第6話 クリスマス・イヴの標的

 文一曰く──小林は以前、知枝のストーカーだった。

 ジャックは複雑で危険な事態であることを説明し、それを理解した文一はジャックに訊いた。


「全部本当なんだな?」


「本当だ。だが、なぜ小林が“ストーカーの退治”を依頼してきたのかは分からねぇ。とりあえずヤバい事態なのは確かだ。お前はここで待機して、まずいことになったら警察を呼べ」


「そんなの、どうやって分かるんだよ」


「……分かった、こうしよう。今から10分後、もしお前のスマホに俺からの連絡がなかったら警察を呼べ。今言ったことを全て話すんだ」


「いや、俺も一緒に行く。てかお前番号知らないだろ」


「女が心配で居ても立っても居られねぇのは分かる。必ず対面させてやるから、安心しろ」


「……正直、知枝のことは一番気がかりだ。それに、お前の話を完全に信じたわけじゃない」


 文一はジャックの目を見て言った。


「けど、もし友人が、仲間が困っているなら……そこで俺は逃げおりるなんてマネはしたくない」


 その言葉で、ジャックから自嘲的な笑いが漏れだす。文一が怪訝な顔をして聞いた。


「なんだよ、おかしいか?」


「いや……お前を勝手に根性なしだと思い込んでいた俺こそが、“アホタレ”なんだって思い知ったよ」


「じゃあ……!」


「いや、お前がここにいても手は借りれる。今は知枝のバイト先までの経路や、バイトが終わる時間を教えてくれりゃいい。工藤知枝への説得も電話があればなんとかなる。こっちも何かあれば連絡する。じき、ここに来る迎えの奴らと協力してくれ」


「分かった。……大丈夫なんだよな?」


「俺、いや──俺らがなんとかする。だから待ってろ」




 カフェを出たジャックは、知枝のコンビニへ向かおうと、徒歩で最短の経路を通る。

 距離的に近いことと、エンジン音で目立つため、バイクは置いてきた。

 川沿いの道を歩いている途中、道と隣接した大きな公園が見えてきたと思ったら──三人の男が目の前に立ちはだかった。


 街灯の下、その三人は目出し帽をしており、間違いなく“敵”であると認知できた。

 恐らくここで何があっても外野に悟られにくいだろう。

 なんでこんな道通ったんだ、と後悔する間もなく、男の一人が口を開く。


「堂垣、そこまでだ。大人しくついて来い」


 そう、言って男三人は同時にナイフを出し、近づいてくる。

 それを見てジャックは、緊張感の無い声でおどけ始めた。


「ハッ……正気か? どうかしてるな……今日はクリスマス・イヴだぞ」


 ──そう言いながらナイフを向ける男二人に悟られぬよう、ジャックはスマホを出し、腰の裏で操作する。

 だが、新しく買ったスマホなのが災いした。

 ジャックが片手で操作するには、明らかにサイズが合わなかった。そのスマホは文字を打っている途中、手から滑り落ちた。

 スマホが地面に落ちた音が静かに響く。

 男達はそのことに気づくと一斉に距離を詰め、ジャックの正面を囲んだ。


「なんで最近はデカいスマホばっかなんだ、笑っちまうよな、ハハ……」


 そうおどけていたが、すぐにジャックは目の前の男の腕を弾き、二人目の男の胸元を掴んで引き寄せると、その頭を掴み街灯にぶつけて気絶させた。

 彼はそれを確認することなく、三人目の男がナイフと共に振り上げた右手を掴み、ナイフを外側に捨てさせ、武装解除する。

 そのまま足払いで、バランスを崩した三人目の身体を地面に叩きつけ、最初に腕を弾いた男の顔面を肘打ちして気絶させる。

 ──制圧は完了した。

 

 ジャックがスマホを拾おうとすると、バン2台が道の前方と後方に到着し、中から一斉に目出し帽の連中がゾロゾロと現れた。大体がナイフや金属バッド、警棒などの武装している。

 そして、またもや周りを囲まれる。文字通り他勢に無勢。

 だが、ジャックが攻撃に出れなかった理由はそれだけではなかった。

 男たちに紛れて、1丁の回転式銃リボルバーを持った初老だと思われる、いかついスーツの男が現れる。


「私ならここでやめておくけどねぇ」


 その男は──、


近藤正歳こんどうまさとし……っ!」


 血のクリスマス事件で、ジャックが世間からのパッシングに遭うことになった元凶。そして、“元”灰須警察署副署長。


「久々だねぇ、堂垣君」


 不敵に笑う近藤の後ろには敵に捕まって震えている文一と、ぐったりと寝ている知枝の姿があった。


「電話があれば対面せずとも脅すことも可能でね。知枝って娘のスマホを使わせてもらった」


 恐らく近藤達は、知枝を捕えた後に本人のスマホのロックを顔認証で解除、そのスマホの電話で文一を脅したんだろう。あるいは知枝本人を脅して呼び出させたか──? だが、今更その手口を推理しても無意味であるのは確かだった。


