第8話 アウトロー達の狂想曲
劇場ホールのステージでは、小林は激しく蹴りを入れられ続けていた。
──すでに小林が近藤に2度目の拒否をしたためである。近藤は柔和な口調を捨て、怒鳴り声をあげる。
「クズが!! そんな! 同情して! 善人ぶってんじゃねぇ!!」
その蹴りが入る度に小林の苦痛を伴った声が何度も漏れる。
しばらくして近藤は蹴るのをやめると、
「もう大人だろ……? 社会出たら、思いやりとか道徳とか関係ないんだよ……才能とか能力があって、仕事できる奴が上に立つんだよ……何でできねぇのさ……」
そう、怒りを震わせて言った。
──ジャック達の形勢逆転は難しい状態にあった。
ジャックの拘束は手首の結束バンドだけである。いずれ更に拘束させるだろう。──暴れたせいで真っ先に身体と椅子をダクトテープで固定された文一のように。
だが問題はステージ端にて銃を持つ2人の部下。彼らは椅子に座るジャックに銃口を向けており、何か不審な動きを察知されたら自分を含め人質の誰かが撃たれる可能性がある。
ここは万事休すか──
必死に打開策を練るジャックの膝の上に──真上から水滴がポタポタと落ちた。
本人はそれに気づき、怪訝な顔をした。
一方、近藤はボロボロになってうずくまっている小林に呆れながら、
「全く……はい、このバカはもう駄目みたいだからね。それじゃあ、最初にこの娘と──」
話している声が途切れた。
音楽が聞こえる。スマホか何かの着信音である。
「おい、誰の携帯だ?」
──アルプス一万尺こと
その着信音はジャックの身体からだった。
「……こいつ、まだスマホ持ってやがった!」
すぐにジャックは部下に銃を突きつけられる。
同時に横にいた他の部下が、ジャックの懐を
──が、無い。
「足だ」
本人のその言葉を聞き、部下は舌打ちをしてジャックの足首を調べる。そして、足に固定したあった“小ぶりのスマホ”を取り上げた。
これです、と言って部下が、メロディーが鳴り続けるスマホを近藤の元に持っていく。
邪魔がことごとく入り、近藤のイラつきもすでにピークだった。
「全く、何なんだよ! 一体っ!」
画面“だけ”が機能しないそのスマホは、千咲の手を借りて格安SIMを導入、GPSとPluetoothをオンのまま起動していた。
ジャックがフッと笑い、
「──開戦の合図だな」
そう言ったと同時にスマホから煙が出る。
部下が動揺し、近藤の目の前で落ちたスマホは──そのままスパークした!
銃を向ける部下2人が、ジャックから銃口を外した。
スパークと同時にその部下の一人が“何か”に押し潰され、床に痛烈なキスをした。もう一人もすぐに蹴りを喰らい、武装解除された。
そこには──まごうことなき、成宮汐音の姿があった。
彼女は劇場の頭上、照明用の足場に潜んでいたのだ。
スパークの音と彼女が落ちてきた音がダブり、ジャックを除く、その場にいた全員の反応が遅れた。
すぐさま汐音は、ジャックの手首の結束バンドを自前のナイフで切ると、床に転がる二丁の銃を蹴って遠くへと転がす。
状況を理解した近藤は、とっさに持っていた銃を構えるが、時すでに遅く、ジャックの投げた椅子が飛んできた。
そして、モロにそれを食らうと、悲鳴と共に倒れ込んだ。
近藤の落とした銃は、すぐ床を転がっていき、ステージの影へ転がっていった。
2階程の高さから降りた汐音だが、何ともなさそうに──ジャックにドヤ顏で言った。
「待たせたわね!」
「やれるか?」
「もちろん!」
ジャックが突進してきた部下の構えていたナイフを弾き飛ばすと、その
拍子でノートPCと接続した劇場のスピーカーから、パーティーミュージックが豪快に流れ始める。
劇場ホール内はその音圧で支配される。照明も音楽に合わせて特殊なライトアップで動き出す。
──まさしくパーティー開始である。
ノリの良いメロディーが流れる中で、ジャックと汐音は近藤の部下をなぎ倒していった。
汐音は部下の一人からスタンロッドを奪うと、股間、腹など的確に急所を殴り倒していく。ロッドは電気が流れる先端で突かねば作動しない仕様だったが、汐音にとっては殴る使い方でも問題はなかった。
ジャックも警棒を奪うと、それで部下達を殴って気絶させていく。
うめき声や悲鳴が飛び交うこの混乱に乗じて、すでに近藤は逃走を図っており、彼は関本を連れて、劇場の従業員通路へ向かっていった。
