第2話 二十八人の傭兵

「あの青白い顔の優男が、あんたを探してるって奴だ」


 酒場に入って来た男達に、店の者が奥のテーブルを指さした。

 ユキはやって来たベンダーという街で何人かに聞いたのだが、知らないと言われ、仕方なくこの酒場に入った。カウンターで「バルクという名の男は知らないか?」と聞いたのだった。


「その辺で暫く待ちな」


 店の者がそう言い顎をしゃくった。

 随分時間が経って、もう一度聞こうとした時、数人の男達がまっすぐユキの方に歩いて来る。


「バルクを探してるってのはお前か?」

「そうです」

「こいつ女みてえな野郎だな」


 そう言って、いかつい男が腰にこぶしを当てユキを見下ろしている。


「バルクに何の用があるんだ?」

「それは会って直接話します」


 すると一人の男が前に出て来る、


「おれがバルクだ」

「貴方が」

「ああ、何の用だ?」


 そう言いながら椅子を引こうとした。


「椅子に座るが?」


 椅子の背に手を掛けた男がユキを見る。


「どうぞお座り下さい」


 それを聞き、すぐ男達がどよめいた。


「ははっ、どうぞお座り下さいだとよ!」

「よっ色男、貴族の生まれか?」


 ユキは男達の嬌声にも耳を貸さず、椅子を引いて腰掛けるバルクという男を見つめる。


「で、おれにどんな用があるんだ?」

「ラウラアレクシアという名をご存じですか?」

「ラウラ」

「はい」


 ユキの口からラウラという言葉が出ると、周囲の男達が笑うのを止めた。

 バルクという男もユキを見つめる。


「あんたは一体誰なんだ?」

「ラウラさんと一緒に居た、ユキという者を知っていますか?」

「会った事は無いが、ヤスべとかいう日本人の子供だと聞いている」


 安兵衛は示現流剣道の達人であった。その安兵衛の所持していた日本刀をユキは腰から抜くとテーブルに置いた。


「私がそのユキです」


 バルクはタタール人傭兵集団のボスで、ラウラは彼らの元雇い主だったと分かった。

 バルク達は一旦ユキの前を離れた。


「さあどうする。あの男もおれ達を雇用したいと言っている」

「だが金がねえじゃねえか」

「奴の話じゃ、船を取り戻せば金が手に入るんだろ」


 店の隅で男達が輪になって相談している。


「信用するのか?」

「やらなきゃ、食い扶持が手に入らねえだろ」

「おれ達はここんとこもう、ろくなもん食ってねえんだ」


 バルクは一緒にいた若者に、「皆を店の前に呼べ」と指示して、ユキの所に戻って来た。


「ユキさんと呼べば良いんだな、おれ達はあんたを信用することにした」

「だけどバルクさん、お金は――」

「それは後でいい。おれが一度信用すると言った以上二言は無い」

「分かりました」



 酒場の外に出ると、そこにはいつの間に集まって来たのか、馬にまたがる男達の集団が居る。


「これからはこの傭兵二十八人があんたの部下だ」


 そう言ったバルクが男達を見回した。





「船は多分コンスタンチノープルに向かったんだと思います」

「…………」

「そこで売るつもりなんでしょう」

「よし、先回りだ」


 ユキと二十八人の傭兵達は、馬を飛ばして南に向かった。コンスタンチノープルまで六日くらい掛かるだろう。海上もほぼ同じ距離で、順調に風が吹けば馬と同じ日数で着くと考えていい。


 途中夜は野宿になる。夕食は街の路上で業者が解体していた獣のもも肉を買った。焚火で炙って、皆でそぎ落として食らう。後は酒を飲むだけだ

 ユキは肉を手で持ち食べるのも、酒を回し飲みするのも気にならなかったが、衣服を着替えられず、湯あみも出来ないのがつらかった。

 しばらく焚火を囲んでいると、バルクがユキの側に来て振り向き声を上げた。


「クイナ!」


 呼ばれて若い男がやって来る。ところがバルクはいきなり剣を抜くと、その男に襲い掛かった。

 その男もすかさず剣を抜き応戦する。激しい切り合いが始まりユキは呆然と見守るしかない。何が起こったのか。刃の触れ合う音が響くのだが、誰も止めようとはしない。「おおう」とか「やれ!」とか言っているだけだ。

 ユキが思わず止めようとした時、後づさったバルクは剣をはじかれ倒れてしまう。さらに若い男の振るう剣が、地面で仰向けになり無防備となったバルクの首に落とされた。


「キャーー」


 ユキが思わず悲鳴を上げる。

 だが、刃は首の寸前で止まり、バルクに若い男は笑って手を差し出す。

 起き上がったバルクは、渡された剣を受け取ると、ユキの前にやって来た。


「ユキさん、ご覧の通りです。この男が剣を抜けば、かなう相手など一人もおりません」

「…………」

「これからは、このクイナをあなたの護衛に付けます」


 そして次に呼んだのはタリウトと呼ばれる男だった。


「この者は年寄りですが、誰よりも知恵のある男です」

「…………」

「私の居ない時など、何時でも良い相談相手になるでしょう」


 二人はユキに会釈をする。

 夜は皆がそれぞれ布を身体に巻き付け寝た。



 南下を始めて三日目の夜。さすがに野宿はつらくなり、宿に泊まった。一階が酒場で、二階が部屋になっている。ユキはタリウトに「皆さんで飲んで下さい」と、金貨を数枚渡した。

 クイナはユキの部屋の前に居るので、「貴方も」と言ったのだが、行こうとしない。


「私なら部屋の中だから大丈夫よ」


 クイナはそれを聞いて、やっと下がって行った。

 


 


 翌朝は早く出立したのだが、バルクがユキの側に馬を寄せて来ると、


「ユキさん、貴方が女性だという事は、もう皆が気づいている」

「…………」

「貴方の身を守るのも我々の仕事です。この先も宿に泊まるなどして、なるべく野宿など無理をしないで下さい」

「…………」

「それから、私は部下二人を連れて先を急ぎます。船の方が早く着くかもしれませんので」

「それでしたら船でマラトという水夫を探し出して下さい。私の部下ですから、事情を言えば協力してくれるはずです。船長や上級船員より、一介の水夫と話す方が暴徒達に怪しまれずにすむでしょう」


 そう言うとユキは金貨を一握り渡した。


「分かりました。では」


 バルクは部下二名を連れ駆けて行った。

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