05話.[食べましょうか]
「し……佐藤、ちょっといいか?」
「竜也? 久しぶりね」
「おう、ちょっとそこに座って話そうぜ」
瑠奈と早く帰るという約束をしているので長くならないならと口にしてベンチに座った。
ここは一応学校敷地内だ、そして外でもあるからかなり冷える。
「あ、これやるよ」
「ありがとう、温かいわね」
飲み物を渡してからということは結構大事な話かもしれない。
「好きな子がいるって俺は言っただろ?」
「ええ、そうね」
「……振り向かせたいんだ、協力してくれないか?」
自分の力だけでは足りないと判断したらしい。
それと、その子が私に興味があると口にしてきた。
会ってくれると言うのなら今日中に連れてくるとも。
「分かったわ、瑠奈に話してくるからちょっと待っていてちょうだい」
お手伝いをするために外に来て、終わった後にこれだから結局は戻らなければならない。
私を待つために教室に残ってくれているからややこしくなるということもなかった。
だが、
「は? 普通ありえないでしょ、振った相手に協力してもらおうとするとか」
と、もっともなようなことを言われてしまい少し困惑。
確かに協力してもらうにしても他の子の方が最適な気がする。
が、私はこれを受け取ってしまった、この時点で協力するのを了承しているわけで。
「田中の言う通りだ、でも、どうしても佐藤に会いたいって言うから……」
「ふーん、それならあたしも行くわ」
「佐藤がいてくれるならそれでいい、佐藤だって田中がいる方が落ち着くだろうからな」
集合場所は近くのファミレス前だった。
で、その女の子は来てくれたんだけれど……。
「ちょっと待ちなさい、もしかして中学生なの?」
「ああ、そうだ」
「紫乃を振って中学生に?」
「……そうだ」
少し困惑はしたものの、私としては特に言いたいことはない。
若い子を好きになるのは男の子って感じがしておかしくないから。
人によって違うことだけど、若い子は自分と同じぐらいの存在を好むのではないだろうか。
「あなたが佐藤紫乃先輩ですよね?」
「ええ」
「初めまして、山本
丁寧な感じ、それにスタイルもいいし確かに一緒にいれば好きになってしまうかも。
「丁寧にありがとう、それでどうして私に会いたかったの?」
「佐藤先輩のことを知りたかったからです」
「そう、けれどこれ、で終わってしまう話よ」
わざわざ知ろうとしなくてもいまだけで十分分かると思う。
新鮮さとかそういうのが足りなかったのだ、それで振られたというだけ。
「あなたから振ったんですか?」
「いえ、振られたのよ」
「ふ……られたんですか?」
「ええ、そうね」
そこでどうして驚くのかは分からないけれど事実そうだから。
まあ、それがあったから瑠奈と暮らせているからいいことしかなかった。
結局のところ傷つきだってしなかったから、だから今度恋をするならきちんと好きにならないといけない。1番可能性が高いのは瑠奈で、逆に私もキスを許可したりした以上瑠奈以外は嫌だと心から言えた。
「見る目がないのよこいつは」
「田中は少し黙っていてくれないか」
「はあ!? そもそも元はと言えばあんたが――」
「瑠奈、こっちに来て」
「分かったわよ……」
言い争いをしてほしくない。
というか、これで用も済んでしまったわけだけどどうするのだろうか。
自分の方が相応しいかどうかを確認するために来たのなら相応しいから安心してほしい。
だって明るそうだもの、家事とかできなくたって可愛さでカバーできそうだから。
しかも一緒にいてくれれば楽しそうにしてくれることだろう、ほとんど無表情であった私のときとは全然違う時間を竜也は過ごせているということだ。
それに竜也は彼女が私と会いたいと言わなければこんなことを言ってきていなかったと思う。
それはそうだ、せっかく別れて離れられたのに自分から近づく人間なんていない。
「もう満足した? そろそろ帰ってご飯を作りたいんだけど」
「はい、ありがとうございました」
「ふんっ、行くよ紫乃っ」
寒いのが苦手なのによく付いてきてくれたと思う。
だからありがとうと伝えるために手を握ってみたりなんかもした。
「冷たっ、し、心臓付近に触れないでよ?」
「分かっているわ」
そもそも色々着ているのだから触れることは不可能だ。
中に手を入れれば可能ではあるが、そんなことをここでしたら警察にお世話になってしまう。
「来てくれてありがとう」
「当たり前でしょ、高橋は信用ならないし」
「いい子よ、昔のままの彼なら」
「うっさい、もう忘れなさい」
