20作品目

Rinora

01話.[ハイテンション]

「ごめん、好きな人ができたから別れてくれないか?」


 大晦日の夜、いきなり呼び出されて行ってみた結果がこれだった。


「そう、それなら仕方がないわね」

「ああ、ごめん」


 この後は友達と会う予定があるからと彼はあっという間に目の前から消えた。

 じっとしていても仕方がないからと私の方も家に戻ることにする。


「おかえり」

「ええ、ただいま」


 冷えた体を暖めるためにこたつに下半身を入れて小さくを息を吐いた、中学生から付き合い続けていたというのに終わりはあっという間で。


「なんの用だったの?」

「好きな人ができたからって」

「は? じゃああんたいま……」

「ええ、終わった形になるわね」


 友達である田中瑠奈るなは呆れたような表情を浮かべてため息をついた。


「それであっさり認めたわけ? 馬鹿じゃないの?」

「しょうがないじゃない、他の子が好きになってしまったのならね」


 可愛い子との出会いなんて生きていれば沢山ある、今回はそういう子と出会って私よりもそっちを選んだというだけ。

 残念ながら付き合っているのかどうかも分からないぐらい最近は微妙になっていたのだから仕方がないだろう、彼だけが悪いというわけではないのだから。


「それより、あなたこそ最後の日に私の家にいていいの? 他に優先したい人とかいないの?」

「あんたと違って気になる異性とかいないからね、あ、いまはもういないのか」

「そうね」


 自分でも驚くぐらいあっさりと納得できた。

 別にむかつくとかそういうのは一切なくて、先程と同じようにそうなのねで片付けられてしまうという感じ。瑠奈からすればそういうところがおかしいと言いたいのだと思う。


「好きじゃなかったんじゃないの?」

「好き……だったはずなんだけれどね」


 きっかけは彼から告白されたことだった、私をそれを受け入れて去年までは恋人らしく時間を過ごしていた。

 あ、でも、手を繋いだりとかは私からしかしたことがない。

 受け入れてくれたまでは良かったものの、理想とは違ったということなのだろうか。


「年越し蕎麦でも食べましょうか」

「そうね」


 まだ20時ぐらいだから余裕はある、新年を迎えたからって冬休みなんだから焦る必要もないけれど。

 おつゆは早い時間から作ってあるから温めるだけだ。

 丼に湯がいた蕎麦とおつゆを入れればすぐに完成。


「はい」

「ありがと、いただきます」

「いただきます」


 ああ、美味しい。

 いつ食べても美味しいけれど、大晦日に食べるこれは特別感がある。


「嫁力があるわよね」

「最低限のことしかできないわよ」

「その最低限のことができないあたしはどうすればいいの?」

「習得すればいいじゃない」

「うへぇ、そう言われると面倒くさそうに感じるのよね」


 最初はそんな感じでも慣れるから大丈夫だ、そうしたらいつの間にかずっと前からできていたかのように振る舞える。

 だから難しく考える必要は一切なかった。


「食後は眠たくなるわね……」

「こたつ内で寝たら風邪を引いてしまうわよ」

「でも……」

「ベッドを使っていいからそっちで寝なさい」

「あい……」


 寝るつもりはないものの、こっちはこたつ内に半身を入れたまま寝転ぶことにした。

 瑠奈と自分のために電気をオレンジ色にして、適当に天井を見上げる。

 傷ついていないことを考えると、それが却って微妙な気持ちにさせた。確かに好き同士だったはずなのに、いつの間にか形だけのものになっていたのだなと。


紫乃しの、あんまり気にしないようにしなさいよ?」

「大丈夫よ、私が泣いたりしない人間なのは分かっているでしょう?」

「だからこそ抱え続けて怖いのよ、困ったらちゃんと言いなさい」

「ふふ、ええ、困ったらあなたを頼らせてもらうわ」


 正直に言って、ただ関係が終わっただけだという感情しかない。

 こんな私でも実はいまショックを受けていて、時間が経過したら悲しくなるとかそういうことがあるのだろうか。もしそうなった際に瑠奈がいたら驚かせることができると思う、いまも言ったように泣いたりとかは絶対にしない人間だからだ。

 その証拠に、小中の卒業式で真顔だったと両親から聞いた。相手が怒っているときでも真顔だって瑠奈や周りの子から聞いた。相手が悲しそうな顔をしていても真顔だって先程の彼から聞いていたぐらいだし、感情を全面に出すということをしない人間なのかもしれない。

 それでも私でも楽しいと感じることやむかつくと感じるときもある、だから機械のようだと言われたりすると微妙な気持ちになることが多かった。


「瑠奈、私は機械ではないわ」

「は? 知ってるけど」

「だってあなたといるときは落ち着くし、なにより楽しいもの」

「楽しいなら笑え」

「笑っているわ、できてない?」


 すぐにできていないと即答されてしまった自分。

 鏡を見ながらの若干のトレーニングが必要そうだ。

 相手が無表情だと話しかけることすら躊躇うことが多いから。

 私でも明らかに相手が嫌そうだったら話しかけずになかったことにすることが多いから。

 それに瑠奈にも一緒にいて楽しいと言ってもらえるようになりたかった。




「雪ねえ……」

「そうね、少しだけれど」


 2021年になってしまった。

 4月になれば高校2年生に進級することになる。

 瑠奈とは是非とも同じクラスにしてもらいたいところだけれど、そこは先生達次第だからどうしようもない。もし万が一彼女と一緒のクラスになれなかったら、出会ってから初めて別のクラスになったということになる。……いい方向に考えておこう。


「お餅食べる?」

「うん、2個」

「分かったわ」


 昨日のおつゆはお雑煮にも使えるから便利でいい。

 元旦からなにかをするのは私、でもそれだけでは嫌だからお餅を食べてゆっくりしたい。


「瑠奈は焼くだけでいいのよね?」

「うん、醤油をかけて食べるから」

「ええ」


 私もひとつは焼いて食べたかった。

 これぞ本当の焼き餅ってことで、昨日の私が乙女みたいな反応をしていたらやきもちを妬いていたということだから――あまりにも寒すぎるからやめよう。


「なんで長方形の堅いやつがこんなに美味しくなるのかしらねぇ」

「お醤油の力も大きいわよ」


 こんなやり取りを朝から交わしているとまるで同棲しているみたいだ、瑠奈が相手なら過度な馴れ合いにはならずにいいのではないだろうか。


「そうだ、はい、お年玉」

「は? あたしも同い年なんですけど?」

「いいじゃない、1000円しか入っていないわよ」

「……まあ、貰っておくけどさ」


 食後は洗い物もせずにのんび――は後の自分が苦労するだけなのですることに。


「冷たっ……」

「お湯出しなさいよ」

「すぐ出ないのよ」


 それでもお湯が出たら凄く落ち着いた。

 問題があるとすればこのお湯の温度がすごい高いということ、もう少し温度が上がれば火傷を負うんじゃないかってぐらいのものだということだろう。


「ふぅ、これからどうする?」

「どうもしない、3日まで紫乃家にいるから」

「ご両親に挨拶しなくていいの?」

「仲悪いから、それだったら紫乃といる方がいいわ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけれどね」


