アウトローズ:12月24日にカップルを別れさせるヤツら

祈更ドップ

第1話 NO LOVER!


 クリスマスと言えば何を連想するか? サンタ、プレゼント、ツリー、ケーキ、キャンディ、キリスト、──カップル。

 今では『クリスマス=カップルの日』となったご時世だ。90年代に日本で起きた『恋愛運動』が現代までそれを助長し、僕ら“非恋愛者”への差別と格差が生まれた発端だとジャックは言っていた。そして今年も恋人なし童貞の僕は、その対象のままだった。

 『血のクリスマス事件』からもう一年が経った。あの日は奇跡もクソもなかったけど、僕が大学に入って二度目のクリスマス・イヴを迎えた昨日も彼曰く「クソッタレ」な日だったし、僕もそう思った。正直今回のカップル破局は全てがいつも以上にトチ狂っていたし、今後もそんな日が来ないことを願っている。

青葉原時夫あおばはらときお、12月25日の日記より)




【12 月20日】


 大学2年生の青葉原時夫は、だらしのない荒れた自室にて猫の額ほどのスペースで就寝していた。

 そんな安眠タイムの中、スマホから──『The Entertainerジ・エンターテイナー』の曲が、荒れた部屋を闊歩するかの如く鳴り響く。

 一度消したアラームがスヌーズしたのか、また鳴った。再度その画面を確認すると『千咲』という名前が表示されていた。これはアラームではなく電話だ。


「──もしもしぃ」


「……寝起き?」


 その声からは時夫の|友人(多分)である大貫千咲おおぬきちさきの呆れた表情が彼の脳裏に浮かび上がる。


「ごめん……1限って確か……」


「一般教養」


「サボってナンボじゃん、また変な人呼んでるんでしょ」


 一般教養。大学に行ったらサボるべき講義だった。

 昼晴大学・社会学部の一般教養は、毎度のこと学内から“変な”講師がやって来てなんやかんや話し──そしてくだらないことを学生にやらせる。 

 時夫はその講義に何の価値も見出していなかった。


「講義中に電話してまで何の用なのさ」


「……先週くらいに変な罰ゲームやらされたよね。あんた」


「そういや、そうだったね。じゃあ尚更行かないよ」


 千咲は通話を繋げたまま、電話をカタリと机に置く。

 60人程の学生が入る昼晴大学の教室で、その『講師』と呼ばれた男──恐らくこの大学の教授が発する言葉を聞いていた。

 くたびれたネクタイにスーツを着たその教授が学生へ向けて言った。


「今から皆さんにゲームをしてもらいます。3回ミスした学生は前に出て罰ゲームで〜す」


 その言葉に、多少の私語が聞こえていた教室は更にざわめきを見せた。


「ほら静かに! 簡単なコミュニケーションのゲームです。コミュ障とかじゃなきゃ全然余裕! まずルールは10人程のグループを作ってですねぇ──」


教授がそう言っている中、ある青年が席から立つ。


 ──冗談じゃない、そんな顔で青年は歩き出す。教室、後方の席にいた彼はすぐに出られると思っていた。


「おい! 君!」


 そう呼び止められるまでは、である。


「何してる? 席に戻れ」


「……すみません」


 うついたままの青年はゆっくりと顔をあげ、振り返る。

 講師が呼び止めたのは、青年より一足早く席を立ち、あろうことか教室の前方真ん中の通路で呼び止められた、別の学生である。

 青年が状況を飲み込めたときには──すでに講師は“その学生”と揉めていた。


「聞こえたか? 君、今すぐ席に戻りなさい」


「……」


 その言葉に立ち止まっていた学生は、なんだお前、と言わんばかりの顔を向け、教室を出ていこうとした。

 無論、そんなことが許されるはずもなく──。教授は半笑いで彼を呼び止める。


「おいおい……君、名前は?」


 そう、呼び止められると、彼は振り向かず、歩きながら答えた。


堂垣どうがき……堂垣若どうがきじゃく

 