確かにもう意味のない情報だった。
悲しみや怒りに感情はない、だからと言って一緒にいたいとは思えない。
無自覚に怒っているのだろうか、もしそうなら自分のことなのに把握しきれていないということになるけれど。
「凍死するかと思った」
「あんたはなんで当然のようにいんのよー!」
「いふぁいいふぁい」
たまには五月のためにご飯を作ろうと決めた。
瑠奈ばかり美味しいと言ってもらえる機会があるのはずるいから。
「さ、佐藤さんちょっといいかな?」
「私? ええ、いいけれど」
復習をやるのをやめてその子の方に向いたら慌て始めてしまった。
これ以上無駄に考えなくて済むようにゆっくりで大丈夫と口にして笑ってみる。
漫画とかみたいにもっと慌ててしまうなんてべたな展開にはならず彼女は落ち着いてくれた。
「単刀直入に聞くねっ、佐藤さんって誰かにチョコを作る予定ってあるっ?」
あ、これがこの前瑠奈が言っていたことかと納得。
「特にないわね、食べたいということなら作ってくるけれど」
「えっ、作ってきてくれるの!?」
「そ、そこまで高レベルな物でなくてもいいならだけれど」
何人になるのか分からないのは作るのが大変だ。
だってそちらばかりに意識を割いている余裕はないから。
それに本命チョコに近いチョコレートケーキは瑠奈に作ると決めてある。
ここは、
「クッキーでもいいかしら?」
これ。
ケーキを作ったりなんかしたら瑠奈に絶対に怒られるから。
「うんっ」
「何人くらいか分かる?」
「10人!」
「その場合だと3枚ずつぐらいになるけれどいい?」
「大丈夫! 佐藤さんから貰えるというだけで嬉しいから!」
なんでそういうことになっているのかは分からないけど了承し勉強タイムに戻る。
私のなんてネットのレシピを参考にしてやるだけなのにいいのだろうか。
ま、まあでも、私から貰えれば嬉しいと口にしてくれているのだからわざわざ水を差すようなことはしないでおく、ネットや本は正義、その作る人間の個性なんていまはいらない。
だって勝手に私が上手く、美味しく作れると考えているだろうからだ。
それならネットや本のやつを参考にする方が市販の完成された物を食べるぐらい安心できるはず、身も蓋もない話になってしまうけど結局板チョコとかをを買って食べた方が美味しいのよ、ふふ……。
ちなみにバレンタインデー及び瑠奈の誕生日は明々後日。
何気に既に2月になってしまっているのだ。
だから忙しくならないように今日お買い物をして色々買ってきておかなければならない。
捗る捗る、授業を受けている最中にも考え事ができるから。
もちろん、手はちゃんと板書をしながらだけれど。
「ふぅ」
「こら!」
「ぐぇ……く、苦しいわよ」
「あ、ごめん」
瑠奈が作ってくれたお弁当を食べつつ本人を見ることに。
「カニ、今日この後くるのよね?」
「ええ、そうよ」
「ふふ、ふふふ、ズワイガニなんて初めて食べるわっ」
あまり期待させすぎてしまうのも微妙なところ。
「カニ? 食べさせてくれると言うのなら食べるわ」ぐらいでいてくれないと困る。
がっかりしたような顔を見たくないから、美味しいは美味しいんだけれどね。
「それよりあんた、安易に引き受けたりなんかして」
「明日焼くわ、あなたのものも前日から用意しないと」
「……正直に言って一緒に住ませてくれている時点で十分だけどね」
「でも、なにか欲しいでしょう?」
「うん、いまもまだ考え中」
そういえばそっちのことをなにも考えていなかった。
夜に指定してあるから残っておかなければならないし、それも明日か。
「14日に欲しい物を買いに行きましょうか」
「んー」
「ふふ、五月みたいね」
「呼んだ?」
「きゃっ、お、驚かせないでちょうだい……」
急ににょきっと現れられると驚いてしまう。
五月は当たり前のように私の足の上に座って「瑠奈は変な顔」と言っていた。
自分の意思ではないということを示すために両手を上げて。
「後ろから抱きしめて」
「……こ、こう?」
「ん、紫乃に包まれているみたいで落ち着く」
それは実際そのようなことをしているから。
「先輩としての命令、ぼくにもチョコ作って」
「クッキーだったら作るわよ」
「ん、それでいいから」
40枚ぐらい焼けば足りないということもないだろう。
あ、でもなにに入れればいいのか、それも買いに行かなければならない。
「戻る、それが言いたかっただけ」
「分かったわ、多くはないけれど作ってはくるから」
「よろしく」
私はお弁当の続きを……って、あれ?
