第2話 百聞は一見に如かず
録音テープ【『学部長の説教』12/20 11:08:26】
学部長 「先ほど、美川教授に泣きつかれてね……教室の防犯カメラを確認した。PCの件での君は恐らくシロ。──あの暴言に関しても、教授に非は無いと言うつもりはない。……だが君も君だ」
ジャック「と言うと?」
学部長 「──もう少し抑えられんのか?」
ジャック「発端はあの教授です」
学部長「(溜息を吐き)血のクリスマスの件もある。この大学のためにも騒ぎは起こさんでほしいという話だよ。堂垣君。大学は名誉ではなく良心を選んで、君を在籍させているんだ。そうだな?」
ジャック「おっしゃる通りです」
学部長 「ならば、あんなのと同じに土俵に立ってはならん。──よく殴らなかった」
ジャック「馬鹿にされてたのが家族や友人でなく、自身だったもので」
学部長 「家族や友人だったら殴っていたと?」
ジャック「──それでも、暴力反対派のオカズにはなりたくはありません」
学部長 「そういう言葉はよさんか」
ジャック「失礼しました」
学部長 「……そうか、そうだな……あの男の処分も検討しておかなくては。言葉の暴力も、この大学の精神に沿ったものではない。(タバコに火をつけ、煙を吐く)──そんなにカップルが嫌いかね」
ジャック「好きではありませんね」
学部長 「念のため言っとくが、カップル祭に手を出すな。あれは他の大学も絡んでいる」
ジャック「失礼ですが、カップル祭とは?」
学部長 「知らんのならいい。出来るだけ静かな大学生活を頼む。──何か言うことは?」
ジャック「御心遣いに感謝します。学部長」
ジャック達には根城があった。──だがそれは元々コンピューター部の部室である。
かつて大学に存在したコンピューター部が廃部となった後、なぜか大学敷地内の外れで使われず、放置されていた部室をジャック達が勝手に占拠して今に至る。
某教授と揉めた日──、その昼休み。用事を済ませたジャックがその“部室”にやってきた。
「よう」
彼は緑のアーミージャケットに黒のニットキャップという、いつもの格好で姿を現す。
いつも通りの風景。散らかった漫画本、壁には大きなデジタル時計、30インチくらいのテレビ、アニメキャラのポスター、豪快に稼働するエアコンとストーブ──。もはやその部室は娯楽室と化していた。
会議室のように長方形の大きな机が中央にあり、時夫、千咲、汐音が椅子に着いて彼の帰りを待っていた。
「ちょっと若! 大丈夫だったの?」
すぐに彼の友人であり、協力者でもある
「教授の件なら、学部長直々の厳重注意で済んだ」
「はぁ!? 講義を妨害して侮辱までしたって聞いたわよ!?」
「ありゃ、教授側に非があったしな。講義で『前に出て罰ゲーム』なんてさせる方がおかしい。ましてや暴言・パワハラのオンパレード──……まぁ肝心の教授はPCが“勝手に”ご臨終していたことに嘆いていたそうだが」
「アンタ……本当やるわね……」
「それと……朝は助かった」
ジャックは千咲に礼を言う。
「別に」
「よく“覗けた”な。教授のPC。お前のハッキングツール、有線じゃないとできないと思っていたんだが」
「……
Pluetoothとは機械同士を繋ぐ無線通信システムであり、その名称はブルーではなく“プルー”である。決して誤字ではない。
千咲のノートPCにあるハッキングツールはそのPluetoothの脆弱性を突き、機械端末をハッキングすることが可能だった。
「何、おかげでドMだと分かったし、助かったことには変わりない……」
そのやりとりに時夫は疑問を持ち、ジャックに訊ねる。
「え? ジャックがあの──“性癖”を暴いたんじゃ?」
「教授の風俗通いは俺が特定していたが、廊下で揉める直前に──」
ジャックはスマホを出して、時夫と汐音に画像を見せる。
彼のスマホに映し出されていた画像は、教授の束縛プレイを証明する何よりの証拠だった。
「これは……」
「流石に流されたくないわね……」
「答えを知っていりゃ、それを前提に証拠を探るだけって話だ」
「そう、だったんだね……」
