心の色
@saku446
第1話
小さな頃から、目を合わせると人の上に色が見えた。
幼いながらに、その色は人の今の感情を表しているとなんとなくわかっていた。
楽しんでいるときは黄、悲しんでいるときは青、怒っているときは赤、などのように、その時の感情が浮かんでいた。
小学に入る頃には色が断片的に文字になっていった。
中学に上がると完全に人の考えてることと感情がわかった。
高校生活をしている現在、俺は……
他人を信じられなくなっていた
「先輩?なに深刻そうに考えてるんですか?悩みなんてなさそうな顔してるのに」
「いや、さ……昔のことを思い出していてな」
このシンプルに失礼な後輩は子舞(こま) 愛華(あいか)と言って、去年3年生の先輩方が卒業して一人になった部活に入ってきた、生意気な後輩だ。
そして、俺は子舞が先輩と言っていることから分かる通り、この鳴神(なるかみ)高校の2年生の色凪(いろなぎ)彩賀(さいが)だ。
「子舞こそ、俺の顔ばっか見てないで文化部らしく本を読め本を」
「先輩の顔見てる方が楽しいんですけど……わかりました、よみまーす。だからそんな目で見ないでください」
ジト目で子舞を見ているとそんなことを言ってきた。
子舞のことは正直よくわからない。雰囲気は陽キャな感じだし、部活自体に興味はないらしい。
なんで、この部活を選んだんだ?って聞いてみたら「先輩と二人っきりになりたかったからです!」 と誤魔化されてしまった。
入ったあとはなにが面白いのか、からかって遊んでくるようになった。悔しいことに雰囲気と声色が可愛くて、ドキッとすることが多々あった。
そんな反応するともっとからかわれるのは目に見えてるから、おくびにも出さないようにしているが、事あるごとにドキドキさせられていると心臓に悪い。
「先輩は彼女とか欲しくないんですか?」
子舞が真剣な声色で聞いてきた。
「どうした?藪から棒に」
「いや、結構自分でも恥ずかしくなるようなからかい方してるのに、全然表情とか変わらないから。もう女子に興味ないのかなって思って……」
恥ずかしかったのかよ、と心の中でツッコミを入れながら子舞に言った
「恥ずかしいならするなよ……別に興味がないわけじゃないよ」
「じゃあ、なんで照れたり反応してくれないんですか!」
「いや、だって、反応したらそれをからかってくるだろ?」
「それもそうですね!」
否定しないのかよ……と呆れながら顔を上げると、子舞の顔が目の前にあった。
「ッ!!!」
「まだ、目を合わせられませんか?」
少し悲しげな雰囲気で子舞が言った。
出会って3ヶ月くらい経つが、俺はまだ一度も子舞と目を合わせていなかった。
「言ったろ?俺はもう二度と人と目を合わせたくないんだ」
少し突き放すような声で言ってしまった。
「何故だかそろそろ教えてくれませんか?」
「なんでそんなに俺の過去を聞きたがる?お前には別に関係ないだろう?」
「関係なくないです!私は先輩ともっと仲良くなりたいんです!」
子舞が珍しく声を荒らげた。
何故そんなにあったばかりの俺に関わろうとするのだろうか。最近、ずっと会うたびに追求されてそろそろ疲れてきた。
もういっそ、同情されても気味悪がられてもいいから言ってしまうか?
「そんなに聞きたいなら教えてやるよ」
「本当ですか!?」
パッと子舞の雰囲気が明るくなった。
俺の過去なんてなんで聞きたがるんだか……
「なんで驚いてんだよ、聞きたいって言ったのはお前だろうが」
「いや、教えてくれるわけないからダメ元で言ってたので、本当にいいんですか?出会って3ヶ月くらいしか経ってない後輩に本当に教えちゃって」
こいつ……
「じゃあ、言わなくていいか?」
「ごめんなさい、そんな事ないです、教えてください」
「はぁ……わかった……誰にも言うなよ?」
「もちろんです!」
嬉しそうに子舞が言った。……こんなこと言っても信じないだろうな。
「まず、信じられないと思うが俺は人の心が読める」
「え?いや嘘だぁ。先輩、私に過去が知られたくないからって作り話はなしですよ?」
ほらな?