「瑠奈、なに取っているのよ」
「堂々と浮気なんかするあんたが悪い」
「五月に対するあれはあれよ、小さい子を愛でるみたいな感じで……」
「うるさい、これはもうあたしが食べるから」
だからといって私が作った彼女の分をくれるというわけでもないらしい。
仕方がないから食べているところをただ見ることだけに専念しよう。
「私が作ったのはどう?」
「どうっていつも通り美味しいわよ」
「そう、それなら良かった」
「う゛っ」
「だ、大丈夫っ? お茶ならここにあるわよっ」
わざわざ買うような趣味はないからボトルに入れてきているだけ。
彼女はそれを全て飲み干す勢いで飲み続け、そして実際に飲み終えて。
「っはぁ、正直に言って喉に詰まったわけじゃないの」
「そうなの? それなら良かったわ」
「あんたが笑いかけるからでしょうがっ、危うく心臓が止まりかけたわよっ」
えぇ、私の笑顔ってそんなに危険なの?
それならチョコのことを聞きに来たときのあの子は……考えるのはやめておこう。
2月14日、バレンタインデー。
昨日はなるべく早く、効率的にを意識したから大丈夫だった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
その10人が分からないからみんなその子に渡しておいた。
私は昨日ハイテンションになりすぎて寝られなかったこともあって突っ伏して寝ている瑠奈のところに行く。が、敢えて起こしたりはしないでじっと見ておくことにした。
「佐藤」
「また来たの?」
そうしたら竜也――高橋君が来て微妙な気持ちに。
せっかく今日は1日楽しい気分で過ごせると思っていたのに。
家に帰ったらカニ鍋をして最高の気分になれると思っていたのにこれ。
「また遥が会いたいって言ってる」
「はぁ、放課後は忙しいのよ、明日にしてくれないかしら」
「今日じゃないと駄目だ、遥も忙しいからな」
はぁ、もう惨めでも無様でもなんでも言ってくれればいいからなしにしたい。
どうして瑠奈の誕生日にこんな気持ちにならなければならないの。
でも、行くと言わなければ帰ろうとしないだろうから納得しておいた。
で、放課後になったら行こうとしていたところ、普通そっちを優先しないだろと不機嫌になられて怒られてしまい損した気持ちに。
「行くぞ」
「言っておくけどこれが最後だから」
「ああ、何度も会いたがる理由が分からないからな」
今日もまたファミレス前に集合となった。
「お待たせしてすみませんっ」
「なにが目的なの? 振られてださいとでも笑うつもりなの? それなら好きにしてくれればいいわ、事実その通りだものね」
「ど、どうしたんですか?」
「今日はあの子のお誕生日なのよ」
「えっ!? そ、それはすみません……竜也先輩が今日どうしてもと言っていたので……」
ん? 今日どうしてもなにがしたいんだろう。
「悪い、嘘をついたわ」
「え?」
「万が一勘違いされても困るから遥に俺が会わせてたんだよ」
「悪いけれどあなたに興味はないわ」
「それなら良かった、もう帰っていいぞ」
瑠奈の言う通りだった、素直に行くことを決めた私が馬鹿だった。
すぐに謝るために走って帰った、までは良かったものの、家の中には誰もいないまま。
「瑠奈……?」
「……なによ」
「きゃっ、な、なんでそんなところに隠れて……」
「うっさい、あんたのせいでしょ」
悪いのは全て私だから素直に頭を下げて謝罪をした。
「ごめんなさいっ」
「……もういいよ、それよりカニ食べたい」
「ええ、いまから準備するわ」
野菜などを切って入れて煮込んでいると部屋自体が暖かくなっていく。
問題があるとすれば臭いが残ってしまうことだけれど、そこはおめでたい日だから考えないことにする。ある程度はコンロの上でやって、もう大丈夫なぐらいになったらカセットコンロの上にお鍋を置いて、ほとんど準備は完了。
