第5話 ストーカーの正体
夕方のバーで、刑事の男はジャックにある男について話す。
その男こそ、渋谷でジャックから逃げ切った例のストーカー。彼は何者かに襲われ、意識不明の状態だった。
挙句、意識を失う直前、彼は『ジャック』の言葉を残していた。
「“ジャック・リーチャー”かもしれねぇだろ」
「だとしたら今、俺の目の前にいる男は、トム・クルーズのはずだ」
くだらないノリで映画のジョークを挟むが、それで和やかなムードになることはない。
苛立ちつつ、ジャックは訊いた。
「それが俺だと言う証拠は? 俺の名前は
「この際証拠などどうでもいいんだ。お前を呼んだのは言わば警告だ」
「警告?」
「彼の身体には事故以外にも傷があった。──銃創だ。恐らくどこからか、命からがら逃げてきたんだろう。……銃が使われている以上、こいつはただの事件じゃない。署や県警もまだ情報規制を敷いたままだ。いずれ明かされるだろうが──もし関わっているなら早めに手を打った方がいい。また去年と同じことになる」
「ああ……肝に命じておく。だが……それをなぜ俺に?」
「言っただろう? 警告だと。……捜査で得た情報を漏らすなってか?」
ジャックは何も言わず、怪訝な顔で男を睨んだ。男は、
「どうせお前さんは口が堅い。それにやらんと決めた掟や信条を守ってコトを解決しようなんて、もはやそんなもん理想論に過ぎんさ。 ──あのリークもマスコミやネットに流すべきだった」
「──かもな」
そう言って、ジャックはそのままバーを去ろうと席を立つ。だが男は彼を呼び止めた。
「俺ァ、この歳まで警察一筋で生きてきた。恋愛も結婚もしなかったし、家族なんて居やしない。それで階級や役職とは程遠い、見えない壁ってモンができちまった。……格差ってやつだ。哀れんだり見下してくる奴もいる。それでもそいつらみたいに成り果てたくなかったから──これが正しい答えだと信じて戦ってきた」
「答えなんか普通は見つかりっこない。でも誰かの求めた答えのために戦うくらいなら、俺は自分の意思を貫く。……そこに正しさなんてもんは無ぇしな」
「そうか……そうだよな、ハハハ……」
男がバーボンをグイッと飲む。それを尻目にジャックは答えた。
「……俺の知りうる限り、その男はストーカーだ。とあるカップルのな」
「そうか。それで犯人の目星は?」
「それはまだ分からねぇ」
そう返すと、ジャックはバーを後にした。
コインパーキングまでの道の途中、歩きながらジャックは考えを頭に巡らせる。
──問題のストーカーは、入院中。文一達に手出し不可能である。クリスマス・イヴなどどうでもいいが、あの二人を別れさせるためのカードを切ってもいいが――。
──本当に手出し不可能なのか? そんな疑問や考えを巡らせたジャックの頭は、様々な情報でごっちゃになっていた。
そしてストーカーの顔を思い出す。最初にジャックが彼と対面したとき、耳にイヤホンをしていた。ジャックに見つかった直後に何かをつぶやいていた。何をつぶやいたのか。──いや、なぜつぶやいたのか?
恐らく彼がしていたのはマイク付きのイヤホン。あれが独り言ではなかったとしたら……通話中だったのか?
だとしたら敵は一人ではなく、複数。ならば1人用の車でバンを使っていたことにも説明がつく。しかし堂垣若の愛称を知る連中と工藤知枝へのストーカー行為の関係は……?
──何にせよ、恐らくあのカップルは、何か大きな事件に巻き込まれている。
灰須市某所。
坂東の乗っていたバンと同じ型の車が路肩に停車していた。バンの運転席と助手席で中老の男とその仲間の男が話す。
「潰れた劇場ホールを使うのか? しかも昼晴の?」
中老の男はそう訊き返した。仲間の男は淡々と答える。
「ええ。管理者の意向で、水や電気も繋がっているようです。警備もいません。この冬にあの人数で実行するなら絶好の場所でしょう」
「関本が大丈夫って言うなら……よし、そこだ、そこにしよう」
「では、これから部下達にそこに集まるよう連絡し、下準備に入ります」
運転席に座っていた男、関本がバンを発進させる。
彼は言った。
「それと、坂東が堂垣のことを漏らしたらしいです」
「知ってるよ。灰須署から引っ張ってきた奴が言ってた。……あのゴミカスのせいで台無しだ。でも坂東が死ねば、去年みたいにあのガキに擦りつけられるじゃないのか?」
苛立ち交じりに60代の男は話す。それに関本は、
「──と言うよりも……今夜アイツらを圧えないと計画は失敗ですよ。近藤さん」
淡々と答えた。
一方その頃、昼晴大学。
千咲が部室にてノートPCでゲームしていると、汐音が部室に入ってきた。
「やっぱここね」
いつものように千咲は汐音のほうを見ず、PCの画面に目を向けカチャカチャとマウスを動かしキーボードを叩きながら訊く。
「……何しにきたの?」
「クリスマス・イヴは、千咲ちゃんと一緒がいいと思っただけよ」
「帰って」
「やーん! 友達のクリパ断ったのよ?」
「……このリア充が」
「若から連絡来た? てか進展あった?」
「知らない。連絡待ち」
「まだ
「そうかもね……今、このラウンド瀬戸際だから、集中させて」
「ところで、『カップル祭』って知ってる?」
「……」
「来年の2月2日にあるらしいわ。No.1カップルを決めるコンテスト……こういうの、若が好きそうと思ってね」
そう言って、そのカップル祭のチラシを千咲に見せる。
千咲はそれに目を──向けない。
