04話.[いまもこうして]

「これを運べばいいのね?」

「うん、よろしくね」


 いつも真面目にやっているからとかで頼まれることが多かった。

 私としては普通にやっているだけではあるけれど、そういう風に捉えてもらえているのは素直に嬉しいと思う。だって少なくとも不真面目には見えないということだし、こうして直接頼んできているということは近づきにくい人間というわけでもないわけだし。

 とにかくこのある程度重い物を言われた場所まで運ぶことに集中する。残念ながら会話はなかったものの、誰かのために行動できているということが地味に嬉しいことだった。


「これでいいのよね?」

「うんっ、ありがと~」

「どういたしまして」


 特に遅く帰る必要もないので用も済んだ私は家を目指して歩いていく。

 今日は瑠奈が凄く張り切っていたのでそれなりに任せているというのもあった。

 けれど、どうしても不安になってしまうというのが正直なところ。


「ただいま」

「あ、早く帰ってきすぎ!」

「そう言われても寒いし暗いから……」

「まあ、おかえり」


 ほっ、部屋内に凄く物が散らばっているとか、洗濯機から泡が物凄く出ているとか、得体のしれない紫色の料理ができているとかじゃなくて良かった。

 というか、エプロンをしているのが凄く可愛い、よく似合っている。


「し、紫乃?」

「似合っているわ」

「……これ、あんたのだけどね」


 私に合わせてシンプルなやつなのに似合っているから口にしているのだ。

 なにもしないでと言われているのでこたつに入ってじっとしていることにした。

 部屋が狭くていい点はこういうところにある、相手がなにかをしているときにもほぼ中央のここにいれば全て見えてしまうから。


「できているわね、ずっと前からやっていたように見えるわ」

「あんたに教えてもらったから、それに住ませてもらっているんだから役に立ちたいのよ」

「十分役に立ってくれているわよ」


 自分が作ったご飯を美味しいと食べてくれるだけでもありがたいことだ。

 彼女のおかげで作業的にはならずに常に新しいものを取り入れたりできている。

 これが自分だけだったらいつも同じメニューで済ませていただろうから、やはり一緒にいてくれている彼女には感謝しかなかった。


「もうすぐ瑠奈のお誕生日ね」

「早いわよね、今年はなにを貰おうかな」

「あまり高いのは無理よ? ケーキとかは作るけれど」


 約束通りお鍋にもちゃんとして、その後にケーキ……となったら太りそうだ。

 冬はというかどうしても歳を重ねる毎に運動量が減っていくから気をつけないといけない。


「あんたさ、バレンタインデーにチョコを作るの?」

「ええ、作るわよ? あなたに渡すために」

「友チョコとして他の子にあげたりすんの?」


 欲しい人がいれば作るけれど……あ、五月には作るつもりだと説明しておいた。

 あの人は甘いものが好きだからバレンタインデーぐらいは糖分を気にせずに食べてもらう。

 それにあれだ、あの人もまた美味しいと言って食べてくれるから嬉しいし、あの人は小さすぎるから少し不安になるというのが大きくある。だから瑠奈には悪いけど私個人的にはどんどん来て食べてほしかった。


「……実はさ、あんたから欲しいって言ってる子が多いんだよね」

「そうなの? それなら沢山作って持っていくけれど」

「と、友チョコとして渡してよっ?」

「分かっているわよ、寧ろいきなり本命チョコを渡されても怖いでしょう?」


 いまの自分が特に考えているのはどういうケーキにしようかということだ。

 瑠奈はチョコレートクリームが好きだからチョコケーキを作るのは決まっているとして、どのフルーツを選ぶかというところで迷っている。

 イチゴ、キュウイ、オレンジ、バナナがいいなどとネットには書いてあった。

 沢山の人が合うと言っているのだから信じてそのまま真似て作る方がいいだろうか?

