第14話 変態紳士誕生
「すっ、すみません。佐藤さん! あの、もう使わない……ようにしますから。ほら、見ての通り、もう体もなんともないですし、痛みもないですから、だから……泣き止んでもらえませんか?」
「そっそうそう、もうノスフェラトゥは倒したし、洞窟でるだけだし、使わないですよ。ほ、ほらほら、もう泣かないでー。よしよし、いい子だねー」
わたわたと駆け寄り、身振り手振りで説明するカイと、サラサラの髪に覆われた頭を撫でる私。
ぽろぽろと涙を零しながら、佐藤さんは、むっと眉を寄せた。
「なぜ、子供扱いなんだ。僕は本気でっ!」
怒りかけた佐藤さんは、またさっきの光景を思い出してしまったのか、うっうっとしゃくりあげ始めた。
髪が濡れた頬にはりついて、ベトベトのぐしゃぐしゃになった顔を、ごしごしと掌でぬぐう姿は、まさに胸キュンもの。
ぎゅうぎゅうに抱きしめて、ほお擦りして、撫で回したいけど、中身は佐藤さんだ。
ごくりと唾を飲み込んで耐える私の横で、カイは困ったように頬をかいていた。
「あっ」
ふいに、頬をかく手を止めてカイが声をあげる。
「んっ?」
泣いているせいで、何割り増しかで鼻にかかった声で反応する佐藤さん。
もう中身が佐藤さんでもいい気がしてきた。
「俺達、本当についてるかもしれませんよ」
カイの視線の先は、丁度ノスエフェラトゥが消えた辺りで……
「何か、落ちてる」
血の染みも何もかも消えたそこには、お馴染みの金貨と、黒い物体が二つ落ちていた。
「これは、すごいな……」
佐藤さんが呆然とした声をだして歩み寄る。
「レアものですか?」
私が装備できる防具だと嬉しいけど、傘を投げただけなのにそんな主張はちょっとしにくい。
佐藤さんに遅れて続けば、一足先に物体Xまでたどり着いた佐藤さんが、それを手にとって、満面の笑みで振り返った。
「オクト君! 君でも装備できるレア防具が2点も手に入ったよ!」
実のところ、役に立っていなくとも、装備が手に入ったら、佐藤さんはそう言ってくれると思っていた。
だから「本当ですか!? 嬉しい、ありがとうございます!」って言おうと待ち構えてた。
けれど、佐藤さんが手にしたそれを見て、私は
「え」
と声を出して、立ち止まってしまった。
「すごいですね。レアが一度に2点も」
感心したように、それに見入るカイ。
「ほら、オクト君。つけてつけて」
「え、いや……でも」
涙の跡もそのままに、佐藤さんは笑顔でそれを差し出した。
「なに、つけないの?」
そう聞くカイの声はいつもどおりの平坦なものだったけど、口元が意地悪く歪んでいる。
「ほらほら、遠慮しないで」
対して佐藤さんは一分の曇りもない笑みだ。この人、天然なのか。
「や、でも……えーと」
「俺がボランヴールまでやって得た報酬……なんだけど?」
うっ、卑怯な。それを言われてしまってはつけないわけにはいかないじゃないか。
「うっさいな。つければいいんでしょ!」
私は腹をくくると、きょとんとした顔で首を傾げている佐藤さんの手から、それを受け取った。
「恥ずかしいから、向こうをむいててもらえますか?」
頬が熱い。きっと真っ赤になっているだろう。
熱を持った頬に手を当てて、小さな声で懇願すると、何故か二人は、「うっ」とうめき声をもらし、青い顔をして、くるりと体を反転させる。
(中身は)ぴちぴちの女子高生を前になんて失礼な反応なんだ。
背を向けた彼らの後ろで、つるつるとした手触りのそれらを身につけると、私は消え入りそうな声で告げた。
「もう、いいですよ」
との言葉に振り向いた二人は、
「あ」
「ぷっ、あっはははははは。最高!」
それぞれ違った反応を見せた。
佐藤さんは、ぽかんと口を開けたあと、さっと目をそらし、カイは腹を抱えて大爆笑。
私はぎゅっと手を握り締めて羞恥に耐えた。
これは、カイが命がけで手にしてくれた大事な報酬なのだ。
「いいじゃん、似合ってるよ」
ひぃひぃと体を折り曲げて笑うカイ。
多少の辱めは耐えな……ければ………。
「あー、もう。頑張って倒したかいがあったよ。ねえ、佐藤さん」
ぐっと唇を噛み締めて眉根を寄せた佐藤さんの肩は、もちろん小刻みに揺れている。
「うるさいわ! やっぱりカイがつけなさいよ!」
「それ、ヒューマン用だから、俺は無理」
確かに、角が生えているカイにこれは装備できない。
ぐっ、と言葉につまった私は、身ににつけた、それら――『シルクハット』をぎゅっと掴んで、無理やり目深に被り、首元を飾るシルク地の『蝶ネクタイ』を手の中に握り込んで隠した。
「佐藤さん、笑いたければ笑っていただいてかまいませんが」
ぷるぷると肩を震わせて、息を止めている佐藤さんの顔は、赤を通り越して紫に変色している。
「やっ、そんな……笑う、だな……んてっ……ごめん、オクト……ぷっ……君。も、無理っ!!」
このあと佐藤さんの笑いの嵐が収まるまで、その場で長い長い休息を取ることになったのはいうまでもない。
ただ今の装備、趣味の悪いボクサーパンツ、蝙蝠傘、シルクハット、蝶ネクタイ。
……もうやだ。
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