02話.[必ずそれを守る]

 6日、学校が始まった。

 なにかがあっても、逆になにかがなくても変わらず時間は経過していく。

 始業式とHRが終われば今日は終了だから楽でいいかもしれない。

 とりあえず今月はテスト勉強とかをする必要がないので気が楽だった。


「佐藤さんおはよう」

「おはよう、今日も寒いわね」

「うん、すっごく寒い」


 コミュニケーション能力が欠如しているということはなく話しかけられればこうして挨拶+αを言うことができる、傍から見たら知り合いレベルにはできているということだ。


「え、旅行に行ったの?」

「そうだよ、他県だけどね」

「へえ、いいじゃない」


 瑠奈は基本的に他の女友達と一緒にいる。

 当たり前のように邪魔をするのは違うからと行ったりはしない。

 いまはそんなことをしなくても家に帰れば会えるわけだし、仮に友達を優先して遅くに帰ってきても無事であれば、事件や事故に巻き込まれていなければなにも言うつもりはなかった。

 魅力的な人は他に沢山いるのだから仕方がないのだ、この世にあの子と私だけという状態になることはない以上、私達の距離感はこれが正しいことになる。

 始業式になって体育館に移動する最中も冬休みの話で彼女達は盛り上がっていた。

 瑠奈が楽しそうにしてくれているだけで十分だ、多くは望まない。


「あ……」

「ん? 大晦日ぶりね」

「お、おう……」


 別に責めるつもりなんて微塵もなかった。

 私といるときだってこっちを物凄く愛していたとかそういうのは一切なかったのだし。


「そんな顔をしなくていいわ、好きな子とはどうなの?」

「今日、出かけることになってる」

「そう、風邪を引かないようにしてあげなさい」


 雪は降っていないけれど凄く寒いから。

 いまだって油断していると鼻水がたらあと垂れてきそうだった。

 流石にそんなところは他の子に見せられない、羞恥心は私にもあるからだ。

 とにかく、クラス毎に集まって少しして始業式が始まった、残念ながら体育館の床が冷たすぎて座りたくないレベルだったけれど。

 でも、みんなが静かに大人しく座っているのにわがままなんて言えないから大人しくすることしかできなかった、仮にここで唐突に立ったりしたら先生に怒られるうえにクラスメイトからの評価も悪くなるからできないが。