 敢えてオリジナリティを出そうとすると絶対に失敗するからそうしようと私は決める。


「……あたしにはちょうだい」

「あなたが好きになってもらえるように頑張ると言ったでしょう?」

「え、い、いきなりは無理よ、ご飯を作るのとは難易度が違うじゃない」


 確かに切って炒めたりして完成、となる調理とは違うかもしれない。

 時間も結構かかるし、なにより洗い物が結構大変だったりする。

 意外と驚くのが砂糖の使用量だ、こ、こんなに入れて大丈夫なの!? と言いたくなるぐらいにはネットや本に乗っているものはやばかった。

 それでも完成したとき、意外にも甘すぎないというのが不思議なところ。

 恐らく色々なもので誤魔化されているだけでやばいままなんだろうけれど……。


「そもそもあなたには特別なチョコをプレゼントするじゃない」

「あ……そっか、チョコケーキ」

「ええ、そんなのあなたにしか作らないわよ」


 あとは両親の特別な日ぐらいにしか作らない。

 五月にだってプレゼントは渡すけど作ったことはなかった。

 出会ってから最初の誕生日には作らなかったものの、その次の年からは作っているのだから信じてほしい。少しぐらいは他人と扱いが違うと分かるだろう。


「それにお鍋にはカニを入れるわ」

「カニ……だと?」

「ええっ、ズワイガニを買うわ!」


 だってネットに1番お鍋に合うって書いてあったんだもの!

 ネットは正義、どこの誰からかも分からない情報を無闇に信じるのは危険だが、それが多数、沢山になれば信用度というものも増していく。批判的な意見もあればあるほど、いいわけだ。

 全て賛成の意見ばかりだと逆に疑わしく見えてくるというのが正直なところ、却って低評価をつけている人の方がどこがどう駄目なのかをしっかり書いてくれている人がいるから。もちろん適当に書いているようなものは駄目だ、それに高評価をしている人の中にもどこがどういいのかをきちんと書いてくれている人がいるのも忘れてはならない。


「1万円のものを買うわ」

「え……流石にそこまでしてもらうわけには」

「私も食べたいのよ、実家にいるときはお父さんが貰ってきてくれてよく食べていたから」

「お金持ちアピールをこんなところで……」


 確かにそうかもしれない、普通はあんなにいいカニさんなんかを貰えはしないから。

 でも、なにをしているのか細かく知っているわけではないから微妙なところだった。

 家だって豪邸という感じではない、それこそ瑠奈の家の方が大きいぐらいだ。

 そういうところで贅沢をしない主義なのだろうか、それとも無理をしているだけ?

 いえ、お金だって沢山振り込んでくれているわけだからそんなことはない――というか、実家とここは物凄く近いんだから直接手渡しでいいのでは? 逆に銀行の方が遠いぐらいだし……。


「お父さんにその旨を伝えたら5キロぐらい送ってこようとしたから慌てて止めたわ」

「5キロ……非現実的すぎて想像できないわ……」

「お店によって値段に差はあるみたいだけれど、大体は2万5千円ぐらいみたいね、高いところはもっとするのかもしれないわ」


 中には5万円越えとかもあった。

 流石に食べて消えてしまうものにそんなには出せない。

 5万円あれば何回でもお買い物に行けてしまうし、興味はないが最新のゲーム機すら買えてしまう。最近のは凄く進化しているようだし、瑠奈もいるから買ってもいいのかもしれないがあまりにも高すぎる、あまりわがままは言っていられないのだ。

