第15話 ラッキーボーイとアンラッキーリトルガール?
惜しげもなくさらされた厚い胸板。ぽこぽこと綺麗に別れた腹筋の下はぴっちりパンツに覆われ、太い首には光沢のある黒の蝶ネクタイがつるりとした光をはなっている。
頭を覆うのは紳士の必需品シルクハット。そして手には雨には無縁の地下だというのに蝙蝠傘。
紳士というより、変態だ。
虎徹のふわふわの鬣に体を押し付けて、身を隠すようにしてやさぐれていると、すっと誰かが背後に立った。
「佐藤さんがおさまったみたいだ。いこうか」
最初に遠慮なく爆笑したカイは、もうとっくに見慣れたのか、はたまた飽きたのか、変態街道一直線の私の格好を見ても、最早眉一つ動かさない。
「佐藤さん、いきましょうか」
「あ、ああ。ごめんね、オクト君……ぷっ……お待たせ……ぐっ……しました」
本当におさまったのか!?
「ところで、このシルクハットと蝶ネクタイ。防御力はどのくらいなんですか? 何か特殊な効果でも?」
虎徹の背中に上がると、ぴくっぴくっとしつこく肩を震わせる佐藤さんに尋ねる。
「んー。蝶ネクタイはアクセサリーだから防御力はないね。シルクハットの防御力は皮の帽子くらいかな?」
「皮……それってショートソードと同じく初期装備の……ですか?」
「そうそう」
レアのくせにまったく高くないし!
「それで、特殊効果は? ……まさか鳩が出せる。とか言わないで下さいよ」
だったら今すぐ脱いでやる。
「鳩かあ。それもおもしろそうだなあ……あっ、だめ、くっぷっぷぷっ」
しまった。また佐藤さんの笑いのツボを刺激してしまった。
「シルクハットは運がプラス100、蝶ネクタイはプラス85だ」
すでに会話にならない佐藤さんに代わって、カイが教えてくれる。
「へー、運が……確か蝙蝠傘もだったよね……」
「蝙蝠傘はプラス95。ヒューマン男の初期値が8で、あんたの運は今、288ってことになる」
「おおー、すごいラッキー……って、運だけかよ!」
やっぱり脱ごうかな。
「いやいや、運は重要だよ。オクト君」
蝶ネクタイに指をひっかけて見下ろしながら、本気で装備を外そうか迷っていると、早々に復活した佐藤さんが生真面目な声をだした。
「僕なんて、MP自動回復のサークレットで運がマイナス35、魔力UPの錫杖でマイナス10、魔法耐性UPの胸当てがマイナス14、素早さUPの靴でマイナス13……運は2しかない」
なんつー、アンラッキー幼女。その装備、呪われてるんじゃないの?
「おかげで、碌なアイテムは落としてくれないし、宝箱を開けたら毒トラップだし。一番困るのがあれかな。さすらいの道具家ローレン!」
佐藤さんが口調を強めると、カイが「ああ」と思い出したように頷いた。
「ローレンはマップを移動しながら商いをする移動商でね、街にある店には扱っていない品を売ってるんだけど、出会うたびに売価が違うんだ。それが毎回ありえないほど高額でさ」
「そういや、前回ローレンに会った時に、俺が320ゼルギーで買えたリンデールが、3800ゼルギーだったって言ってましたよね」
なにその暴利。ローレンうはうはじゃん。
「そこまでして、その装備にこだわる理由ってなんですか?」
そりゃ、MP自動回復も、魔力UPも、魔法耐性UPも素早さUPも、重要だろうけどさ、もっとこう、呪われてない系のものはなかったのだろうか。
「そりゃあ、もちろん!」
佐藤さんは、ふんと鼻息を荒くした。
「可愛いからだよ!」
ああー、言っちゃったよ。この人。
確かに、佐藤さんの格好はかわいい。上から下まで同系統の鎧で固めた面白みの無いカイと違って、色んな種類のものを可愛く見えるように組み合わせたって感じだ。
頭にはピンクゴールドのサークレットをカチューシャのようにはめ、パフスリーブの白いチュニックの上には、縁をボアで飾られた胸当て、スコットランドの民族衣装を彷彿とさせるチェック柄の巻きスカートに、短い脚にはもこもこのブーツ。
「佐藤さん……もしかして、その姿になったって気付いたとき、服の中を見たりしました?」
「え? 見てないけど、どうして?」
その「え?」が、いかにもきょどってますって「え?」だったら、佐藤さんはクロだと、そう私の中で確定されたけれど、佐藤さんの「え?」は、どうしてそんな事聞くの? って「え?」だった。
「そんな事するのは、あんたぐらいだろ」
呆れたようなカイの声。
うあっ、ブーメランきた。
「記憶にございません」
私はすっとそっぽを向いて惚けた。
「ん? オクト君は服の中を見たの? それはまたどうして?」
佐藤さんのピュアさが眩しい。
心底分からないといったふうの佐藤さんに、カイがため息をついて口を開いた。
「そりゃあ……」
「元の体と作りが違うと、いろいろと不都合があるかもしれないから、確認しとこうと思ってです!」
私は一気にまくし立てて、きっとカイを睨みつけた。
余計な事を言うんじゃねえや!
「体のつくりが? ヒューマンなのに?」
と、首をかしげてから、佐藤さんはすごい勢いで振り返った。
「オクト君……ひょっとして、ユーザーさん、女の子?」
「……そうです」
「え~~~~~!?」
佐藤さんの絶叫が洞窟内に響き渡る。
えっ、そうなんだ。女の子かあ。あ、ごめん、間違えてて。いや、こんなおじさんと相乗りするの嫌じゃない? そうかあー、女の子か。うわ、どうしよう。僕なんか失礼な事しなかった? その、体とか見てごめん。あー、でもその体は本当の体じゃないわけだし。あ、でも、それでも女の子だったら恥ずかしいものかなあ。ごめん、服もってなくて……。あの、本当に僕と相乗りするの嫌じゃない?
などなどなどなど、佐藤さんのてんぱり具合は凄まじく、彼が常日頃女っ気のない生活を送っているのだろうと、その様がわりとまざまざと想像できた。
「そうかあ、性別が変わっちゃったのか。それは大変だな」
と、最後に佐藤さんはしみじみと呟いた。
「性別変わっちゃったのは、佐藤さんもじゃないですか?」
尋ねれば佐藤さんは首を傾けた。
「ん? シュージュに性別はないよ?」
「はい?」
私は今、何か、おかしな言葉を聞いた。
目を丸くして佐藤さんを凝視していると、くるっと振り向いた佐藤さんが、己を指差して言う。
「雌雄同体なんだよ。シュージュは。繁殖の季節だけ、男と女に分かれるって設定でね」
「マジですか」
「マジです」
はああ、確かに見た目だけではどちらか分からなかったけど、本当にどちらでもないなんて。まあ、何にしろ佐藤さんの可愛さは変わらないわけだけど。
……しっかし、誰が得するんだ。その設定。
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