第3話 逃げのストーカー

 【小林の依頼から2日後】


 12月22日、東京・渋谷。デート日和の快晴である。

 ジャック達の在籍する昼晴大学は、埼玉県昼晴市にある。が、東京23区へのアクセスもさほど困るものでもなかった。

 渋谷の街角には、青年の頼みを引き受けることになったジャックの姿があった。

 そこに時夫がやって来て、


「買ってきたよ、何に使うの?」


 と100円均一ショップの袋を見せた。


 ジャックはそれを一瞥すると、


「後で説明する。使うかは分からねぇ」


「……この依頼、君にしては随分即決みたいだったけど」


「気にするな。『金はいらねぇし、お前が求めた答えにも興味はねぇ。自由にやらせてもらう』。そう、言っておいた」


「こういう依頼ってよく来るの?」


「時々だな。去年、俺の存在が広まった『血のクリスマス事件』……あれ以降、一部からは『別れさせ屋の探偵』か何かと思われてる」


「でも今回のって──」


「ストーカーか……かなり特殊だな。まぁゴネたら一発殴っておけばいいだろ」


「それで千咲ちゃんは?」


「先に動いてもらってる」


「汐音は?」


「汐音ならこの時間は講義だ。それに大勢で動くようなことじゃない」


「僕も今日講義だったんだけど」


「気にするな。単位ならどうとでもなる」


 大学生の平日。忙しい者もいれば暇を持て余している者もいる。数ある講義や実習から個々が選択し、時間割りとして一週間の予定を組み立てていく。比較的講義や課題も緩いため、文系Fランと揶揄される昼晴大学では暇人の増加はよくある光景だった。


