第3話 最も小さな鼓舞

夜が暮れ、月が光り輝く…。

スラムの夜において月光、遠くに見える市街地の他に、ただ一つ眩しく光る場所。

それがスラムの北の支配者ロイドの本拠だ。


ロイドの本拠は、周辺唯一の2階建てであり、1階は部下たちが通う酒場で、2階がロイドの住居らしい。この酒場では毎夜どんちゃん騒ぎの宴会が開かれている。

それはもちろん今夜も…。


普段と唯一違う所といえば、戦意に満ちた4人の青年がその光に向けて歩いていること…。


ヨシヒロ、パウ、ルベン、リケは木剣を握りしめ、ロイドの酒場の前の両開きの扉の前に立つ。


「準備はいい?パウ?ルベン?リケ?」

しかし、3人は緊張や不安など準備万端とは言い難く見えた。


そんな彼らを見て、ヨシヒロは淡々と話を始めた。

この話は、前世の島津義弘が戦の際に味方の士気を高めていた鼓舞だ。しかし、今回はいつもとは雰囲気が異なっていた。


「この2週間皆とスラムで生活をして、自由で何も縛られることもなくて、素晴らしいなって思ってたんだよね。でも、この生活は貧しい。貧しいという枷で本当の意味で自由にはできない。初めて君たちに会ったとき、何よりも先に生きることしか考えてないように見えた。お腹減ったよって、明日はまだかって。でも、おいが来て食糧を手に入れてからはお腹いっぱいになって、皆幸せだって、ありがとうって喜んだよね。まるで特別かの様に。このスチュートの街の領主や市街地の人達、そしてこの家の中でどんちゃん騒ぎしている人たちはそうじゃない。毎日好きなものを食べ、好きな場所に行き、あっという間に明日が来ることが普通な世界だってある。そんな違う世界がおい達の目の前まで来ているかもしれない。ロイド達を倒して、環境を変えれば貧しい暮らしは少し変わる。誰かが世界を変えてくれるのを待っているだけじゃダメだ。自ら動いて、良い世界を手に入れよう。」


それは、生前の島津義弘が声を荒げ部下の士気を高めていた鼓舞とは異なり最も小さな鼓舞だった。


パウ、ルベン、リケの3人は鼓舞によって覚悟を決めたようで、闘志が漲っているように見える。もう一度、意思確認をするまでもないな。


ヨシヒロはロイドの酒場の両開きのドアを開く。酒場では筋肉隆々の男たちが20人ほどで宴会を開いていた。ヨシヒロ達が入室したが、宴会中ゆえ特に気にした様子はない。


「この中に、ロイドはいるか?」

ヨシヒロはパウに尋ねる。


「いや、見当たらない。多分、2階の自室にいるんじゃないか?」


「そうか、酔っ払いぐらいちゃちゃっと全員倒して上に行くぞ!」




ヨシヒロは木剣を構えると、1番近くにいた男の首へ向け大きく振りかぶる。

「むにゃ、お?なんだ、おま…ヴェェェ………」

木剣はその男の首にクリティカルヒット。そのまま数メートル吹っ飛び気を失った。


「「「な、誰だ!!!曲者だ!!!」」」


ヨシヒロ、パウ、ルベン、リケの4人対ルベン一家の戦いの火蓋が切って落とされた。


「俺が15人倒す!お前らは頑張って5人倒せ!」

「「「了解!!!!」」」



今の状況を整理しよう。

1階にいるロイドの部下は22人。先制でヨシヒロが気絶させた1人と、その様子を見てすぐに2階に報告しに行った1人を抜き残り20人がヨシヒロ達4人を囲んでいた。


ヨシヒロは、この2週間で天使ベルゼブブから与えられた肉体が人並み以上の身体能力であることを理解していた。また、前世で島津義弘として80年以上戦場で培った戦闘センスを合わせれば、15人程なら容易く勝てると確信した。


ロイド、パウ、リケの3人も、2週間共に暮らし、5人程なら問題ないという評価を下していた。勿論、1人で全員倒す事を可能だが、自分自身で自由を勝ち取る事が彼らのこれからの自信に繋がるはずだ。


懸念点があるとすれば、1人2階のロイドに報告しに行った者がいる事だ。乱戦状態で最も強き者であるスラムのボス、ロイドに参戦されれば、ヨシヒロ自身には問題がないとしても、他の3人を守り切れるとは限らない。