 終わったら今年初めてのHRが始まって、普段と変わらない雰囲気で終わりを迎える。


「紫乃、この子達と遊んでくるから」

「分かったわ、気をつけなさいよ」

「うん、紫乃もね」


 まだお昼だから私も遠回りして帰ろうと思う。

 わざと実家の方に行ってみたり、用もないのに本屋さんに寄ってみたり。

 迷惑な人間かもしれないけれど、本当になんてことはないことが凄く楽しい。

 意外と心は子どもなのだ、雪とか降って積もったら丸めて投げたくなるぐらい。


「紫乃」

「あ、五月さつき先輩」


 私に関わってくれている人達の中では1番小さい佐久間五月先輩がいつの間にかそこにいた。

 けれど、髪は大体お尻ぐらいのところまで伸ばしているからインパクトがある。

 あとは藍白色の瞳が印象的だ、透き通っていて綺麗でいい。


「どこに行こうとしてた?」

「お散歩ですよ、早く帰ってもひとりですからね」

「ん、それならぼくも行く」

「分かりました、行きましょうか」


 五月先輩といることで起きる問題は抱きしめたくなってしまうことだ。

 可愛げのない女ではあるが、可愛い物や可愛い動物とかが凄く好きだから。

 一応こんな私でも多少は乙女らしい一面があるということでその点はいいけれど。


「瑠奈と住み始めたって聞いた」

「はい、4日から家に住んでいます」

「お散歩が終わったら行ってもいい?」

「大丈夫ですよ、狭いですけどね」

「気にしない、後輩達を見ておくのも年上として必要だから」


 そう、いくら小さくても五月先輩は年上で私よりも優秀だ。

 まだ叶えられていない学年1位を達成できているし、多くの人に好かれている。

 私の方は敵対している人はいないものの、友達と言える人は瑠奈と五月先輩しかいなかった。


「寒い……」

「家に帰りましょうか」

「ん……」


 結局、14時前には家に帰ることになった。

 牛乳を温めて飲んでもらうことに。


「ずずず……ん、美味し」

「良かったです」

「瑠奈はまだなの?」


 多分、夕方頃か夜頃になるのではないかと説明しておいた。

 あの子達はお喋りが好きなのでただそれができるというだけで遅くまでいられたりする。

 よく話題が尽きないなとしか考えられない、そして地味に目標でもあった。

 そこまでは求めていないからある程度は人を楽しませられるようになりたいと。


「瑠奈にも会いた――」

「ただいまー! もう外寒すぎなんですけど!」

「おかえりなさい」

「ただいまっ、お、五月もいるじゃん、よっす」

「ん、よっす」


 五月先輩が怒ったところを見たことがない。

 それに、どちらかと言えばタメ口で話されているときの方が楽しそうだ。

 それかもしくは、私が事務的な対応しかできなくてつまらなかっただけなのかもしれないけれど。


「紫乃、今日ってご飯なに?」

「シチューね、明日お買い物に行ってくるわ」

「あ、それなら手伝うよ、住ませてもらっているんだし」

「いいのよ、あなたがいてくれるだけで十分だもの」


 和子さんと正和さんのためにも覚えてもらうのもありかもしれない。

 が、私としては全てこちらに任せてくれればそれで良かった。

 あまりに頼りすぎて、なんらかの事情で出ていったときなんかに困る、なんてことにはなってほしくないからだ。わがままを言わせてもらってひとり暮らしをさせてもらっているのだから家事全般は自分がやると住み始めたときから決めている。


「紫乃、ぼくもシチュー食べたい」

「それならお家に連絡しておいてください、3人分ならありますから」


 邪道と言われようが私の家はシチューにご飯派だ。

 けれど、このふたりは恐らく違うだろうからフランスパンを焼くことにする。

 今朝に炊いて余った冷ご飯を煮込んでいる間に温めて一応効率を意識して臨んでいる。

 パンの方は完成しそうというところから焼くことに。


「まだ17時ぐらいだけれどいいわよね?」

「いいよ、早く食べてお風呂に入ってのんびりしたいから」

「僕は帰らなければならないから正直に言ってありがたい」

「そうですか、それなら食べましょうか」


 結局は市販のそれがもう完成しているような物なので美味しいに決まっているのだ。

 ご飯の上にかけたりはしないが、何気にシチューを食べてからご飯を食べるとより美味しい。

 食のあれこれについては各家庭で全然違いすぎるから言い争うだけ不毛だと思う。

 貧乏だとか言われても豚肉の方が好きだし、割となんにでも入れるから今更言われても困る。


「美味しい」

「変に頑張ろうとするよりも市販の物を買ってくる方が最強ですからね」

「あ、紫乃は送ってくれる?」

「送りますよ、五月先輩だけで帰らせるのは不安ですから」

「む、馬鹿にしてる?」


 違う、相手が小さかろうと大きかろうと変わらない、ひとりで暗い中歩くべきじゃないと言いたいだけ。身長以外ではなにひとつとして勝っているところがない私に馬鹿になんてできる権利はないというか、そもそも人を馬鹿にするべきではないのだ。


「していませんよ」

「それならいいけど」


 口の横にルーをつけていた五月先輩のそれを拭いて瑠奈の方を向く。


「口に合わなかった?」

「そんなことないよ」

「それならどうして黙っているの?」


 いつもはご飯粒が飛ぶんじゃないかと言いたくなるぐらいハイテンションなのに。

 彼女はご飯を食べるときが1番楽しそうでとても良かった、見ていてほんわかとした気持ちになるのも好きなところのひとつに入っている。

 なのに今日はどこか複雑そうというか、友達となにかがあったのだろうか。


「ごちそうさま、今日もありがとね」

「どういたしまして……」


 瑠奈は着替えを持って浴室に入ってしまった。

 私は洗い物を始める、そうしないと落ちなくなってしまうから。


「瑠奈、どうしたんだろ」

「気になりますよね、あ、送りますよ」

「ありがと」


 ああ、外にいたときは明るかったのにもう真っ暗になってしまっている。

 それに先程の瑠奈、別におかしいとかそういうのではなかった。

 や、おかしいけれど、ああして急に暗くなったりするのが瑠奈だから。


「――っ、ど、どうしました?」

「手が冷たいから握っておく」

「分かりました」


 いきなり手を掴まれて驚いたけれどやばい、小さくて柔らかすぎてやばい。

 同性のはずなのにここまで違うなんて、どうして少しでもそういう可愛さが自分はないのだろうか。願い続けておけば少しずつでも変わってくれるだろうか?