 ちなみに多量に振り込まれているのもあって余った分はどんどんと貯まっている形になる。

 これまで振り込まれた総額の半分ぐらいは貯まっている計算だろうか。

 今度からは実家に取りに行くと決めた、そうすれば過剰にはならないだろう。


「そこまでしてくれるのに別れることを選択したわよね……」

「ふふ、難しいのよ」

「だね……」


 正解なんて分からない。

 けれど付き合っていたときの息苦しさはもうなかった。




 放課後、今日も早く帰ってくるなと言われているので五月のところに行ってみることに。


「なにやっているのよ……」

「ん……? あ、紫乃」


 他の人の椅子を複数個借りてその上に寝転んでいる彼女。

 このままでは風邪を引いてしまうからブランケットをかけておくことにした。

 これを持参することは許可されているので助かった形となる。


「珍しい、紫乃が来るなんて」

「早く帰ってくるなって言われているのよ」


 家事をしているところを見られるのが嫌いならしい。

 私としてはしてくれているところを見るのが好きなのに、難しいところだ。


「これ、紫乃の匂いがする」

「休み時間にはよく肩にかけていたりするから」


 ひざ掛けなのに使い方が間違っているけれど暖かいから仕方がない。

 ある程度の大きさがあるから悪い、足は黒いタイツで守っているから大丈夫。

 じゃあなんのために持ってきているのかという話ではあるが、こういうときのためだと片付けておいた。暖かいから仕方がない、ただそれに尽きる。


「紫乃は座って、紫乃が側にいてくれると落ち着くから」

「分かったわ」


 席の持ち主に内で謝罪をしてから座る。

 この座った瞬間は冷たくてお尻を浮かせたくなるのが常だった。

 冬でももう少しぐらい暖かくなっていてほしいと思う。

 そうすれば不意にたらぁと鼻水が垂れてこなくて済むから。


「手」

「はい」


 いつも通り小さくて柔らかい手だ。

 彼女の手はいつも温かいからいい、安心してくれているのだろうか。


「この後一緒に紫乃の家に行く、瑠奈が作ったご飯も食べたいから」

「分かったわ」


 いまだったら怒られたりもしない。

 それにいまならこの衝動をぶつけてもいいのではないだろうか。

 私は寝転んでいた彼女を持ち上げてそのままぎゅっと抱きしめた。

 1回はこうしてみたかったのだ、もちろんこれ以降はしたりしない。


「ぼくは物じゃない」

「分かっているわ、いきなりごめんなさい」


 また転ばせるのは違うから座らせておく。

 こうしているとお人形さんように見える。

 藍白色の瞳が綺麗だ、無表情なのも無機質さを感じさせていい。


「写真を撮ってもいい?」

「ん」


 ああもう、本当に可愛すぎる。

 ただ、何枚か撮影してから気づいた、この人は年上だったって。

 少し調子に乗っていたのかもしれないと反省し、瑠奈に会わせるために連れ帰ることにした。


「ただいま」

「だから帰ってくるの早い!」

「そう言われてもここが私の家だもの、今日はお客さんもいるから」

「って、五月でしょ、足の間から見えてるから」


 五月ぐらいしか連れてこられないと考えられているのは複雑だ。

 私だって色々お手伝いをしたりして順調に仲を深めているのだから。

 ……利用されているだけだとしても相手の子の役に立っているのならそれでいい。


「瑠奈、さっき紫乃が抱きしめてくれた」

「はあ!? あんたなにしてんのよっ」

「お、落ち着きなさい、それはそのほらあれよ」

「どれよっ」

「衝動よ! したかったのだから仕方がないでしょう?」


 開き直るなとおでこにチョップをされてしまった。

 いままで外にいた分冷えていただけにかなり痛い。

 暑さにも寒さにももう少し強くなるといいなと思った。


「いちゃいちゃしてないでご飯食べたい」

「あんたはなんかしなさいよっ、いつも食べるだけ食べて帰りやがってっ」

「じゃあ抱きしめさせてあげる」

「いらんわ! それのどこがいいことなのよっ」

「紫乃は嬉しそうだったけど」


 幸せすぎるからこそ何度もしてはいけないこともある。

 特に家族でもなんでもない人を抱きしめて、それが癖になってしまったら大変だ。

 それにいまはあんまり言ってほしくなかった。

 彼女が何度も重ねる毎に瑠奈の爆弾に繋がる導火線が短くなっていくから。


「はい、運びなさいっ」

「ん……」

「嫌そうな顔すんなっ」


 ちなみに五月は家に帰った後、きちんとお母さんが作ってくれたご飯も食べているらしい。

 私達の中では結構食べる方なのにそれが実を結んでいないというか、小さいままだけど……。


「失礼なこと考えてる」

「ち、ちがわよ?」

「ちがわよってなに? 怪しい」

「ち、近いわよ……」


 彼女からは甘い匂いがする。

