第7話 照らされたステージ
劇場ホールには拘束されたジャックと文一の姿。今、彼らは10名程の敵に囲まれながら死の宣告を受けていた。
ジャックが目視で数えると、近藤入れて丁度10人だと確認できた。先ほど、気絶させた三人もすっかり目を覚ませている。
タバコを吸いつつ、近藤は、
「安心してくれ。小林君との約束でこの
気絶したまま横たわる知枝を、舐めるような目で見ながら言った。
「君らが変な気を起こさん限りな」
知枝の拉致は想定外だったであろう小林。彼はそれを聞き、更に顔が曇った。
ジャックが訊ねた。
「なぜこいつらを巻き込んだ? 狙いは俺のはずだ」
「文句があるなら知枝ちゃんに言ってほしいな……その娘はカップル祭の主催だからねぇ」
「それと何の関係がある?」
「知りたいか? フフ……教えてやろう。──今からカップル祭の主催とそのカップルを狙った事件を起こす。犯人は君だ。事実、君はあの2人を別れさせるために
そういって写真を懐から写真を出した。渋谷のカフェの一件、大学での監視。全てが写っていた。
「なるほど? あの時、坂東って奴がいたのは俺を監視するためだったってことか」
「そう、坂東……君に勘づかれていたどころか、まさか顔まで割られていたとはね……。小林の報告まで何も知らなかったし、昨夜、奴は私のPCからこの計画のデータを盗もうとしていた。警察にタレ込もうとしたんだろう」
その言葉で察しがつく。恐らく坂東が若の名前を出したのは、近藤の名前を出すより奴らのターゲットである
「挙句、逃げるときに灰須にあった私の拠点でドンパチやらかしたり、火を放ったりしてくれてね、しばらくあそこには近づけなくしてくれたよ。だからここを選んだ。惜しいことに彼は殺し損ねたが、すでに部下が動いている。今日中に手を下せるかは知らんが……まぁいいさ。──ところで彼らの顔に見覚えがあるかね? 星野! 堀江! 中村! 来い!」
近藤が部下の名前を呼ぶ。呼ばれた三人の男は近藤の前にズラリと並ぶ。
その顔には見覚えがあった。
「知ってる。俺が別れさせたカップルの片割れだ」
「そうだ。この計画に同調してくれてね、こうして手を貸してくれた。まだ20代だがしっかりしているよ。君と違って」
「そいつは良かった。友人を人質にされ、拉致らせたことが無いならさぞ有能だろうな」
近藤はジャックの皮肉を無視して続ける。
「彼らは向上心がある。お前の手にかかるまで恋人もいた。──私もお前のせいで仕事と家族を失った。20年ぽっちしか生きていないガキが私の50年のキャリアを潰してくれた」
「それで? あのガソリンで全てを焼き払い、俺を善良な市民やカップルに殺意を持った異常者に仕立て上げるつもりか?」
「その通り。クリスマス事件の奴らと同じ犯罪者になるんだ。そして可哀想なことに、
小林を呼び、先ほど呼んだ3人に戻るよう鼻で指示すると、入れ替わるように小林が近藤の元に来た。
「小林、ようやく君の出番だ。その娘の服を脱がして」
「────……え?」
「褒美さ。一番最初はお前でいいよ。ここの奴らも何人か“それ”を目当てに来ているしね」
小林が目に見えて動揺する。
「…………え? あ、あ、え……あ、いや、……そんな、あ、な、なん……でですか………?」
「心から感謝してる。君が堂垣をここまで誘導してくれた。君の報告で坂東の裏切りを知れた。──気持ちは察するがね、やってくれ。……君は仕事のできる人間だろう? もしかして違うのか?」
それを聞いて、文一が
「おい! よせっ!! やめろ!! ふざけるなっ!! やめろこの野郎!!」
拘束されたまま罵声を発する。
足は拘束されておらず、文一が勢いのまま立ち上がるものの、バランスを崩して派手に転ぶと部下の一人に取り押さえられ、テープで口を塞がれた。
ジャックもその様子を見て、必死に考えを巡らせる。彼も部下の一人から『お前は立つなよ』と言わんばかりに額に銃が向けられた。
この世の終わりのような顔をした小林は動揺したまま、口を開く。
「や、やめましょうよ……目当ての、ど、堂垣さん達、ほら、もうこれで終わりで──」
──小林の言葉の途中、近藤は持っている銃で彼の頭を殴った。
鈍い音と同時に吹っ飛ばされた小林は、知枝の近くに転がった。
