第4話 天使ベルゼブブ

「ん?赤髪、お前の武器、木剣か。ほらよっと。この剣使え。」

ロイドはそう言いながら、鉄製の真剣をヨシヒロに投げる。


ロイドはこん棒の様な鉄製の太い棒が武器(以下、棍棒)だ。木剣ではすぐに折れてしまうだろう。素直にヨシヒロは受け取った。

「敵に塩を送って後悔するなよ??」


「はっ、お前はできるだけ長く殺されないようにして、俺を楽しませることだけ考えろ。」

ロイドは大きく棍棒を右手で振りかぶり、ヨシヒロに叩きつける。


ヨシヒロはロイドから貰った鉄の剣で受ける。

「やっぱり、下の奴らとはレベルが違うな!」


ヨシヒロは、ベルゼブブによって190cmの長身になっていたが、ロイドはそれ以上の2m級の巨体。膂力も、今一撃を受けてみてロイドの方が上と判断。そもそも、こん棒と普通の鉄剣では、力勝負の分が悪い。

ヨシヒロは、力勝負ではなく、スピードでの勝負に切り替える。


鉄剣で受けていた棍棒を受け流し、ロイドの懐へと入る。右手で持っていた棍棒はそのまま床にたたきつけられ、ロイドは少し右側に体勢を崩した。そのまま、ヨシヒロはロイドの空いている左脇腹を斬りつけた。しかし、ロイドは体勢を崩した勢いを利用し左足を引き、ギリギリでかすり傷程度で済んでいた。


「俺に、傷をつけるなんてな。赤髪!お前の名前は??」


「ヨシヒロだ。お前こそ、よく避けたな。さっきの一撃で、腹をぶった斬るつもりだったんだが。」


「ヨシヒロか。お前、強いな。普通のヤツなら最初の一撃で脳天かち割れてるよ。久しぶりに好敵手たのしいヤツに会えて嬉しいぜ!!」


生まれてから戦い続けて今の地位を手に入れているロイドは言うまでもなく、ヨシヒロも前世での戦漬けの日々、そして晩年の老化、徳川家による平穏の中で数十年本気で戦えていなかった事から、本能的に戦いに飢えていた。

ヨシヒロ、ロイド共に笑みを浮かべ、戦いを再開する。



ロイドは棍棒を横一線に薙ぐ。ヨシヒロは姿勢を落とし、避ける。そのまま、懐と詰めようとするが、先程と同様の動きである為、ロイドはギリギリ対応しようとする。それを察知したヨシヒロはスライディングの要領で肩幅に開いたロイドの足下を潜り抜ける。素早く立ち上がり、左腕から胴体にかけて斬り落としにかかる。ロイドの左腕を1/3程斬った所で、振り返りの遠心力を利用したロイドの棍棒がヨシヒロに直撃し、吹き飛ばされる。

 ロイドは、左脇腹と左腕から出血。ヨシヒロは口から血の塊を吐く。一進一退の攻防が続く。


 この均衡が崩したのは、ヨシヒロの奇・想・天・外・の動きだった。


ロイドが棍棒を縦方向に力強く、ヨシヒロをすり潰さんと振り下ろす。ヨシヒロは素早く右に避ける。先程までならロイドの方向に詰めていたが、今回は振り下ろし途中のロイドの棍棒に向け、ヨシヒロも上から渾身の一撃を振り下ろす。ロイドの力の籠った一撃にヨシヒロの渾身の一撃を加えたその棍棒に、二階の床は耐えきれずに大きくヒビが走る。慌てふためくロイドに対し、ヨシヒロは狙い通りとばかりに笑みを浮かべ、大きく跳躍する。


そのまま落下するロイド、跳躍して落下の時間を少し遅らせたヨシヒロも落下するが、

そ・の・時・間・差・が・勝・負・を・分・け・る・。・


仰向けに一階の床に落ちたロイドはすぐさま立ち上がろうとするが、その上からヨシヒロが降り、身体を押さえつけた為、起きあがろうとしていた体は仰向けの状態で固定される。

ヨシヒロは首に向け、鉄剣を振り下ろした。

かに見えたが、首もとに鉄剣を突き刺す。


「おいの勝ちだな。ロイド。」


「あぁ、お前の勝ちだ。さぁ、早く殺せ。」


「殺さないよ。別に、このスラムを支配したい訳じゃない。おい達孤児の支援と自由行動の容認を認めて欲しくてな。それさえ、認めてくれればお前は支配者のままでいい。」


「はっ。残念だったな。それは無理だ。」


ヨシヒロは要求を拒否され、ロイドを睨め付ける。


「ここではな。支配者との一対一はその地位を手に入れる為に行われるんだ。俺はヨシヒロに負けた。だから、このまま支配者ボスのままではいられねぇ。このスラムのルールは力=権力だ。一度負けた俺の権威は失墜する。今まで通り纏め上げることはできない。逆に、俺程の猛者に勝ったヨシヒロの評価は鰻登りだ。だから、お前が今日からこのスラムの北側のボスだ。」


「え、いや。今はまだ権力とか要らないんだけど…」


「新米の支配は大変だぞ〜?毎日いろんなヤツがお前の首を狙って勝負を仕掛けてくる。孤児の支援も自由の容認もお前がボスになって勝手にやりゃいい。」


高笑いするロイドに対し、ヨシヒロは困惑していた。自由を手にする為に戦ったが、その結果支配者という立場を手に入れてしまった。この地位を放棄することだってできるが、支配者なしでスラムが纏まるはずがないと安易に予測できる。スラムが不安定になれば、自分達孤児もその煽りを受ける。渋々と、ロイドから北側のスラムの支配者ボスを継承した。


___________________________________



その頃、天界ではヨシヒロをこの世界〝アララト〟に連れてきた天使ベルゼブブがその様子を見ていた。


「ヨシヒロさん、強―い!今はそこまで強くない筈だけど、長年の戦闘感覚で格上にも勝っちゃった。もしかして、ボク当たり引いちゃった???」


ルンルンで歩いていると、目の前からもう1人の天使が歩いてきた。


「あれ?クザっちじゃん!どう?順調。」


天使ベルゼブブに「クザっち」と呼ばれた天使、クザファンはため息をつきながら返答する。


「俺が連れてきた人は全然ダメだ。すごい大変だよ。これは俺が堕ちる日も早いかもな…。ベルゼブブ。お前が連れてきた人はどうだ??」


「順調満帆だよ〜。今日、支配領域も手に入れたっぽいし、部下もできた。」


「順調だねぇ。お互い頑張ろうぜ。俺はもうすぐ堕ちそうだし、次に会うのは相当先かもなぁ。」

そう言いながら、手を振り、天使クザファンは去っていく。



その姿を見送りながら、天使ベルゼブブは呟く。

「安心しなよ。クザっち。多分僕もすぐにから。」

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