「……茶々入れるなら話さないぞ」
「すみません、ちゃんと聞きます」
子舞は姿勢を正した。この生意気な後輩に話すついでに、俺も自分のトラウマになっている過去を思い出してみることにした。
俺は幼い頃から、人と目を合わせると色が見えた。
小学で字が読めるようになると断片的に文字が出てきた。
それが、心を表しているとなんとなくわかっていたので、小学で色が黄色い人と積極的に関わっていた。だから交友関係は良かったと思う。
だが俺は間違えた。
ある時父に目を合わせると、紫色で『こわい、ばれる、ふりん』と出ていた。
それを母がいる前で読み上げてしまった。
その時は、意味がわからなかったのだが、母が詰め寄って、父のスマホを確認してすぐに怒鳴っていたので父が悪いことをしたのだと思った。
それから、すぐに父はいなくなった。
その後の、警察の事情聴取的なことで、なんでわかったのかとかすごいねと言われた。
その時に、俺は「見えた考えを口に出すのはいいこと」と覚えてしまったのだ。
それからは、母の考えや友達に浮かんだ考えをよく口に出すようにした。
友達からは少し不思議がられてたが、面白がっていたのであまり気にしていなかった。
ある日、母と目を合わせると青色で『あなた、いない、さびしい』と出ていた。
その心の声を、声に出して読んでしまった。
その瞬間、母の心の色はは赤く染まった。
「誰のせいだと思ってるのよ!!!!!」
母は俺に向かって怒鳴った。
今なら、浮気をした父が悪いと思えるが当時は「怒られていると言うことは、俺が悪かったのか」と思った。
どこが悪いのかわからなくて学校で考えていると、廊下からこんな声が聞こえた。
「彩賀ってさ、キモくない?」
「わかる、なんか思ったこと言い当ててくるし」
「ちょっとやばいよね」
あんなに一緒に笑っていたのに何故?僕が気持ち悪いから?そんな思考が頭の中をぐるぐる回った。
自分が周りと違うことはなんとなくわかっていたが、はっきり気持ち悪いと言われるとショックだった。
そして他人の心を見ることをやめて、他人を信じることをやめた。
母に「中学からは、知ってる人がいないところがいい」と言うと母も俺を疎ましく思っていたのか、祖父と祖母が住む実家の近くにある中学にしてくれた。
中学では人は信じられない、俺は気持ち悪いんだ、心を読まないように、極力人と関わらないようにと常に意識して過ごした。
だが一人だけ信じられると思っていた親友がいた。
だが俺は裏切られた
中学2年の後半にもなれば、思春期なって異性を意識する時期になる。
俺も、人は信じられないけど彼女に少しだけ憧れはある、みたいな状態で過ごしていた。
それだけなら問題はなかったが、なんと俺は告白された。
どう答えればいいかわからなくて、親友だと思っていた相手に相談した。そしたら「付き合ってみればいいんじゃない?」と言われた
俺自身も彼女に憧れは少なからず持っていたのでOKしてしまった。
1ヶ月くらいたったある日、彼女なら信じれるんじゃないかと思った。いや、思ってしまった。
決死の覚悟で一度だけ彼女を信じてみようと、目を合わせた。ひさびさに視界に懐かしい色が出てきて文字を描いた。
『そろそろ一ヶ月ね、こいつと付き合ったら親友の***君が付き合ってくれるって言ったから付き合ってたけど、もううんざりだわ……』
その色は悪意が詰まった真っ黒な字だった。
俺は、もうその時に何を考えていたのか、何を感じたのは覚えてない。ただ一つはっきり覚えているのは、二度と人と目を合わせたくないと強く願った。
それから少しして、彼女はすぐに別れを切り出してきた。他に好きな人ができたと言っていた。なんと答えたのかは覚えていない、怒ったのか、悲しんだのか、それとも何も感じなかったのか……もう俺には自分も他人も分からなくなっていた