「お肉もあるから」
「うん、いっぱい食べる」
お鍋を囲んだのは地味に初めてかもしれない。
そしてこんなにカニが入ったお鍋は……初めてではなかったけれど。
「取るわよ、なにが食べたい?」
「自分で取るわよ」
「ふふ、それなら食べましょうか」
白菜などをポン酢につけて食べると本当に美味しい。
くたくたになった方が好きだからいまのこれは……少し硬い。
「結局、なんだったの?」
「勘違いしないように、見せつけるために呼んでいたそうよ」
「はあ!? もう絶対に行くんじゃないわよ!」
「当たり前よ、本当に時間を無駄にしたわ」
無駄に敵対的な態度を取ってしまって山本さんに申し訳ないぐらいだ。
本当に自分勝手、付き合った自分も同類なのかもしれないが。
「今日はもう楽しいことだけ考えましょう」
「……誕生日プレゼントは?」
「あ……今日選びに行くって言っていたのよね、ごめんなさい……」
「明後日休みだからそのときにどっか行こ」
「ええ――あら、誰か来たみたいね」
なにかを頼んでいるというわけでもないから警戒しなければならない。
「危ないからあたしが出てくる」
どちらにしろ危ないのでは? だから許可せずに私が出たら。
「ぼくも来た、カニさん食べたい」
いつも通りの五月が来て、瑠奈を怒らせていた。
「あんたはこの端っこだけで十分よ」
「やだ、紫乃いい?」
「ええ、まだまだあるから食べなさい」
「やった、瑠奈と違って優しい」
「うっさいわよっ、人の誕生日にメインより食べるなっ」
ここであまりに味方をしたりするとまた怒られてしまう。
だからなるべく不干渉のつもりでちびちびとこちらも食べていた。
お鍋をそこそこ味わった後は今朝に完成させておいたチョコレートケーキを食べることに。
「だからメインより食べるな!」
「問題ない、美味しく味わった方が紫乃のためになる」
「まあまあ、瑠奈、お誕生日おめでとう」
放課後にあんなことがあったけど不仲になるとかって展開ではなくて良かった。
「ありがと! 紫乃がいてくれて良かったっ」
「む、ぼくは?」
「あんたはいても食いしん坊なだけだしね」
相変わらずふたりは微妙な仲のようだ。
いや、私がいるからこそこうなっているのか。
それでも険悪な雰囲気にならないのがいい、やっぱり五月は尊敬できる人だ。
本人はこんなに小さいのにいちいち感情的にはならずきちんとやっている。
中々できることじゃない、どうすれば私もフラットな感じで接することができるのか。
少なくとも一朝一夕で身につくようなことではないのは確かで。
「ん……眠たい」
「それなら泊まったらどう?」
「ん、ベッドで寝る」
「その前にお風呂」
「ん……」
見ておかないと不安だから瑠奈に任せて洗い物をしてしまうことに。
正直に言って沢山買いすぎて明日もお鍋ができてしまうぐらいの量だ。
考えなしだった、五月が来てくれてまだマシになったというところだろう。
「良かった、瑠奈と喧嘩なんてしたくないもの」
「原因を作ってくれているのはあんただけどね」
「ええ、だからこれからは気をつけるわ」
「うん、じゃあ五月と一緒に入ってくるから」
「お願いね」
寒いけど換気をしなければせっかくお風呂に入っても意味がなくなる。
「ふぉぉ……さ、寒い……」
「ごめんなさい、換気する必要があったのよ」
「ベッドに入るっ」
五月は私の服を着ているのもあってまるで下はなにも履いていないかのように見えた。
ただそこは尊敬する人、そんなことはしない。
「あ、だから先に入んなっ」
「お風呂に入ってくるわ」
「うんっ、こら五月っ」
ふふ、仲が良さそうで結構だ。
放課後はともかく楽しい時間が過ごせて本当に良かった。
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