03話.[一緒にお買い物]
1月20日。
先生達はこう寒いときに限って持久走とかをやらせたりするものだ。
だから鼻水を垂らしそうになりながらもグラウンドをぐるぐる走っていた。
「はぁ、はぁ」
少し意識を別のところに向けてみれば集団の中にいる瑠奈に気づける。
もう私はあの子を1回周回遅れにしてあるから、まあ遅いわけではなさそうだ。
「し、紫乃……」
「頑張りなさい」
「わ、わがっだ……」
ふふ、顔が酷すぎて笑えてくる。
寒すぎるんだろう、彼女は寒いのがあまり得意ではないから常にこたつ内か布団内にいるから。
私は一足先に走るのを終えられた、それでもやはり陸上部の子には勝てなかったが。
「佐藤さん速いね、いまからでも陸上部に入ったら?」
「褒めてくれてありがとう、けれど、本格的にやっている人から比べたら全然駄目だから」
「そっか、勿体ないと思うけどなあ」
私にはできない、それに放課後はやりたいことがあるから。
瑠奈が快適に過ごせるように掃除をしたりとかご飯を作ったりとかそういうのをね。
「し、しし、紫乃……さ、寒すぎ……」
「手を貸して、はい、どう?」
「紫乃の手は冷たすぎ!」
そういえばそんなことを言われていたんだった。
くっ、どうすればいま瑠奈のためになにかをしてあげられるだろうか。
「あ、こうすればどう?」
「ばっ!? こ、こんなところで抱きしめたらっ」
変に嫉妬して急にキスしてきた子よりかは健全だと思うけれど。
それに他の子だってスキンシップみたいな感じで同じことをしている。
もちろん、いまの私みたいにすぐに離していたが。
「……紫乃、気持ちはありがたいけど学校ではやめてよ」
「分かったわ、難しいのね乙女心は」
中々難しい、そっちの方の勉強をしなければならないようだ。
体育の時間が終わってやっとまだ外よりは暖かい感じがする校舎内に戻ってきた。
制服に着替えてせめてもの防寒対策をして、お弁当箱を机の上で開封する。
「んー、少し硬いわね」
「そう? あたしは別に平気だけど」
「無理して全部食べなくていいわよ、残すのなら夜に温めて食べるから」
「紫乃が作ってくれているのに残せるわけがないでしょうが」
確かに食材のことを考えれば残さないのがベスト。
けれど調理したのは自分だし、自分が作ったものだから義務は私に発生する。
瑠奈はなにも気にしなくていいのだ、例え問題があるものでも手を加えたのなら残したりはしない。
「で、終わったらこれなの?」
「そうよ、走っているときは全く相手をしてくれなかったから」
教室後ろの床に正座をして彼女に膝枕をする。
特に恥ずかしいわけではないものの、抱きしめることよりも目立つのではないのだろうかという疑問がある。
やはりよく分からない、そっちの勉強もする必要がありそうだ。
「紫乃、今日も家に行く」
「分かりました」
いまはもう午前中で終わりというわけではないからいい時間となっている。
恐らく帰っている間に暗くなっていくと思う、だからちゃんと五月先輩を見ておかなければならない。
というのもこの五月先輩、いきなり足を止めたりするからだ。
「紫乃っ、紫乃っ」
「どうしたんですか?」
「鳥がほら、近づいてきてる」
「お、本当ですね」
しかも私の足元まで来てもまだ飛ばす。
なにかと勘違いしているのだろうかと考えていたら急に飛んで「きゃっ」と倒れてしまった。
五月先輩は「大丈夫?」と聞いてくれたけれど、それがまたたまらなく恥ずかしく。
慌てて立ち上がると何事もなかったかのように歩きだした。
「待って、速い……」
「あ、ごめんなさい」
いつものように手を握ろうとして思い留まる。
そういえば私は瑠奈の彼女だったと思い出したからだ。
歩幅がきちんと合うように少し後ろを歩くことを意識した。
「電源を点けたのですぐに暖かくなると思います」
「ねえ、なんで敬語をやめてくれないの?」
「え、あ、年上の方には敬語って……」
改めて聞かれると困ってしまう。
本人が友達のように振る舞うことを望んでいるのなら応えるべきだろうか。
「ぼくにはしなくていい、敬語はやめて」
「あ、それなら……分かり……分かったわ」