「それから、家から近かったここを受験したってわけ。悪かったな、こんな暗い話して」
子舞からの返事はなかった。目を合わせないように顔を見ると涙を流していた。
「なんでお前が泣いてる?俺が馬鹿なことして人嫌いになったって話しただけだぞ……?」
「先輩は、馬鹿じゃないです!先輩を裏切ったその人たちが最低なだけです!」
同情されたり、心が見えるなんて気持ち悪いと言われると思っていたが、泣かれるのは想定外だ。
どうしたらいいかわからなくて、おろおろしていると覚悟を決めたような表情で子舞が言った。
「先輩。お願いがあります」
「私の心を読んでくれませんか?」
思わず顔をしかめた。
「先輩が人を信じられなくて、もう心なんて読みたくないことは話を聞けばわかります」
じゃあ何故俺に心を読ませようとする!俺は人なんて信じたくない!もう心なんて見たくない!
「ですが、一度だけ心を読んでくれませんか?私の心を読んで先輩が不快に思ったら、二度と先輩に近づきません」
少し興味があった、なんでこんな子舞が俺に構うのか、本音ではどう思ってるのか。
俺は、一度だけ子舞の心を見てみたいと思い始めていた。
あれだけ裏切られて、あれだけ悲しい思いをして、もう二度と他人なんて信じないと思っていたのに。こいつならと心のどこかで思ってしまっていたのだろう。
「わかった、一度だけな……」
「はい!じゃあお願いします!」
正直に言えば、助けて欲しかった。
裏切られたくない、人を信じたくないと口では言いながら、きっと人を信じたかったし、寂しかったんだろう。
認めよう俺は寂しかったのだ。
元文化部の3年生も俺は卒業する直前を狙って入ったのでほとんど関わりはなかった。
2年になって子舞が入ってきて、最初は退部しようかと思ったけど極力関わらなければいいかと思っていた。
だが、こいつは返事もまともにしないのに毎日毎日話しかけてきて、最初は鬱陶しいだけだったのに段々と「こいつなら、もしかしたら俺を裏切ったりしないかもな」なんて思ったりしてた。
だから今日、過去の話をしてしまったのだろう。
思い出したくもない最低最悪な過去を否定してくれるような気がして。
正直、まだこいつが俺を裏切るんじゃないかって言う心配はある。
だが、少しでも救われる可能性がこいつにあるなら、こんな生活から救い出してほしい。
人をもう一度信じたい。
最初から俺の結論は決まっていた。
俺はこいつを信じたい。
「じゃあ、いくぞ」
俺はゆっくりと目を合わせた。
最初に思ったのは、綺麗な目だなという事だった。
もう二度とみることはないと思っていた色が文字を描いていく。
出来上がった文字には優しい桃色で『好きです、先輩』と書いてあった。
安心と驚きで涙が出てしまった。
「なんでないんてるんですか、先輩」
「すまん、ちょっと安心して」
「女の子からの告白に安心するなんておかしな先輩ですね」
にこりと困ったように子舞は笑った。
俺はひとしきり泣いた、悲しくて悔しくてどうしようもなくて泣いたことはあったけど、こんなに安心して泣くのは初めてだと感じた。その間子舞は近くにいてくれた。
「すまん、もう大丈夫だ」
「はい、よかったです!」
人前で、それも女の子の前で泣いたのは初めてだったから落ち着いた後、急に恥ずかしくなった。多分俺の顔は真っ赤だろう。
「……それで俺は返事をしたほうがいいのか?一応告白だろう?」
優しい笑顔で子舞は言った
「今はいいです」
「意外だな、返事が欲しいのかと思った」
「先輩にも整理するための時間が必要でしょ?その整理が終わって、私が可愛いと思ったら返事をください!」
「わかったよ」
ただ、今も目を合わせているので、心が見えるという事をこいつ忘れてないだろうか?