「ハハ……。いらないんだよ、そういうの…………次逆らったらこんなんじゃ済まないから。さっさと脱がして」
近藤はそう小林を脅しつつ、睨みつけながら吸っていたタバコを床に落とし、足で消した。
そして周りの部下に、
「お疲れ! 夜は長いから自由にしてていいよ!」
柔和な顔に戻し、明るめな声で労った。部下達も別の作業に戻ったり、ステージ裏では喫煙禁止の看板の横で一服し始めるものもいた。
小林は床を這いながら、知枝のそばに寄った。
額から血が垂れ、目から涙が溢れ出す。
「ご……めん……」
目を赤く腫らしながら、知枝の頭をゆっくりと撫でた。
近藤はジャック達の方を見ると、
「クリスマス・イヴだ。女も無しじゃ寂しいからね……。さぁ、パーティー開始といこう」
勝ち誇ったかのように言い放った。
昼晴市、昼晴中央病院。
数ある病室の中の1室──そこでは、渋谷でのジャックからの追跡や、近藤達の裏切りから逃げ切った坂東丈が、ベッドで眠っていた。昏睡状態である。
顔を含め、全身は傷と包帯だらけだった。
被害者であり、事件の重要参考人でもある彼はその個室でその身を潜めていたが、扉が開くとスーツの女がドア前で気絶させた監視の男を引きずって病室内に入る。そしてベッドに眠る彼の横に立った。
そのまま女は息をひそめるよう、おもむろに注射器と液体の入ったビンをを取り出し、注射器でビンの液体を吸引した。
──その時、病室の扉がガラリと開いた。
「良くないと思うんだ。そういうの」
「誰……!? ここは立ち入り禁止ですよ!」
女はあろうことか、扉を開けたコートの男に警察手帳を向けて威嚇した。
男は手帳を一瞥すると、
「灰須署が絡んでいるとは……もしかして黒幕は
そう言うと、余裕そうに伸びをした。
彼は夕方にバーで飲んではいたものの、酔っている様子なかった。
女がその男の顔を思い出し、つぶやいた。
「あなたは……確か昼晴署の戸石刑事……?」
「さっきの注射器、言い逃れはできんぞ。この会話も録音しながらデータを送っている」
女の顔は青冷めた。
だがすぐに女は、懐からナイフを出す。
──が、同時に戸石は銃を抜き、女へ向けていた。
「な!?」
「悪いが、銃の携帯許可なら降りてない。こりゃ始末書だな」
じりじりと睨み合い、緊張が走る。
先に動いたのは女だった。
すぐにナイフを振り上げ斬りつけようとするが、戸石は発砲できず──だが、ギリギリで避けることができた。
そのまま床に転がる戸石。追撃を恐れてその状態からすぐに銃を構えるが、幸か不幸か、女は病室から逃げていった。
「クソぉ……! あの野郎!」
戸石は重く、ガタのある身体をすぐに起こすと女を追った。
すでに病室を飛び出した女は、ヒールを脱ぎ捨て、廊下を陸上選手のように走っていった。
その頃、柱の角で若い刑事がボヤきながら、電話をかけていた。
「流石に遅いな……あの人」
そんな彼の横を、スーツの女は猛スピードで通り過ぎる。彼はそれを見て、
「あ? ええ? 何!?」
「緑岡ァ!! そいつだ! そいつゥ!!」
戸石の声に反応して、その男──戸石の部下である緑岡が遅れて、追い始める。
「戸石さぁぁん!? なんで逃したんですかぁぁ!!」
「逃げちまったモンは仕方ないだろうッ!!」
全速力で女が走っていると、進行方向、廊下のど真ん中に背広の男の姿が見えた。
「どけぇぇぇぇええええ!!!」
女は野太い声を発しながら、男へ突進する。
──が、背広の男は見事な一本背負いで女を投げ飛ばした。
女は地面に叩きつけられるとそのままぐったりと動かなくなった。
戸石と緑岡が追いつくと、
「助かりました……ありがとうございます」
緑岡が感謝を述べると、男は警察手帳を出した。
「公安課だが──そちらは昼晴署の刑事とお見受けする」
その言葉に、緑岡と戸石は驚いて訊ねる。
「公安!?」
「おいおい、公安がなぜここに?」
日本における『公共の安全と秩序の維持』を目的とした警察機関、公安警察。隠密性と機密性の高さから捜査や活動が表に出てこないのが公安の特徴である。
したがって──、
「それはあなた方には関係ない。この女はなんだ」
「さぁ? お前さんに関係ある話だと思うか?」
その年下の公安刑事に、戸石は張り合うように答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます