教師~茜色の空と小さな手

あいる

~茜色の空と小さな手~

「勉強を教える以外に教師が出来ることなんて案外少ないのですよ」


 教頭先生にそう言われた私は途方に暮れた。


 教師になって4年目の私は1年生のクラスの担任となった。


初めて持ったクラスは一年三組の三十人


 一年生といえば真新しいランドセルや服や履物。


 その子は目立つほど、同じ服を着ていたり、少しほつれたものさえそのままの日が続いていた。


 初めての遠足では、可愛らしいお弁当を持たせる保護者が多いのに、菓子パンを2つと牛乳パックを1つ持たされていた。


 その事が気になって、私は教頭先生に相談してみた

「あの子の母親はシングルマザーだったのだけど、子どもを置いて家出したらしいの、それでおじいさんに引き取られたんだけど、やっぱり目が行き届いていないんだと思う、ネグレクトとまでは言えないと認識はしているのだけどね 」



 その子の名前は梶原悠斗くん、クラスでは仲の良い子も多くて明るい、それだけが救いだと思った。

いじめなどの様子も見られなかった。


 夏休みが終わり新学期が始まった日に、悠斗くんは出席しなかった。登校日には元気な姿を見ていたので心配になった私は、家を訪ねることにした。


 その家には固定電話しかなく登録されている携帯電話の番号に掛けてみたけど繋がることがなかった、もしかしたらおじいさんが体調悪いのかもしれない?


 夕方とはいえ、うだるような暑さの中アスファルトの道は余計に体温を上げてくる、道路沿いの自動販売機で冷たい水を買って飲んでいた時に、通りの向こうから『せんせー神山せんせー』と大きな声が聞こえた。


「悠斗くん!良かった、先生心配したんだよ、だって二学期は今日からなのに悠斗くん来ないから」


 駆け寄ってきた小さな身体を思わず抱きしめた。




「せんせー、僕こうしてぎゅーってしてもらったことないからちょっと恥ずかしい」


「ごめん、ごめんあんまり嬉しくてつい」


 悠斗くんの話によると、夏休みの間に家を出ていた母親がふらりと家に帰って来たそうで、その母親は若い男の人を一緒に連れて来ていて、その事に悠斗くんの祖父である父親は激しく怒った。


悠斗くんを迎えに来るという愛情だけは残されていたのだろう。


 だけど、その申し出を小さな心は拒否した。


「悠斗くんはいいの?お母さんのところについて行かなくていいの?寂しくないの?」

 矢継ぎ早に聞く私に悠斗くんはキッパリとした言葉に『じいちゃんと一緒の方がいい、だってたまに将棋とか教えてくれるし…』

 そう言いながらも悠斗くんの目からは大粒の涙が溢れてきた。


 こんなに小さいのに一生懸命堪えているのだ。


 その姿をみていた私は、子どもの頃の自分を思い出した。

 私はシングルマザーに育てられた過去がある、幸い母親の実家が資産家だったので、経済的には苦労はせずにすんでいた。

 でも私はいつもひとりぼっちだと感じていた。


 母親は短大を出た後に小さな会社へ入社したあと、妻子のある上司と恋をして私を産んだ、認知はしてくれたものの、父親が私を抱いてくれた事はなかったし私は父親の顔さえ覚えていない。


 母親はその人との関係を終わりにしたくないから私を産んだのだと、大人になってから気がついた。


 母親とは年に数回連絡する程度で、日が経つほど疎遠になってきている。


 教師に出来ることは少ないのかもしれないし、1人の子どもだけを気にかけるわけには行かないのは分かっているけれど、寄り添って行きたいと思った。


 あの日私を抱きしめてくれた担任の先生のように。

 今は全くないけれど昔は5月のある日に母の日参観があった。

 みんなはソワソワして教室の後ろを見るけれど、私はずっと下を向いていた。母親が来ないことを知っていたからだった。

 そのクラスにはもう1人同じような男の子もいた。病気で母親をなくした和也くんだった。


 その日の放課後私たちは担任の前田先生にそれぞれ抱きしめられたことを今でも覚えている。

 次の年から廃止された母の日参観は前田先生からの抗議だったと高校生になってから聞いた。


「せんせー、僕んちに来て、僕が作った冷たい麦茶があるよ」


「うんありがとう、先生喉がすっごく乾いてるからたくさん飲んでもいい? 」


「うん!いいよ!せんせー手をつないでもいい?」

 涙を拭いながらキラキラした目で私を見上げた。





「もちろん」


 空が少しつづ茜色に変わるのを眺めながら小さな手をそっと握りしめた。


 ~おしまい~

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教師~茜色の空と小さな手 あいる @chiaki_1116

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