「でも、もう終わりだ……」

「五月先輩さえ良ければいつでも来てください」

「ん、それなら行かせてもらう、ばいばい」

「はい、さようなら」


 明日と明後日はまたお休みだからゆっくりしよう。

 家に帰ったらベッドに瑠奈が座っていた。


「どうしたの? 電気も着けないで」

「点けなくていい」

「そう? それなら、ん!?」


 それならお風呂に入ってくるわと言おうとしてできなかった。

 無理やり腕を引っ張られてそのまま口を覆われる。

 まさかこんなことをされるとは思わなくて彼女を押してしまった。


「はぁ、ど、どうしたのよ?」

「……あんたが五月と仲良くするからでしょ」

「そんなこと言ったらあなただって……いえ、お風呂に入ってくるわ」


 ふぅ、急にそんなことを言われても困る。

 私達はあくまで友達だから一緒にお散歩をして家に来てもらっただけ。

 で、やはりというか他の子と遊んで帰ってきた瑠奈が言えることではないのだ。


「……不快じゃなかったわね、驚いただけで」

「不快じゃなかったんだ」

「開けないでちょうだい、寒いわ」

「じゃあここにいるから」


 裸を見られるのなんて初めてではないから気にしなかった。

 彼女は濡れるかもしれないというのにこちらに近づいてきて私の唇を指で撫でてくる。


「今日はどうしたの? 友達と遊びに行ってなにか不安になってしまったの?」

「ううん、帰ってからこうなった、あんたが五月とふたりでなんかいるから」

「共通のお友達でしょう? 五月先輩はひとつ上だけれど」


 これまでは我慢していただけだったのだろうか。

 私の側には常に彼がいて、そして彼は私にとっての特別だったから。

 けれどあっさりを終わりを迎えたうえに、一緒に住めるようになってしまったからこそ強く影響していると? 自惚れの可能性は高いが、全てないとも言えないような展開だった。