『今すぐ返事欲しいぃぃぃぃ!だけど先輩がやっと私の目を見てくれたから、それだけでも今日は我慢する!』
こんなこと言ってるが、やっぱり本音では我慢してるんだな。でも気遣わなくても俺の答えは、子舞の心を見た直後から決まってる。
「かわいいよ、子舞」
「ふぇっ?」
「だから、俺からも言わせてもらう。俺と付き合ってくれ、子舞」
「うぅ……不意打ちはずるいですよ先輩、はいっ!喜んで!」
子舞の笑顔は今まで以上に明るくて。あぁ、かわいいな、と思った
それからしばらくいろんなことを話した、俺の過去に出てきた親や親友や女子への悪口を言っていた時は少し口は悪かったが、心を見ていて本気で怒っているのがわかって嬉しかった。
二度と他人なんか信用しないと思っていたけど、子舞のおかげで少しは信じていいんじゃないかって思えた。
まずは俺に初めてできた大切な彼女から信じてみようと思う。
「そろそろ帰るか」
「そうですね、そろそろ帰りましょうか」
帰り道、俺はこんなことを聞いてみた
「そういえば、子舞は俺のどこがよかったの?自分で言うのもなんだけど、俺にかっこいい要素なんてなかったと思ったんだけど……?」
「先輩、中学の時に痴漢から女の子助けたことありません?」
うろ覚えだがたしかにあったような気がする。
「そういえば一回だけあったような?」
「その時に助けられた女の子が私なんです」
「え!?そうなの!?」
意外だった。こいつなら痴漢なんてされたらすぐに大声を出すと思っていた。
「その時、お恥ずかしながら惚れちゃいまして……でも先輩がお礼も言う暇もなく逃げちゃうから、もう会えないんだってすごい悲しかったんですよ」
多分、偶然目が合って痴漢されてるってわかって助けたけど、「なんでわかったの?気持ち悪い」って思われるとかですぐ逃げたんだろうな……
「それはごめん」
「いいですよ、今なら事情も知ってますし。だから、高校で見つけた時はすごい嬉しくて、結構ぐいぐい行っちゃったと思いましたけど大丈夫でしたか?」
「正直、少し鬱陶しかった」
本音だった。
「やっぱり……」
「でも、嫌なことを考えなくてよくて馬鹿なこと言い合ってる時は楽しかったよ」
これも本音だ。こいつと馬鹿なこと言い合ってる時は、本気で楽しかったし、一時的だけど嫌なことを忘れられた。
「そう言う鬱陶しくて、あざとくて、馬鹿なこと言い合える。そんな子舞を俺はかわいいと思ったんだ」
子舞は顔を赤くした。
「えへへ、なんか照れますねこういうの」
「言ってから自分が臭いこと言ったことに気づいたからやめて……」
お互いに顔を赤くしながら言い合った。
「じゃあ先輩!私こっちなので」
「おう、また明日な」
「明日からは、他の人を信じなくても私だけは信じてくださいね!」
この先、心を見たり、他人を信じようとするたびに過去がちらつくのだろう。だが、こいつとならそんなことも乗り越えられる気がする。
「わかってる、お前だけは信じてるよ」
「これからは、過去を振り返る余裕がないほど、楽しい日々を送ってもらうので覚悟してくださいね!」
それは、すごく楽しそうだ。
「お手柔らかにな」
「はい!」
少なくとも、俺は過去は乗り越えていないだろう。だが一人では折れてしまいそうでも、今は支えてくれる人ができた。だから、二人でゆっくり乗り越えていこうと思う。
「子舞」
「はい?」
「これからよろしくな」
「はいっ!」
返事をした時の子舞の笑顔はこれまで見てきたどんな色よりも綺麗だった。
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