「落ちてるスマホを確認して」


 近藤は部下の一人に指示を出す。

 すぐにその部下は、ジャックが落としたスマホの画面を確認した。


「メッセージの途中ですが、送信はされてません。どうします?」


「それは良かった。電源を切って川に捨てて」


 部下は指示通り、電源を切りスマホを川への放り投げると、ポチャンと虚しい音が響いた。

 これで外部への連絡手段は断たれ、そのスマホのGPSも機能しなくなった。


「──さて、大人しく車に乗ってくれるな?」




 彼らがバンで連れて行かれた頃、とある四人乗り軽自動車がカフェの駐車場に到着し、待機していた。

 車内の助手席で千咲がノートPCを弄り、後部座席では時夫が窓からカフェを眺めていた。


「ジャックが迎えを頼むなんて、意外っちゃ意外だったね」


「……彼は大体1人でなんとかしちゃうから」


 そもそもジャックが頼み事をすること自体、もはや珍しいことだった。

 今までそれぞれが自由に動き、協力していた集いだったからである。

 ふと、時夫は車内に目をやると、床に落ちてるチラシを発見し、拾い上げた。


「『カップル祭』……?」


「……カップルの頂点を決めるコンテスト」


 ありがたいことに前の助手席から補足が入る。


 チラシには、『集え!カップル!』、『No.1カップルは君達だ!』、『あの東京学院大学、小竹向原大学との合同開催決定!』。


 ──などと、安直な宣伝がズラリと並んでいた。

 そして、実行委員達のコメント欄に、


 『無駄じゃない恋なんて無い! 小竹向原大学代表:K.I.』

 『みんな盛り上がっていこー! 昼晴大学代表・主催:C.K.』

 『No Lover, No Life !! 東京学院大学代表:A.S.』


 という代表のイニシャルとコメント。


「C・K……?」


 時夫がつぶやくと同時に、カフェから出てきた汐音が車のドアを開け、運転席に座る。


「目撃証言はあったけど、二人はバラバラで出て行ったらしいわ。そっちは?」


「……何も連絡ない」


「しょーがないわね……コンビニのほう行ってみますか〜」


 汐音は車のエンジンをかけ、発進する。


「……多分コンビニに……いない」


 そう、千咲がつぶやいた。


「GPSで特定したのね? それでアイツはどこにいるのよ?」


「……」


 汐音がふと横を一瞥すると、千咲が怪訝な顔でノートPCを睨みつけてるのが見て取れた。


「何かあったの?」


「それが……」




 ジャック達は結束バンドで両手を拘束され、歩かされる。

 拉致された三人が連れてこられたのは、どこかの劇場──コンサートホールだった。

 地下の搬入口からジャックは近藤と部下2人に銃、文一はナイフを突きつけられながら歩く。知枝は拘束時に気を失っていたらしく、部下の一人に担がれながら歩いていた。

 機材搬出用のエレベーターで地下から一階に上がり、長い通路を渡った先、舞台裏から劇場のステージ上まで連行された。

 近藤が言った。


「昼晴ナカトミホールだ。閉館したのは3ヶ月くらい前だったかな? パーティーにはうってつけだろ?」


 ジャックはステージから見える客席を一瞥して言葉を返した。


「にしては観客PVは少ないみたいだな」

 

 当然この場には近藤とその部下、ジャックと文一、知枝しかいない。

 広めにできたステージには、この計画に用意したであろう机や椅子、ストーブ、赤いポリタンクもあった。

 他に四人ほどの目出し帽を外した人影があり、仲間の帰りを待っていた。その内一人はよく知った顔である。ジャックは、


「よぉ、小林」


「……」


 皮肉を込めて挨拶するが、小林は暗い顔でそっぽを向き爪をかじり始める。

 連中は各々に目出し帽を外したり、ナイフを箱に閉まったり、武器であるバールやバットを置いて──まるで一仕事終えた、という感じだった。

 そんな中、一人の部下が他の部下と話す。


「関本さん、お茶どうです? てか目出し帽とらないんすか?」


 その部下、すぐそこにいた目出し帽に手袋という完全防寒の男──関本は、


「いや……俺はいい」

 

 低い声で静かにそう言った。

 一方、文一が怯えながら小声でジャックに訊いた。


「あのポリタンク……灯油だよな?」


「ああ、最近よく冷えるしな。賢明な判断だ」


 ジャックは皮肉交じりに答える。

 その場に漂う独特の匂いはガソリンそのものだった。


 遅れて担がれてきた知枝に気づいた小林は、動揺しながら近藤に尋ねる。


「知枝さんが……なんで!?」


「安心しな。この娘は大丈夫だよ」


 近藤はそう返すと、小林は腑に落ちない様子ではい、と返事した。


 やがて、椅子が用意され、ジャックと文一が座らされる。

 すると、相も変わらずニヤニヤした近藤がジャックの前にやってきた。


「さて、──君には疑問があるだろう? なぜ、こうなったのか」


「どうせ復讐だろ」


「分かってるじゃないか。去年、私は本気で君を犯人だと思っていた。だが、犯人は佐藤とそのツレという期待ハズレの結果に終わった。堂垣君、私はハメられんだよ。たまたま一緒に寝た女がゴシップ誌の記者だった」


 近藤は懐からタバコを取り出し加えると、すかさず側に来た部下に火種をもらい、一服を嗜む。


「全ての原因は君がそれを暴いたことだ。私が漏らしたことをね。そしてその証拠を灰須署や自宅に送りつけてくれた」


 ──近藤の情報漏洩を暴いたのは、紛れもなくジャックだった。様々な情報からゴシップ誌の出版社、記者、警察関係者を調べ上げ、近藤正歳にたどり着いたのだった。

 近藤はほくそ笑みながら言った。


「だが、埼玉県本部長は理解を示してくれた。あの事件の詳細は国民が知るべきだったからね。あの人の協力がなかったら、コトを灰須署内から圧える事ができなかった。運が良かったよ。でも、職場の居心地は最悪なものになった。何より辛かったのは──妻と息子、娘と疎遠になってしまった事だ」


 ジャックはそれ無視して訊く。


「何をするつもりだ?」


「ここで、あの情報流出の正当性を証明させる。──そのために君らを殺す」

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