「ねぇ、そろそろ僕達のチームも何か──」


「時夫、俺達はチームじゃねぇ。それぞれがそれぞれの意思で動いている。──くだらんルールも掟もない」


「そう……なのかな」


 ポツリと時夫は問いかける様につぶやく。

 その声が聞こえてなかったのか、あるいは答えられなかったのか──全く別の言葉が飛んできた。


「ターゲットだ」


 そう、ジャックは時夫に知らせる。

 彼の目の先には、仲睦まじく歩く男女のカップル。──宇田文一と工藤知枝。これが“依頼”であり、ターゲットだった。


 文一と知枝は西洋風のオシャレなカフェで、渋谷デートを満喫していた。


「ちょっとお手洗い行くね」


「おう」


 知枝はトイレへと席を立った。

 しかしテーブルには不用心にも、スマホを置いたままだった。

 挙句にメッセージの通知が入り、画面が点灯する。

 文一は、そのスマホを何度かチラ見し、いても経ってもいられなくなったのか──手を伸ばし始めた。

 だが邪魔が入る。

 ──ガシャーン、と文一の後方でコップが割れる音がした。


「おわわわわ! あぁ、すみません!」


 その悲鳴に、文一は後ろへ振り返った。その声の主──コップを割った男は以前大学で見た青葉原という学生に酷似していたが、彼にとってはどうでもいい話である。


「ぃよう、文一」


 ビビって今度は前に振り返る。文一の目の前、堂垣若が本来彼女が座るはずであろう席に座っていた。


「ジャック……か」


「久しぶりだな。今の彼女か」


「悪いか」


「付き合って何年目だ」


「まぁ……1年半くらいかな……」


 だが、文一の顔は暗いものだった。


「まだ続くといいんだが」


「懸念でもあるのか?」


「俺さ、ニューヨークへ留学しようと思っててさ……でも流石にあいつは連れて行けない」


「いつから?」


「年明けの……1月9日には日本を発つ」


「遠距離ね……なんならデートなんてしてねぇでキッチリ別れたほうが」


「そんなこと言うなよ──……まさか、お前アレで俺のとこ来たのか?」


「アレ?」


「なら俺らには関わるな。……有名だぞ? お前、まさか俺達を──」


「かもな」


 “別れさせる”という目的をターゲットに悟られつつも、ジャックは半笑いでそう答える。


「お前……!」


 ふざけるな、と声を出そうしたが、すでに知枝がトイレから戻ってきていた。


「文一、誰この人?」


 その問いにジャックは挨拶代わりにニヤリと笑う。

 だが彼がこの場にいるのを文一が許すはずもなかった。

 文一はジャックを睨みつけて言った。


「早く行け」


「──邪魔したな」


 大人しく立ち上がり、店を後にする。

 なぜかそれに続いて、先ほどコップを割った青葉原時夫も出ていった。

 そして、ようやく目の前の席に文一の恋人が座る。


「知り合い?」


「……まぁな」


 文一は腑に落ちない様子で答えた。



 ジャックと時夫がカフェの表に出ると、どこからか冬の風が吹き、日差しが二人を照りつけた。


「何を話してたかは知らないけど……手応えは?」


「何とも言えねぇな」


 一瞬だけ、少し遠くの頭上で光がチカッと、放った。


「今の見えたか?」


 何がさ、と訊いた時夫に、ジャックはその答えを告げることなく指示を出す。


「時夫、ここで待ってろ」


「う、うん……」


 ジャックは時夫の生返事を聞くと、すぐさまその通りを離れた。



 文一達のいたカフェがある通りの奥に、4階建ての商業施設に併設された駐車場があった。

 そして、その駐車場の屋上から通りを双眼鏡(スコープ)で見下ろす男がいた。

 ラフな格好でイヤホンをしたその男が、双眼鏡にカフェのある通りや時夫の姿を映していると、後方から声がした。


「双眼鏡やカメラを使うときは、レンズの反射光に気を使ったほうがいい」


 ジャックのその言葉に、男が振り向いた。

 彼の顔を見てジャックは、


「今ここでお前を制圧したほうがいいと思ったんでな。──これ以上あいつの彼女を付け回すようなら、容赦はしねぇ」


 男はスコープを持ったままあたふたと動揺する。ジャックは間髪いれず、


「聞こえたか? 人の話を聞くときはイヤホンを外せ」


 ジャックは警告を続ける。──が、

 男はジャックと目を合わせたまま、ボソリと何かをつぶやく。そしてジャックに向かって殴りかかってきた。

 ジャックが男のパンチを避け、その勢いを生かしたまま、背負い投げの要領で床に投げ飛ばす。

 男が地面を転がるが、すぐに姿勢を直した。

 ──その手応えのなさににジャックは舌打ちをする。

 ストーカー如きで手こずるとは。もしかしたら、制圧に時間がかかるかもしれない。──と。

 だが、立ち上がった男とファイテングポーズで数秒にらみ合ったあと、

 ──あろうことか男は逃げ出した。


「あー、マジかクソ」

 

 ジャックはそう、ボヤきながら走って逃げる男を追う。

 男は角を曲がった先の、車両用の螺旋式スロープを走りながら下って行った。

 ジャックが角を曲がると、スロープを上ってきた車とぶつかりかけ、男との距離が更に開いた。

 車の運転手がゴラァ、とジャックに吠えるが、そんなものを気にしている時ではない。


 彼が一つ下の4階駐車場に着くと、大量に並ぶ車の陰に身を隠す。

 遅れてジャックもその階の駐車場に来ると、


「さーてどこに行った……?」


 ジャックも自分の音を消して、相手の波紋を探る。

 そして辺りを警戒しながら、しらみ潰しに車と車の間を見ていく。

 デパート館内へ逃げるか、またスロープへ踵を返して下の階に降りるか、あるいは自分の車があるのか──

 車内でエンジンをかけつつ人が寝ている車もある中、微かな音に聞き耳を立てつつ見て回る。


 ──が、気づいた時には遠くでバンが急発進をし、そのタイヤが摩擦音を立てていた。

 あれか、とジャックはその車を目視し、走り出す。

 しかし間に合わず、バンは猛スピードでスロープを下っていった。

 ジャックは、すぐにスロープの塀から外側にぶら下がり、手を離して落下する。

 4階からそのまま3階、2階へと塀をキャッチしながら下っていった。

 そして2階の塀を掴んでよじ登ると、ちょうどスロープを降りているバンに追いつき、正面からそのバンに飛びついた。


「よう、クソッタレ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る