 それならみかんでも食べようか。

 なんでも丁寧にというわけでもないので、白い部分をいちいち取ったりもしない。


「あーん」

「あむ――ふっ、安定した美味しさね」

「ええ、食べると落ち着くわよね」


 惜しい点は手に臭いがつくということ、皮に触れただけでこれだからみかん農家の方達は大変そうだった。

 何百個と触れるだろうから、あ、手袋とかするかと解決。


「紫乃の手はいつも冷たいわね」

「そう? それなら瑠奈が温めてちょうだい」

「うん、握るわよ?」

「ええ」


 逆のこの子の手はいつも温かい。

 優しくもいてくれているし、この子が側にいるだけで春が訪れているみたいだ――なんて、恥ずかしいことを内で言ってみたりして自爆していた。


「あなたといるのが好きだわ」

「それなら付き合う? あたしはフリーだけど」

「その気がないでしょう。それに付き合ったらあれよ、すぐに気づいて終わってしまうわ」


 彼からは自分が面白みもない人間だと遠回しに言われたような気がしていた。恐らく好きになった子は明るくて優しくて柔らかくて、私にはない良さがあるのだろう。

 仮にそれが目の前にいる瑠奈であったとしてもいい、裏切られたとか言うつもりもない。というか、逆に少しぐらいは興味を示してくれた方が良かった。

 こんな私でも誰かを好きになって付き合うところまではいけたのだから、彼女であれば付き合ってからもずっと楽しく仲良くいられることだろうし。


「私はあなたといられればそれでいいの、けれど、迷惑ということなら言ってちょうだい」

「迷惑ならこうして家にいないでしょ、あんたしかいないこの家にね」

「流石にこの狭さで家族全員は無理よ」


 玄関から見えている場所で完結している。

 もちろん、横にはユニットバスがあるけれど。

 いい点はトイレは別になっていることだ、入浴時に臭いとか気にしなくていいのはいい。


「あなたさえ良ければいつでも来てくれればいいわ」

「心配しなくても何回も利用しているでしょ、なんならずっとこの家にいたいくらいだし」

「……ならずっと住めばいいじゃない」


 幸い、それをできるだけの環境が整っている。

 両親もこんなに多くなくてもいいのにと言いたくなるぐらいお金を振り込んでくれていることだし、貯金はどんどんと増えていっているのだ。

 もちろん、だからと言っていっぱい使えばいいわけじゃない、けれど彼女をここに住まさせることぐらいは余裕でできてしまうわけで。それこそいま彼女が言ったように何度も利用しているもの、そう費用も変わらないのだ。


「あんたの両親なら簡単に許可しそうね」

「い、いいことでしょう? 住みなさいよ」

「珍しく必死じゃない、他に好きな人間ができたと言われたときとは違うんだ」


 いやいい、自分に違和感を感じていてもそれでいい。

 この子がいてくれれば寂しくはないのだから必死にもなる。

 例え2年になって同じクラスになれなくても同じ家に住んでいるというだけで最高だろう、そういう先手を打っておかないと恐らくなにも私には残らないから。


「分かった、両親に聞いてみる」

「ええっ」

「あまり期待しないでよ? なにを言われるのか分からないから」


 ちなみに彼女のご両親と私の両親は関わりがある。

 家が近いというのが大きい、それが上手くいい方向へ繋がってくれればいいけれど。


「はい、代わってだって」

「ええ」


 そこからは何度もいいのかと聞かれた。

 あとは4日に集まろうとも言われて了承をして。

 通話が終わったので携帯を彼女に返してひとつ息を吐く。

 もしかしたら上手くいくかもしれない、嫌そうな感じはしていなかったと思う。


「嬉々としていたわね」

「わ、私が?」

「違う、あたしの両親が、厄介者みたいな扱いなのよ」

「そんなことないわよ、だったらこの時点で許可しているでしょう?」

「……まあいいわ、あんたの家で住めるならあたしだって嬉しいし」


 急にネガティブな思考になるところは昔から変わらない。

 普段は強気モードというか、どちらかと言えば面倒くさがりでマイペースな感じなのに。たまにある暗いモードになると一気に影が出てくるというか、まあそんな感じ。

 

「さっきの話、ちゃんと考えておきなさいよ?」

「ええ、大事なことだものね」

「べたな展開にならないように言っておくけど、付き合おうという話だからね?」

「え゛っ」


 私が素で驚いている間、「そんなに嫌なの? ショックだわ……」と彼女は本当に悲しそうな表情を浮かべていた。違う、私はいつものように彼女流の冗談かと思ったのだ、私を元気づけるために考えて行動してくれたのだと考えていたのだけれど……。


「嫌なんかじゃないわよ、でも、あなたが嫌でしょう?」

「嫌だったら言わないけど」

「そう……なのね」


 たまに長く一緒にいるのに彼女のことが分からなくなるときがある。それは所詮他人なんだから仕方がないのかもしれないが、一際分からないというか。

 でも、それを知ろうとすると彼女はその分からない一面を出してこないという流れが常。物欲センサーが働いているということなんだろう、案外馬鹿にできないことらしいと分かる。