 教授はあぁ〜、と納得したように頷く。


「君が堂垣か……かの『血のクリスマス事件』はよく知ってるぞ。“恋人なしノラバ”で……童貞の犯罪者。──おい、ここから逃げる気か?」


 ノラバという、野良とノーラバーをかけた造語を使い、 その堂垣と名乗った学生を挑発する。

 彼は振り向くこと無く、そのニヤニヤした講師を無視する。そして教室後方の扉の前まで行くと、


「逃げるようにみえたか? ……風俗通いのサディストめ!」


 そう、吐き捨てる。そのまま扉を開け、教室を後にした。


「おい、なんだと!」


 足を悪くしていたのか、教授は出て行ったその学生を妙な歩き方をして追う。

 後方の席で立ち上がった青年も唖然としたままであり、追っていく教授を目で追っていた。

 未曾有の事態に教室がざわめく。流石にこれは寝ていた学生も起きるほどだった。


「あいつ、マジかよ」「え? 堂垣若?」「“どうがきじゃく”って?」

「知らないのかお前?」「血のクリスマス事件のやつ」「そうそう、『ジャック・ザ・リッパー』……」


 ──ざわめきに混じって彼の名前やか事件の名前がささやかれた。


 先ほどの会話を千咲はスマホのスピーカーをオンにして、時夫に聞かせていた。


「聞こえてた?」


「まさかジャック? ジャックがまた何かしてるの?」


「……うん」


 時夫の声に千咲はつまらなそうに答えて、ノートPCを弄り始める。


 ジャックが廊下をスタスタと歩きながら、持っているその携帯──液晶サイズ4インチ、小ぶりのスマホの画面を確認する。

 フッと笑い、立ち止まってスマホを弄っていると、すぐに後ろから教授が追いついた。

 教授は振り向いた彼の胸ぐらを掴んだ。


 「……ガキが! 何をしたか分かってるのか? 今すぐあいつらの前で撤回して謝罪しろ」


 教授は堂垣若という学生を睨みつけている。

 その学生、ジャック──と呼ばれていた彼は、教授のその右腕を一瞥して口を開く。


「だろうな。サディストは撤回する。SM好きの変態、それも束縛される側だな──つまりMだ」


 教授はとっさに手を離した。 


「な、何?」


「その歩き方だ。さっき足を若干ひきづっていたのは左足を釣り上げたプレイで左の腰を痛めたからだろ?」


「は? え?」


「それと今俺を掴んだ右腕だ。手首に痣が見えた。紐か何かで縛った跡だろう? 違うか?」


「え、いや、あっ……」


 突然のことで唖然としていた。自分の隠していた趣味を一瞬で見抜かれたのだ。当然である。

 ジャックは軽蔑の目で教授に言った。


「プレイはオトナなのに、講義は小学生のお遊戯か? ……罰ゲーム? なんだ、そりゃ?」


「何言ってんだ、お前……っ! ホラ吹いてんじゃねぇ!」


 それを聞いたジャックは鼻で笑って、写真数枚を目の前に落とす。


「綺麗に写ってるだろ?」


 教授は落ちた写真の一枚を確認する。すると動揺しながら他の写真をすぐに拾い集めた。

 写っていたのは夜の風俗街を仲間と歩く教授の姿。先ほどの「風俗通い」の確固たる証拠だった。


「この一週間、お前の動向を探っておいた。週5でSMプレイ風俗店から出てくる姿、全部生き生きとしていたなぁ。まさか“受け”とは」


「お前……これ……これは……!」


「どうした? 別にM(マゾ)は犯罪じゃねぇし、恥でもねぇだろ? ……お前みたいに人を晒し者にする趣味は正直どうかと思うがな」


 話を終わらせるとジャックはそのまま踵を返すそぶりもなく、立ち去る。

 その彼の背中に教授は、


「………なんだよこれは……! おい! ふざけるな! 全部デタラメだ! お前は退学だ!」


 その遠吠えも、ただ廊下にいた別の学生の気を引いただけだった。




 ざわめきが止まない教室では、千咲が電話で時夫と通話していた。


「まさかジャック、僕のために?」


「さぁ……? ただ楽しんでるだけじゃない?」


 千咲が答えると、時夫はガサゴソと音を出しながら答える。


「ああ、うん。とりあえず今から家を出るよ」


 いつしか学生達からは、


「やべぇなあの人」、「ノラバ発言は流石に引くわ」、


「罰ゲームとか怠いし出ようぜ」、「出席とったし行くか」


 ──そんな会話が聞こえはじめ、席を立つ者も増えてきた。


「あたしも長居の必要はなさそう」


 そう言うと千咲はノートPCのキーボードをちょんと叩く。

 すると教卓にあった教授のPCから煙が出始め──、「やべぇ、やべぇ」とまた別の騒ぎが起きる。

 自分のノートPCを鞄に入れた千咲はそのまま教室を出た。




 一方その頃、教室から出たジャックが階段を降りていると、その後を追っていた人物に呼び止められた。


 「──あなたが『堂垣若』ですか……?」


 彼が振り向くと青年の姿があった。

 さきほど後方で教室を出ようとした“彼”である。


 「ああ」


 「あなたにお願いが……頼みがあるんです」



──『アウトローズ:12月24日にカップルを別れさせるヤツら』

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