ヨシヒロは、目の前のロイドの手下を素早く無力化することを決断する。


ロイドの手下の中でも立場が上であろう1人が言う。

「てめぇら、襲撃だ!酔い覚ませ。ガキ4人だが、さっきあいつをぶっ飛ばした赤髪のガキは危険だ。先に倒す。正々堂々なんて関係ぇねぇ。全員でやれ!!」


「「「おぅ!!/了解でっせ!!」」」

そんなバラバラな返答と共に一斉にヨシヒロに襲いかかる。


が、しかし………………


「ヴ…」「ブッ殺っジュ…」「ヒュ、ヒュー」「お、おい、ヴェ…」「ブボッ……」

そんな断末魔と共に最初に襲いかかった5人の手下が倒れる。

右手に持っていた木剣による首への一撃、喉への突き、剣の柄でみぞおちに一発、空いている左手の拳、最後に回し蹴りで腹に一発。

刹那の内に、5人が無力化され酒場は静まり返る。


実際には、1人一撃ずつ順番に倒しているのだが、ヨシヒロが5人を無力化するための最適な動きを最速で行った為に、ロイドの部下たちは目の前の5人が一撃で倒されたかの様に感じたのだ。


先程まで、楽観的に見ていたロイドの部下たちも覚悟を決める。

「こいつはバケモンだ!ロイド様と同じぐらい強い!!それくらいの覚悟でかかれ!1人で戦おうとするな!複数人でだ!」

声を荒げ、命令の声が飛ぶ。また、ヨシヒロは意外と的確な指示だと感心し、ロイドの部下そしてそれを束ねるロイド本人の認識を改めた。



しかし、ヨシヒロと彼らでは

的確な指示下でも、認識以上の強さでも埋められない力量差がある。


!!!!!!!!・・・・・・・・………………。


怒号で騒がしかった室内も、1分も経たない内に静まり返っていた。

結果的に、ヨシヒロは1分で18人も無力化していた。

残りの2人も、ルベンが1人で、パウとリケが協力してもう1人を倒していた。


久しぶりの戦闘で少し気分が高揚していたのか、勢い余って計画より多くの人を蹴散らしてしまったが、まぁいいだろう…。


「最初に1人上に駆け上がってったから、てっきりロイドを呼びに行ったと思ったんだけど、降りてこないね…。」

パウは戦いの後にも意外と冷静に分析する。


「へっ!おれらに恐れをなして降りてこないんじゃねぇーかー?」

ルベンはいつも通り調子を乗っている。


「そんなことはないと思うけどな~。前に見たロイドさんはすっごい体格良かったし、ビビるタイプじゃないと思うなー。」

リケは呑気に言う。


「ロイドの部下を見て、ロイドの認識が変わった。スラムの支配者で奢ってるモンだと思っていたが、意外と手強いかもな。見たことはないけど、リケの言う通り上でビビってる訳じゃないな。」

ヨシヒロは認識と共に気合を入れなおす。


「それよりもヨシヒロ!本当に凄く強いね。さっき、ロイドの部下は「ロイド様と同じぐらい強い!」って言ってたけど、この後どうする?4人で一斉に飛びかかる?」

心配そうに今後のプランを問いかける。


「パウ、安心しなよ。ロイドがどれだけ強くても勝つのは、このヨシヒロさ。」

親指で自らの顔を指しながら言った。続けて、

「ロイドとは一対一で戦う。皆は上がってすぐの階段の近くで、1階から人が来ないか確認してくれ。こいつらは気絶させただけだ。いつ起き上がってくるかわからない。」


「「「了解した/だぜ!/よ!」」」




_______________________________________


静かに2階に上がる。そこは大きなスペースがあり、真ん中の椅子に、身長が2メートルはあろうかという恰幅かっぷくのいい大男が待っていた。おそらく奴がロイドだろう。


「早かったな。ガキ。今日はまだ酒飲んでなくてよかったぜ。俺に勝負挑んでくる奴なんて何年ぶりだよ…。楽しみたいからすぐ死ぬんじゃねぇぞ?」


「奇遇だな。おいも長年戦ってねぇんだ。下の奴らみたいにすぐ床に這いつくばらないでくれよ!」


「はっ、まだお前はガキだろ。赤髪。」

ロイドはそう言いながら、こん棒の様な鉄製の太い棒を手に取る。

対して、ヨシヒロは木剣を構える。


戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。

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