「きちんと考えておくわ、せっかくあなたが言ってくれたのだもの」

「うん、そうしておいて」

「とりあえず、転びましょうか」

「だね、快適すぎてやばいよ」


 三が日が終わるまでのんびりしていたい。

 4日はなにかと戦わなければならないからいまの内に休ませておきたかった。




「――というわけなんですけど」


 4日、珍しく実家のリビングにいた。

 瑠奈は会いたくないからと私の家に残ったままだ、その時点で残念といった感じのリアクションをしている和子さんと正和さんのふたり。

 私の両親である母久美子と父康雄は逆に少し楽観的というか、重くは捉えていなかった。

 にしてもお父さん、少し太ったような感じがする。お餅が大好きな人だからいっぱい食べてそうだと微笑ましくなった。


「久美子ちゃん達がいいならいいんだけど……」

「大丈夫ですよ、紫乃も一緒にいたがっているようですし」


 母は強しというか、こういうときは基本的に母同士が喋るもの。他はどうかは分からないけれど、少なくとも私達の場合はそうなっている。

 父と正和さんは早速お酒を飲もうとしていて、それを母と和子さんに止められていた。ここで子どもみたいに拗ねるから可愛い、こういうところも好きだと言える。


「そう? それじゃあ紫乃ちゃん、よろしくしてもいいかしら」

「はい、私だけでは不安になるかもしれませんが、このように両親もいてくれていますから安心してください。寧ろありがとうございます」

「紫乃ちゃんはいい子ね」

「そんなことないですよ、瑠奈さんもとても優しくて暖かい人ですから」


 話し合いは不穏な空気になることなく終えることができた。

 二度手間になってはあれなので瑠奈に家に来てもらうことに。

 そうしたら両親にお礼を言ってから田中家に移動して、瑠奈には荷物をまとめてもらう。


「それだけでいいの?」

「あの家というか部屋みたいなところは狭いからあまり持っていくとあれでしょ」

「分かったわ、忘れ物はない?」

「大丈夫、全部突っ込んだわ」


 今度は彼女のご両親にも挨拶をしてから家に戻って。


「ふぃ~、あんたの両親がお金持ちで良かったわ」

「言い方……まあ、確かに似たようなものだけれど」


 欲しいと言ったものはすぐに買ってくれたぐらい、独り言レベルでも買ってきてしまうからひとり暮らしをさせてもらっているのだ。

 人間、買ってもらえたら嬉しいけれど買ってもらえすぎたら怖いという面倒くさいところがあるから仕方がない、これも他は知らないけれど自分はそうだから仕方がない話だった。


「あんたのお嫁さんになるわ」

「それじゃあもっと頑張らないとね」

「あんたは十分頑張っているじゃない」

「まだまだよ、家事だって我流で適当なところがあるもの」


 ここに住んでもらえることになった以上、栄養とかしっかり考えて作らないといけない。

 掃除とかも気づいたらすぐにしているからそこまでではないにしても、ほこりでくしゃみなんかしなくてもいいように綺麗にしておかないと。

 あとはなにもかも彼女優先で、


「余計なこと考えないで、いままで通りのあんたでいいから」

「そう? ならそうさせてもらうわね」


 残念ながらそれはできそうになかったものの、楽しくなりそうだということはよく分かる。


「あ、ベッドはどうしましょうか」

「一緒に寝ればいいでしょ、今更恥ずかしいとかそういうのもないし」

「そうね、そうしましょうか」


 昔から付き合いがあると急激な変化というやつがないから本当に楽でいい。

 でも、彼女がストレスを感じないように最低限のことは頑張らなければならなさそうだ。

 

「あなたの帰宅時間って基本的に私と同じよね?」

「うん、あんたと帰るのが多いから」

「でも、ずれることだってあるでしょうから柔軟に対応をしなければならないわね」


 考えるだけでも楽しいからなんでも良かった。

 そこで初めて自分が単純でハイテンションになれることを知ったのだった。

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