「……いや別に知らないって言ってないし……てか今、ゲームしてるの見えない?」
「ひどい……! アタシとゲーム、どっちが大事なの?」
「ゲーム」
「本当にひどいわね」
「じゃあ、汐音」
「ひどい……二人っきりのときは『汐音お姉ちゃん』って呼ぶって約束したはずよ?」
「してないから……うわ、あんたホントめんどくさい」
ゲームをしているPCの画面の横に『堂垣若』の名前が表示された。
着信のバーナーである。千咲はゲームをしながら応対する。
「何の用?」
時夫は部室にはおらず、大学のラウンジにて自分のノートPCを使い、課題のレポートを仕上げていた。
長い時間、パソコンの画面を観ていたせいもあり、彼は目薬を取り出してヒリついた眼に差す。
目をパチパチとしていると、濡れた視界にたまたまいたであろうカップルが映る。
カップルがラウンジを後にしようとすると、女性のポケットからハンカチが落ちた。
──気づいている様子はない。時夫をすぐに席を立つと、善意でそのハンカチを拾った。
そしてカップルに追いつくと、すみませんこれ、と手渡す。
「ああ、ハンカチ! ごめんなさい!」
「ん? ……ああ! すみません、ありがとうございます」
その二人と特に悪意の無いやりとりをして会話が終わる。時夫が席に戻ると、カップルとすれ違って汐音がやってきた。
「へぇ、優しいのね」
「別に大したことはしてないよ。そもそもなんでここに?」
「
「なんだって?」
すっかり陽は落ち、12月の寒波が昼晴市を包んでいた。
知枝のコンビニバイトがそろそろ終わる頃である。本人はそのコンビニのバックヤードでスマホを確認していた。
ネイルをした親指を唇に当て、怪訝な顔で画面を睨む知枝。それを見てバイト休憩中の男が声をかけた。
「彼氏?」
「えぇ。まぁ、はい」
突然に会話に、知枝はおどおどと答えた。
「いいなぁ〜〜〜! 俺も知枝ちゃんみたいな彼女作ってイヴにデートしてぇなあ!」
「そ、そうですか……それより、私もう上がりなんですが、引き継ぎ大丈夫ですか?」
「あ、悪りぃ。おでんの補充だけ頼むわ。そろそろ表の奴が休憩入るから」
「はい……分かりました」
そのコンビニから200メートル離れた先のカフェに文一はいた。彼はバイト上がりの知枝をすぐに迎えて、デート場所である東京へ向かうつもりで待機していた。
店内はクリスマスに合わせた装飾がしてあり、定番のクリスマスソングに包まれていた。しかし、駅から離れた場所に位置していたせいか、クリスマス・イヴの夜でも店内の人の数はまばらである。
テーブル席でカフェモカを飲みながら──スマホの通知そっちのけで手紙を読む。その手紙はニューヨークから送られてきたであろうものだった。
「やはり行くんだな、ニューヨーク」
「ッ!?」
文一がその声に気づき、顔を上げると向かいの席にはやはりあの男がいた。
「なんでここが分かった? ……別にいいだろ、なぜ俺らに拘る?」
「それについては、お察しの通り」
「お前な……っ!」
文一がその男、ジャックを睨んだ。
「だがそれどころじゃなくなった。──単刀直入に言おう。お前らに危険が迫っている。その可能性が高い」
「は?」
「話すと長くなる。銃を持った奴が絡んでいる可能性が高い」
「は?」
「迎えを呼んだ。とりあえずここから出るぞ、今はお前らの安全確保が先だ」
「正気か? あんた、どんだけ俺たちのクリスマスデートを邪魔したいんだ?」
無論、そんなぶっ飛んだ話を文一が信じるわけがなかった。
ジャックは渋い顔で説得をする。
「なぁ、気持ちは分かる。ここは──」
「信じられると思うか……!? 確かにクリスマス事件で流れたデマは気の毒だったし、恋人いない奴や童貞への差別とか変な格差とかも正直どうかと思う」
文一もジャックの友人|(もはや知り合いに近いが)として、ゴシップやそこから派生した噂が、かなり脚色されたものだと理解していた。ただ──
「ただ……なんでそうまでしてカップルを手に掛ける? 馬鹿にされてきた復讐か?」
「カップルに限った話じゃないさ。色々な奴を相手してきた。……警察署の副署長、ゴシップ誌の記者、暴露系配信者、オタサーの姫、カルト教団、美人局、閉店寸前のパン屋……──俺はただ事実を探り、暴いているだけだ」
「それで自分らは正義の味方だと?」
その問いに、ジャックは短く首を横に振る。
「正義でも大義のためでもねぇ、言わば自己満足──ただのエゴイストだ。少なくとも俺は」
「じゃあ、なんでそいつらの中に俺らの名前が……」
「お前の彼女、知枝にストーカーがいた。そいつが危険なことに関わっていた」
「あの野郎が!?」
文一が驚いたが、それはジャックも同様だった。
「まさか、知っていたのか?」
「ああ。以前知枝と相談して警察に行ったんだが……マトモに動いてくれなさそうだったから、実力行使で奴を1発殴ったよ」
「ハッ……マジか、案外やるなお前」
「その後は音沙汰無くなったけど……そうか、またか……あのクソ野郎」
文一は怒りを込めてつぶやいた。
「そのストーカー、坂東丈には恐らく仲間がいた」
「坂東? そんな名前じゃなかったような」
「……? なら、以前のストーカーとは別の奴かもしれねぇ。お前が殴ったほうの名前は?」
「確か……──そうだ、『小林』だよ」
「何だと!?」
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