度をするのは当然だと言いきる彼女の気持ちも分からなくはないから難しい。


「……頼ってよ」

「頼っているわ、お風呂掃除とかはあなたがしてくれているじゃない、冷えすぎるとすぐに指が切れたりするから助かっているわ」

「じゃあ、もっと求めてよ」

「ふふ、そんなことを真剣な顔で言われると襲いたくなってしまうからやめて」

「ま、真似して……」


 はぁ、余裕があるのは彼女もそうだ。

 五月ほどではないが、いまでも十分上手く躱せる人間。

 でも、昨日キスした後彼女は後ろを向いたけど、そのときはもう真っ赤だったってこと?

 ……そうしたら可愛すぎるでしょ、普段は冷静というかクールだから余計に魅力的というか。


「あなたも願っておいてよ? 2年生になっても同じクラスになれるように」

「当たり前じゃん、離れたら悲し泣きするから」

「それならもっと一生懸命に願っておくことにしましょう」


 絶対に離れたくない。

 もし離れることになったら校長室に突撃することにしよう。

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