一方、小林は横たわる知枝に守るように、拾った部下のナイフを構えていたが──逃亡する近藤達の背中を確認する。圧倒的な力の差から、ジャック達の勝利はもはや誰が見ても一目瞭然であった。
「さようなら」
ストーカーだった男は知枝にそうつぶやくと、自身のボロボロの身体を引きずるようにして去っていった。
拘束されたままの文一はその様子をジッと、睨みつけていた。
汐音が中村と呼ばれていた男を蹴り飛ばすと、ジャックはたまたまそこにいた堀江を足払いで転ばし、その頭を掴む。そして飛んできた中村の顔面に、堀江の顔面を向ける。
互いの額が衝突、その二人は
乱闘の最中、すでに時夫はその渦中に紛れるようにステージの下から文一の元にやってきて、彼の口のテープを剥がした。
「大丈夫かい?」
「あいつを……知枝を頼む!」
時夫はコクリと頷き、文一に巻かれたダクトテープをハサミで切ると、その両腕を解放する。そして彼にハサミを渡し、反対側奥にいる知枝の方へ向かった。
彼が知枝の元に行くと、目を覚ました直後だった。
その目の前では、汐音が星野に向けてパンチ・パンチ・キックのコンボをお見舞いしていた。知枝は、
「何これ……どういう状況?」
その奇怪な光景から声を漏らしていた。
──こうして星野の気絶を最後に、ジャックと汐音によるホールの制圧は完了した。
従業員通路の先、搬入用エレベータードアの前に近藤とまだ目出し帽をした男、関本がいた。
「近藤さんがご無事で何よりです」
「地下駐車場にあるバンの鍵を持ってる。そいつで逃げるぞ」
「……了解です」
エレベーターが開いた直後、通路の遠くから──おおい、と声がした。
部下の一人である。さっきの乱闘から逃げ出してきたのだ。
だが、近藤は黙ってエレベーターに乗り込んだ。関本もそれに従って乗り込む。
エレベーターのドアが閉まる。ふと関本が言った。
「さっきの彼、あなたを信頼して無賃で今日──」
「はぁ!? いいんだよっ! この船はもう終わりだ。私だけでも降ろさせてもらうから」
──千咲はそのやりとりを観て、鼻で笑った。
ホールのコントロールルームに潜入していた千咲は、つい先ほど自分のノートPCを有線でコンピューターと接続、モニターから監視カメラを通じて、エレベーターの様子を伺っていた。
最下層、地下1階に到着したはずのエレベーターは突然、沈黙を始めた。
「おい、どうなっている?」
そして動力音がすると、エレベーター内を照らす照明は真っ赤になり、上昇を始めた。
「おい! なんで登っているんだ!? お前、何かしたのか!?」
近藤は隣にいる関本の胸ぐらを掴んで喚き散らす。が、もはやそれは無意味なことだった。
関本が動揺しつつも事態を理解し、エレベーター内の監視カメラに目をやる。
──乗っ取られている。
「……じゃあ降りなきゃね。地獄に」
千咲がノートPCを操作しながらつぶやく。
エレベーターが2階に到達すると、回路が火花を散らし、その鉄の棺桶は一気に降下した。
死なないよう調整こそはしたが、2階から地下に落とされた本人達は当然溜まったものじゃなかった。
建物全体に響く衝撃音がし、やがてモニターに倒れている近藤と部下の姿が確認できた。
「あ──……階段から落ちるより痛そう」
劇場内はパーティーミュージックもライトアップも止まり、閑散としていた。
大量の部下が転がっているステージ上で、汐音はジャックに訊いた。
「これで一件落着……でいいのかしら?」
汐音のその言葉をジャックは否定した。
「まだ終わってない。近藤を逃した」
「いいでしょ、後は警察に任せれば」
「まぁ、もう近藤正歳とは関わりたくないしな……千咲と合流したら警察呼ぶか」
ジャックが辺りを見渡す。
「
「彼なら、拘束を解いて──あれ?」
劇場のステージ、客席を見渡すが、文一の姿は見受けられなかった。
「──あれ? あれえぇぇぇ!?」
昼晴ナカトミホールのエントランスロビーは広く、布のソファが何個か並んでいた。
そのソファの一つに小林は、満身創痍で持たれかかっていた。
小林の目の先、奥から人影が見える。
天井まで続く入場口側面のガラスから月光が差し、人影を照らす。
──宇田文一。
かつて愛した女性の彼氏であり、以前ストーカーである自分を殴った男。
小林の血の跡を追ってきた文一は、片手に何かを持っていた。
──銃である。今回の犯行で使われた1丁。それが彼の手の中にあった。
「お前のせいで……俺達は……!」
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