あれ、これってもしかして裏でこそこそに該当してしまうのだろうか。
今回は付き合っている分、より問題というか……そんな感じで。
「たっだいまー! ……え?」
「おかえり、瑠奈はいつも遅いね」
「なんであんたがいんのよ!」
「わぶっ、い、いふぁいいふぁい……」
……今回のこれについては触れずにご飯作りを始めよう。
今度の瑠奈の誕生日、2月14日は瑠奈の希望でお鍋にすることにしている。
そういうのはひとりで暮らしていたとき、全然食べられなかったから地味にわくわくしていた。
が、いまのこの部屋の感じは冷たい感じ、だってこっちが睨まれているから。
とりあえずは触れずにご飯をきちんと作って机の上に持っていく。
少し行儀が悪いかもしれないけれど、こたつに入っていないとどうにかなりそうだから。
「いただきます」
「ちょっと待って、もしかしてまた五月も食べていくの?」
「五月先輩はどうしたいの?」
そう聞いてみたら「食べたい」と口にした。
私としては拒む必要もないから、「それなら3人で食べましょう」と言ったのだけれど。
「待ってっ、なんで敬語じゃなくなってんの!」
次はまた違うことで瑠奈が叫ぶ。
あまり叫ぶと横の人に申し訳ないから静かにするように頼んだ。
あまりにも調子に乗りすぎて気持ち良く過ごせなくなったら嫌だから。
「その話はまた後でしましょう、冷めてしまうわ」
「……後で説明してもらうから」
「ええ、私は逃げるつもりはないから」
食べ終えたらまた五月先輩を送ってからになるけれど。
「それじゃ五月先輩を送ってくるから」
「ん……お風呂入ってる」
「ええ」
外は当然のように真っ暗で、そして寒かった。
両手を擦り合わせてはぁと息を吐いても暖まるのはそのときだけ。
「寒いね」
「そうね」
「あ、呼び捨てでいいから」
「……分かったわ、ただ、五月に言っておかなければならないことがあるの」
腕を優しく掴んで足を止めてもらう。
「なに?」
「実は私と瑠奈は付き合い始めたの」
「え……」
何故か物凄く驚いたかのような顔でこちらを見てきていた。
まあ、同居しているうえに同性と付き合っているなんて言われたら誰だって驚く。
「でも、瑠奈がいるときなら来てくれればいいから」
「やだ」
「あ、来たくないと言うのなら仕方がないわね……」
それは悲しいけれど瑠奈を不安な気持ちにさせたくない。
私が他の女の子と仲良くしていることが気になるようだからきちんと考えて行動してあげないと。
「違う、瑠奈がいないときでも行く、ぼく達は友達なんだから」
「五月……」
「やだっ」
「わ、分かったから、分かったわよ……」
瑠奈は私が言った通り友達との時間を優先してくれている。
それでも瑠奈は18時過ぎぐらいには帰ってくることが多い。
それに毎日遊んでくるわけではない、一緒に帰ることだって多いのだ。
だからそういうときであればって考えていたのだけれど、流石にこんな悲しそうな顔をされながら言われたら一方的に拒むことなんてできない。
「約束、守って」
「分かったから、風邪を引かないようにするのよ?」
「ん、ばいばい」
「ええ、また明日」
ふぅ……まさかこんなことになるなんて。
五月があそこまで拘っているとは予想外だった。
私で良ければいくらでも相手はする、が、いまは受け入れてしまった以上全部……。
「ただいま――きゃ!?」
「遅い……」
「ごめんなさい」
判断を誤ったのだろうか。
時間が経過してから口にしたのが嫌だったのだろうか。
それとも瑠奈に会いたかっただけ? それならいないときでも行くとはならないだろうし……。
「ごめんなさい、五月はこれからも、私だけしかいないときでも来るそうよ」
「……あたしが早く帰ればいいんでしょ」
「でも、あなたにはお友達を優先してほしいのよ」
「だけどあんたは勝手に連れ込むでしょうが!」
扉に押さえつけられてどうしようもなくなる。
それだけではなくずっと押され続けていて苦しくなり始めた。
「る……なっ」
「……ごめん、もう寝る」
「……おやすみなさい」
べたべた触れ過ぎたりしなければ問題もないのではという考えがある。
自分が他を優先しろと言っておきながらあれだが、彼女は他の子と遊んできているのだから。
そう口にしたらまず間違いなくそれとこれとは違うと口にすることだろう、それは私も同じこと。
五月といるのは尊敬できる人ということと友達だからだ、その先を求めようとはしていない。
同性同士だからこその問題というやつを軽視してしまっていたのかもしれなかった。
それでも会話がなくなるということはなかった。
瑠奈にだって意地があるんだろう、それに家に帰れば特に問題もないわけで。
あとは説得を試みようとしたということは分かってくれたのかもしれない。
「こそこそしなければ別に怒らないよ」
「ええ」
「あんたにその気はなくてもこっちから見たらそういう風に捉えることができてしまうから」
ふぅ、瑠奈がある程度の時間まで帰ってこないのであれば時間調節が必要なのかも。
例えば教室で残ったりしていたら話し相手にもなれて、こそこそもしていなくていいだろう。
ふたりきりの時点で駄目だと言われてしまったらもうどうしようもない、ある程度は妥協してもらわないと。
放課後になったら早速実行してみた。
「お、佐藤まだ残っていたのか、ちょっと手伝ってくれないか?」
「分かりました」
先生のお手伝いなんかをして中々に悪くない時間を過ごしていく。
それでも19時前には帰ったら、
「どこにいたのよ、連絡もしないで」
なにをどうしても不機嫌そうになるのは回避できないみたいだ。
「学校よ、先生のお手伝いをしていたの」
「五月が扉の前でずっと待っていたんだけど」
「え……そうなのね」
いまはこたつ内に胸まで入れて寝てしまっているみたいだった。
いつも可愛いけど寝顔は特に天使みたい、なんて現実逃避をしている場合じゃないか。
「連絡ぐらいしなさいよ」
「ごめんなさい……」
「やましいことがあるから言わなかったんじゃないの?」
「違うわっ、マナーモードにしたままだったから……」
ポケットにしまって持っておくのは禁止にされているから仕方がない。
それにあまり携帯に触れないのは分かっているはずなんだけれど……。
「ご、ご飯を作るわ、だから通してちょうだい」
「……次にしたら許さないから」
「わ、分かったから」
……勢いで決めてしまったのが駄目だったのかもしれない。
それとも、たまに泊まるとかではなく毎日住むからこそ見える粗なの?
なにをどうしても文句を言われるというのは嫌だ、疲れる。
一緒に住めるようになって幸せになるはずだったのにどうして……って、自分が原因なのよね。
「ん……あ、帰ってきたんだ」
「ごめんなさい、寒かったわよね」
「捨てられた子犬のような気分だった」
なんで瑠奈も上手く流せないの。
五月はただこうしているだけで害なんてないのに。
なんでも敵のように判断してしまうのは駄目だ、みんな離れていってしまう。
ご飯を作り終えそして食べ終えた後も、五月を送った後も、お風呂に入り終えた後も。
いつもなら寝るまでの時間を楽しくゆったりと過ごすのに今日はできなかった。
「勢いだけで受け入れてごめんなさい」
「は? なにが言いたいわけ?」
「……私達にはまだ早かったのよ、瑠奈も私のことを好きだなんて思っていないわ」
サンドバッグとかそういう感じがしっくりくる。
あくまで友達でいるのが1番だったんだ、それなら一緒に住んでもなにも問題は起きなかった。
けれどいまのままだと相手を窮屈な気持ちにさせるよりも自分がそう感じて駄目になってしまう。
「まさかそんなことを言われるとは思っていなかったわ、流石高橋からの告白を好きでもないのに受け入れた紫乃らしいって感じだけど」
「そ、そんなことは……」
「自分が言ったじゃない、好きじゃなかったーって」
確かに言った、終わった後じゃないと気づけないからこその発言だった。
自分で自分の首を絞めたことになる、出ていくなとも言ったのは自分だから。
「なかったことにしましょう、このままだとお互いにメリットがないわ。でも、安心してちょうだい、家には住んでくれて構わないし、家事だって引き続き全部私がやるからあなたはゆっくり生活してくれればいいの。お友達を優先していいし、他に好きな子を作って付き合ってもいいわ」
こたつに頭以外全部入れて寝転んでいた。
私の家なんだから縮こまっている必要はない。
嫌われるのは辛いけれど、このままは苦しくなるから仕方がない。
「分かった、けど家に住むから」
「ええ、そうしてくれればいいわ」
「……こうなると思っていたわ」
口にはしていたことだ、それを了承したのも彼女だから。
「……くどくど言わないから一緒に寝よ」
「分かった、もう寝ましょうか」
流石にそこまで子どもではなかったか。
嫌いになる前に折れておこうと考えたのかもしれない。
「紫乃……ごめん」
「私も悪いから」
「……傷ついた、高橋とは4年も付き合ったくせに」
「……機械じゃないから責められるのは堪えるのよ」
瑠奈のためを考えて遅く帰るようにしたのにそれすらも逆効果なんてね。
こういう修羅場的なあれに慣れている人がいるのであれば聞いてみたい。
私はある程度勉強をしてからではないと長続きできないみたいだ。
「でも、約束はちゃんと守ってくれて嬉しいかな」
「当たり前よ、それさえなければあなたといたいもの」
「……誕生日、祝ってくれる?」
「当たり前じゃない、出会ってから欠かさなかったでしょう?」
「うん、紫乃はそうだった」
お鍋は私も楽しみにしているんだから。
その日はぱーっとお金を使わせてもらって豪勢にやろうと考えている。
大きなカニさえ買ってこようと考えているのだ、勝手にどこかに行かれたら困るわけ。
「ごめん、暴走した」
「ええ」
「だからちゃんと好きになってもらえるように頑張るから相手をして」
「分かったわ、好き同士でなければ駄目よね」
「うん、そうだよ、それとあたしはどんなことがあっても離れないから」
私はどんなことがあってもだなんて言えないけれど。
だっていまみたいに自分を守るために関係を絶つかもしれないし。
でも、彼女がそう言ってくれているのだから拒む必要はない。
冷静になったらいつも通り好きな瑠奈になってくれるから。
「というか、怒りたいのは寧ろあんたよね、あたしは他の友達を優先していたのにさ」
「ふふ、そうね」
「あっ、否定してよ……」
「ふふ、悪いのはあなたよ」
これでもまだ友達としていられているのはこれまで積み重ねてきたなにかがあるからだ。
会っても竜也の話をしたりとかはしていなかった、基本的に彼女の話を聞くのが楽しかったから。
って、竜也はもうどうでもいい、あれから好きらしい子と仲良くしているのが見えたし。
「し……の……」
「おやすみなさい」
先程までの不機嫌顔なんではもうなかった。
五月みたいに悲しそうな表情のまま寝てしまっている。
自分が原因なのは分かっているが、せめてと考えて頭を何度か撫でてから寝たのだった。
「紫乃……?」
「おはよう、少しお寝坊さんね」
珍しく髪を結っている紫乃がそこにいた。
ベッドから下りるとすぐに寒さがあたしを襲う。
あとはあれ、昨日……振られたことについてのものでもある。
「なにをしようとしてたの?」
「掃除よ、すぐに髪の毛とか溜まってしまうから」
「手伝うよ」
「あ、それならベッドにころころをしておいてくれる?」
「分かったっ」
そういえば今日は休日か。
祝日だったことを忘れてた、ちなみにいままでなんも祝じゃなかったけど任されて少し回復した。
単純なんだ、こんなことでも任せてくれたのが普通に嬉しい。
「この後は一緒にお買い物に行きましょう」
「行くっ、荷物は全部あたしが持ってあげるわっ」
「いいから、半分こずつ持ちましょう」
なんで……急にこんなに頼ってくれるようになったんだろうか。
別れを切り出してきたのは彼女なのに、申し訳なく感じているからこそなの?
それともこれぐらいはやらせるべきだと判断したのだろうか? なんでも任せてくれればいい。
「また普通に戻れて良かった、あなたとこうして落ち着いていられるのが1番好きなのよ」
「うん、あたしもそうだよ」
焦ってばかりいても仕方がない。
きちんと彼女のように考えながら行動しようと決めたのだった。
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