第16話 その名はG
「ランタン増えましたね」
淡いランタンの明かりに照らされた土壁の色が、茶色から黄土色へと変化した。
最初、私はそれを土質が変わったからと思っていたのだが、そうじゃなかった。
狭い間隔で置かれたランタンに洞窟全体が明るく照らされるようになってきている。
「ああ、出口が近いのかもしれない」
「やっと……ですね」
早く外の空気が吸いたい。
外にはどんな世界が広がっているのだろう? 考えてみれば、洞窟以外のROの世界をまったく知らない。洞窟の外も、ここと同じように、ゲームの設定通りの世界なのだろうか?
だとしたら、外にも当然敵がいるだろう。
洞窟を抜けたらそこはベッドの上だった。って夢落ち展開を切実に希望する。
ふいに、顎の下で佐藤さんの猫耳がぴこぴこと動いた。
わ、鷲づかみにしたい。
私の忍耐の限界に挑戦しているとしか思えない行動に、鼻息を荒くしていると、佐藤さんが叫んだ。
「声がする!」
「本当ですか!?」
ばっとカイが振り向いた。
「またノスフェラトゥですかあ……」
がくっと私はうな垂れた。
もう、シルクハットは間に合ってます。
「違う、ノスフェラトゥじゃない……ユーザーだ! 急げ、カイ」
言うなり、佐藤さんは虎徹の腹を目いっぱい踵で打ち付けた。
だんっ
つい今しがたまで、のっそのっそと体を揺らしながら歩いていた虎徹は、驚異的な跳躍力で駆け始めた。
「うっえっ……ちょっ……まっ」
佐藤さん、走らせる時は一声かけてからにしてほしいです。
がっくんがっくんと頭を揺らしながら、後ろにもっていかれそうになる体をなんとか引き戻す。
ぎゅっと佐藤さんのぽよんぽよんのお腹に(たまらん!)しがみついて体勢を低く保った。
「いたっ! あそこだ!」
吹き付ける風に目を眇めて俯いていた私は、佐藤さんの声に、顔を上げる。
そして、まだまだ遠いその先にある光景に息をのんだ。
(多分)人だ。(恐らく)人が海亀サイズのゴキ……Gのつくモンスターに襲われている。
なぜ、多分や恐らく、がつくのかというと、別に角が生えているわけでも羽が生えているわけでもなくて、青かったのだ。
髪が。
そりゃあもう、目も眩むようなスカイブルーだった。
髪色はある程度自由に調整できたから、どんな色にも設定できたはずだし、カイの髪も暗赤色だ。もちろん青でも不思議ではない。ないはずなんだけど、ああまで鮮やかな色を実際にこうして生で目にすると、違和感がはんぱない。
これだけ遠目でも、宴会用のカツラにしか見えないなんて、近くでみたらどう感じるだろう。
カイと佐藤さんが必死に虎徹を駆る間にも、青髪の人は、じわじわと壁際に追い詰められていた。
長い髪を振り乱し、両方の手に持った二振りの刀で必死に応戦しているものの、数で勝るG相手に苦戦しているようだ。
うごうごと、うごめく黒い群れ。
長い触角が秋風に吹かれるコスモスのごとく、ゆらゆらと揺れて……例え一匹でも精神的に惨敗しそうな相手だ。
足元に迫り来るGを左手に持った刀で上から突き刺す青い人。
と、同時に右手から迫るGを右の刀で切り払う。
その時だった。
「ぎえっ!」
私は思わず叫んでいた。
群れの後方にいたGが一匹――飛びやがったのだ。
ぎいいいいいやああああああ。きもいきもいきもい。
そうだ、奴らは飛ぶから始末が悪いんだ。
黒い前翅の下から飛び出た茶色く薄い後翅を、猛スピードで動かして飛翔するG。
青い人は左手に持った、先ほどGの上につきたてたばかりの刀を抜いて応戦しようとするが、地面にまで貫通してしまっているのか、刀を抜くのに手間取った。迫るG。とっさに右手の刀を突き出す青い人。
勢いのついたGは、自ら刀へと突っ込み……空中で串刺しになった。
それでも致命傷には至らなかったらしい、Gは刀にささったまま、わさわさと足を蠢かし続ける。
ひいいいいいいい。きもすぎるうううううう。
佐藤さんにしがみ付いている為に自由にならない両手の代わりに、私は思い切り佐藤さんの頭に顔を擦りつけた。あああ、なんかもう、全身がぞわぞわする。
「うひゃっ、ちょちょちょっと、オクト君。やめっ」
状況も忘れて、あー、ふわふわ。と猫耳に癒されかけたとき、ガツンと後頭部を何かに打ち付けられた。
「いっつ」
振り向けば槍を逆手に構えたカイの姿が目に入る。
このやろう。柄でつついたな。
「何やってるの」
カイの瞳は真冬のカキ氷のように冷たい。
「だだだだ、だって、飛んだんだよ! あれが!」
乙女の天敵が!
「あれは、角の無いカブト虫! そう思って」
カイの非情な言葉が胸に突き刺さる。
角の無いカブト虫。角の無い、カブト……虫……角の……ない……いやああああ。無理! つか、 次からカブト虫を見たらGを連想しちゃうじゃないか。
夏場のホームセンターに行けなくなったらどうしてくれる。
「もしくは、ちょっと頑丈なコオロギ。分かった?」
ぎゃああああ、もう、もう、秋の草むらにもいけない。
広がるGの脅威に、私は佐藤さんの頭に突っ伏した。
「わわっ、オクト君。そこは駄目だって。ひやっ」
「はーふわふわー。っつ、いたたっ。」
「……アイギス」
懲りずに佐藤さんに顔を擦り付ける私の頭を、ガスガスと槍の石突で小突きながら、アイギスを唱えるカイ。
きんっと音を立ててシールドがはられたのは、私達ではなくて、青い人の周囲だった。
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