「裏でこそこそ仲良くしたりしないで」

「でも、あなたはいないじゃない」


 行動を縛っているわけではないのだから一緒にいるぐらい許してほしい。

 ご飯を作るとか家事は住んでもらっている分全部やるから縛らないでほしい。

 だって五月先輩は憧れの人だからだ、げ、言動とか背とか以外は素晴らしいから。


「とにかく、明日付いていくから」

「構わないわよ? 話しながら行けるのなら楽しそうだもの」

「はぁ……」


 いや、ため息をつかれても困ってしまう。

 もう受け入れるとか口にしてもいまの彼女には届かない。

 こういうときは話しかけられたら返事をする、ぐらいに留めておくのが1番だ。


「出るわ、戻っていてちょうだい」

「分かった」


 湯船から体を出すと本当に冷える。

 だから早く拭いて、着て、きちんと対策をしておかないと駄目。


「ふぅ、こたつは冬には最強の家具ね」

「ベッドに入ってしまえば暖かいけどね」

「まだ寝るには早いもの、それに明日も明後日も休日だから」


 ただ、こたつに1度入ってしまえば動きたくなくなるのが恐ろしいところ。

 ……私、さっき瑠奈にキスされたのよねと考えるには十分だけれど。


「誰にでもするの?」

「は? するわけないじゃん」

「一緒に遊びに行った子達としたりとか……」

「しないって、あんたこそあいつとしたんじゃないの?」

「手を握ったことはあるけれど、それぐらいだけだったわ」


 彼女はわざわざこちらの髪を優しく引っ張ってから「良かった」と口にした。

 ベッドに背を向ける形でこたつ内に入っていた自分が悪いと片付ける。


「髪は弱点ね」

「これに触れていいのはあんたの両親とあんたとあたしよ」

「そもそも触れようとする人はあなた達ぐらいよ」


 別に嫌だなんて口にしていないのだから勘違いしないでほしい。

 その手にわざと触れさせる形で後頭部を押し付けてみた。


「この手は色々な人に触れていそうよね」

「一緒に遊びに行く子はあくまで友達だから」

「ふふ、そうなのね」


 この寝るまでの間ののんびりとした雰囲気が好きだった。

 そこに瑠奈や五月先輩達がいてくれればもっと良くなるというもの。


「安心できるわ」

「嘘つき」

「嘘じゃないわ」


 段々と眠くなってきて眠気に任せることになった。




「紫乃? あ、寝てる……」


 友達に返信したりしていたら時間が結構経過していた。

 こちらの片手を独占した形で寝られているため、中々に大変だった。

 ……無理やりキスされた後だと言うのになんて無防備な。


「紫乃、風邪引いちゃうでしょ」

「ん……竜也……」


 高橋竜也、ずっと紫乃のことを独占していた男。

 だと言うのに、唐突に好きな人ができたからとそれを終わらせた。

 こうして名前を呟いてしまうということは無自覚ではあるが傷ついているんだろう。

 だけど紫乃はあくまで友達としてそこにいてくれて、あたしが住めるように親と話し合ってくれて、家事だってこちらには任せずに全部してくれている。


「紫乃っ!」

「な、なにっ!? って、はぁ、急に大声を出してどうしたのよ?」

「いま竜也って寝言を言ってたよ」

「あ、夢を見たのよ、まだ好き同士で仲良くしていたときのことを」


 好き同士ねえ、異性に告白されたからって急に受け入れたくせに。

 恐らく紫乃の中にはそんな気持ちはなかった、高橋の中にあっただけ。

 受け入れてくれて高橋は喜んだことだろう、ただ合わせてくれているとも知らないから。

 でも、一緒にいればいるほどそういうのは伝わるもの、高橋は気づいたということになる。


「私、好きでもなんでもなかったのかもしれないわ」

「でしょうね、だからなんにも進展していないんだから」

「ええ、竜也を苦しめてしまったのかもしれないわ」


 違う、紫乃が傷つけたのはあたしだ。

 あたしは関わり始めてからすぐに好きになった。

 意外とお茶目なところがあったり、切り替えが上手かったり、怒ったりしないで優しくしてくれたりとか、笑顔が綺麗だとか色々な理由で。

 が、紫乃は高橋の告白をこちらに相談することなくあっさりと受け入れて、高校1年の大晦日までずっと付き合っていた形になる。


「違うわよ」

「え?」

「あんたが1番傷つけたのはあたしよっ」

「え、ずっと一緒にいたでしょう?」

「好きなのよ、好きなのにその目の前で他の人間といられたら嫌に決まっているでしょ?」


 で、高橋といなくなったと思ったら今度は五月となんておかしい。

 変わらず優しいだけに駄目なんだ、どうしても引っかかってしょうがない。


「でも、受け入れたら同じ結果になるかもしれないのよ? いまの私の中にはあなたが特別に好きという感情はないもの、それなのに受け入れられても嬉しいの?」

「嬉しいわ、そういう始まりでもいいじゃない、そういうつもりでいれば変わるものよ」

「……いいわよ、あなたが後悔しないなら、でも」

「でも?」

「仮に竜也のときみたいに別れることになっても友達のままではいてもらうしここから出て行くことも許可しないわ、それに納得できるのなら付き合いましょう」


 正直に言ってあたし達だから大丈夫だなんて言えない。

 なにが起こるか分からない、致命的な事件が起きるかもしれない。

 けど、あたしにマイナス思考は基本的には似合わないのだ。


「分かった、守るから付き合ってっ」

「分かったわ、家事は私が全部やるから自由にしてちょうだい」

「やるよあたしも」

「いいの、あと行動を縛るつもりもないわ、お友達と楽しんできたっていいの、必ずこうして家に帰ってきてくれさえすれば十分だから」


 それ以上を求めてほしいが、色々言うとなにもかも崩れるから贅沢は言わないでおく。

 言い方は悪くなるけど言質を取れたということなんだ、そして彼女は必ずそれを守る存在。

 不安はなにもなかった、それどころか高揚感がすごかった。

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