 赤ちゃんみたいな感じ? み、ミルク系のボディソープを使用しているだけだ、うん。


「抱きしめたのに今更気にするの? 紫乃ってよく分から――痛い、なにするの?」

「いいからあんたは手伝え、紫乃は座ってなさい」

「わ、分かったわ」


 これ以上怖くなられてもあれだから素直に従っておいた。

 それからは瑠奈作の美味しいご飯を食べて、ねむねむ状態の五月を家に送って。

 帰ったら冷えた体を温めるためにお風呂に入って、出たらすぐにこたつに入って。

 ある程度のところで寝ようとしてそれができなかった。


「な、なんで私は押し倒されているのかしら」

「うっさい、あんた別れられたからって調子に乗ってんじゃないの?」

「そうね、確かに調子に乗ったかもしれな――いふぁいっ」


 別れても結局同じ展開になってしまっている。

 あれから全てではないにしても家事などを任せるようにしているのにまだ不安らしい。


「ほら、あたしにもしなさいよ、五月にできてあたしにはできないなんて言うつもりはないわよね? もしそんなことを言ったらその髪切るわよ?」

「すればいいのでしょう? はい、これで満足?」

「……適当すぎ、五月にしたときみたいにやってよ」

「同じよ、こうして抱きしめたわ」


 熱烈さが足りていないかもしれないからと思いきり抱きしめていたら苦しそうにし始めたからやめた、この子には何回もしている、それだけで分かってほしいけれど。


「好きなのよ……」

「はいはい、分かっているわよ」


 好きでもないのにこんなことを何度も求めてきていたら複雑だからやめてほしい。


「もうやだ……」

「なんで泣くの」

「……自分のいないところで他の人と仲良くされるのが嫌って言ってんの」

「そもそもあなたが早く帰ってくるなって言うから……」

「もういい、これなら早く帰ってきてくれた方がいい、五月と一緒でもいいからさ」


 頷いで彼女の頭を撫でる。

 暗い顔をすることは多くあっても涙を流しているところは小中学校の卒業式ぐらいでしか見たことがなかったから驚いた。それでその原因が自分であることは分かっているから少し考えて行動しようと決める、矛盾しているけれど悲しそうな顔をしてほしくないから。


「キスして」

「え……それは違うじゃない」

「違くない、させてくれると言うならあたしがするけど」


 キスしてしまったりすると他の子と仲良くする際に引っかかるかもしれない。

 けれど不快ではなかった、あのときの感触と熱をいまでも鮮明に思い出せる。

 私からするのではなく、自分を慰めるために彼女がするのであれば。


「……いいわよ」

「うん」


 同居人の不満を解消しておかないと後に問題となる。

 そうでなくても彼女の誕生日がもう近いのだから喧嘩はしていられない。

 それにどうせもう1度されているわけだし相手が彼女であれば構わなかった。


「気持ち良く寝られそう、ありがとっ」


 さっきまで泣いていたくせにいい笑みを浮かべて……。

 本当によく分からないところもある子だ、最近は特にそう思う。

 それからすぐに可愛い寝顔を晒し始め、こちらとしては少しもやもやとする感じに。


「ばか……自分だけ満足して」


 わざと嫉妬させ続けるようなことをしたら求めてくれるのだろうか。

 そんな悪い考えが出始め、私は慌てて首を振って考えを消す。

 寝よう、反対を向いておけば特に問題もないはず。


「はぁ……」


 これで彼女の唇に触れた。

 涎がついているとかではないから触ってもなにもないけれど……。

 ……寝られない、寝る前にすることではないことだ。


「こたつに入りましょうか」


 みかんと温かいお茶と。

 残念ながら電気は点けられないから携帯で照らしておく。

 私がここまで気にするのが作戦だということなら大成功だ。

 この前のキスの後は流せたのに今回は何故か引っかかっているし。

 しかも自分から別れを切り出したのに何故だろう。

 もしこの先も仲良くし続けたら他の子と仲良さそうにいることに嫉妬するのだろうか。

 なんかそれはすぐに訪れる気がした、いまでもこんなだから。

 別に人が嫌いということはない、それどころか他人と過ごすのは好きだった。

 頼ってくれたりなんかしたらもっと嬉しくなる、偉いねって言われると社交辞令だろうと心が喜ぶ。余程のことがなければ嫌な気はしないだろうし。

 だから瑠奈と一緒に住めることになって嬉しくなって、でもあんなことがあって終わるかと思いきやそうではなくて、いまもこうして一緒にいるし、キスとかだってしてしまっている。

 ……考えてもあれだからと寝てしまうことにした。

 幸い今度はすぐに眠気がやってきてくれて、私はそれに身を任せたのだった。

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