そう言いながらもとっさに時夫は、スマホのロック画面からコントロールパネルを呼び出し、Pluetoothをオフにした。
だがノートPCからの感知機能でそれに気づいた千咲は、
「別に……あんたのなんて興味ないし」
そう、素っ気なく言った。
「ハハ……そうだよね」
時夫が苦い返事をすると、今度は汐音が、
「ねぇ、千咲ちゃん? アタシのは? 千咲ちゃんならスマホ見られても──」
「……興味ない」
「あーん! またフラれた〜!!」
そんなくだらないやりとりをして、いつものように汐音が後ろから座っている千咲に抱きつき始める。
その反動で栗色のロングヘアーが千咲の顔にかかり、本人の不機嫌な顔が浮かび上がる。
やめて、重い、とキーボードを叩きながら抵抗する千咲を尻目に、ジャックは部室の冷蔵庫|(勝手に設置したもの)からエナジードリンクの缶を取り出した。そして、
「さて──依頼が来た」
2秒ほど沈黙が走る。汐音に抱きつかれながら千咲が訊いた。
「依頼?」
「ああ、依頼だ」
そう言ってジャックはエナジードリンクの缶を開けた。
【1時間前】
昼晴大学の某棟にはカフェのような屋外テラスがあった。だが今は時期が真冬なだけあり、不人気スポット化していた。
屋外の寒空の中、ジャックと青年はテーブルのある席に座っていた。
「ここなら聞かれる心配もないだろ? “後輩”?」
「小林です……すみません、わざわざ時間を」
「んで? 小林君、用件は?」
「用件……。用件は……あのカップルのストーカーをなんとかしてほしいんです」
その用件──依頼にジャックは怪訝な顔で聞き返した。
「ストーカー?」
「ええ、結構前から付きまとっているらしくて」
「なぜ知っている?」
「これを」
小林はそう言うとスマホでストーカーの元と思しきSNSアカウントを見せる。
アカウントの投稿には『知枝ちゃん可愛すぎる』、『今日も知枝ちゃん元気そうで何より』などの文が載っていた。そのアカウントが投稿した画像もその知枝という女性を盗撮したものばかりだった。
「ひどいな……警察は?」
「二人共気づいていないようで……それにストーカー相手に警察は……」
──民事不介入。実害が出てからでないとまともに動かないのが警察である。
そしてその事実にジャックはため息を吐く。
「そうだな。俺も警察は信用してねぇ。だが、俺に恋人達の手助けを頼むとはな……」
「──金は出します! あの人には笑顔でいてほしいんです」
小林が頭を下げてジャックに懇願する。
「だから
「お前、俺を“カップルを別れさせる男”だと知って来たんじゃ?」
「ええ、はい……。ですが、あなたほどの腕と力量を持った人は他にいません。……どうか」
「──それで二人の名前は?」
「
その二人の名前を聞いてジャックは目を細めてつぶやいた。
「『宇田文一』……」
「知っているんですか? それなら──」
「いや待て」
ジャックが小林の言葉を遮る。
「どうしてそこまでその工藤知枝にこだわる?」
「べ、別に僕は……」
「ストーカー退治だけが理由か?」
ジャックからしたらどうも嘘臭かった。笑顔でいてほしいという願いを軸に、悪名高い自身を“なぜ信用しているのか”という疑問があった。
小林は気まずそうにふさぎこみ、爪を噛み出す。
「本当のことを言え」
「風の噂で聞いたんです。宇田文一はあの人のこと、束縛しているって」
「何?」
「好き嫌いは良くないと無理に嫌いなもの食わせたり、自分の主張を押し付けたりとか……」
「……デートDV、いやモラハラと言うべきか……? 以前もそれをネタにカップルを別れさせたことがある。つっても大体は浮気とかだったが……」
「ならこのケースも……!」
「──それは本当の話か?」
その問いに、小林は困惑の色を見せながら答えた。
「僕は……僕はそう聞きました。でも疑うものでしょう?」
二度目のため息がジャックから出る。
「見てから言え。いいか? 実際に観たり読んだりもしないで映画や小説を
「……すみません」
「『百聞は一見に如かず』だ。覚えておけ」
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