第13話 ヒロインは佐藤さん!?

俺は何度でも復活しちゃうんだぜ。参ったか虫けらども!

 要約するとそんな感じの台詞を喋り終えると、ノスフェラトゥはステッキで宙に円を描いた。

 その円状にいくつもの小さな炎がボボボボボッと灯る。


「嘆きなさい!」


 いまいちよく分からないきめ台詞と共に、炎は蛇のように一列になって飛翔した。

 狙いは、佐藤さん!?

 危ないっ!と叫ぶ前に炎の蛇はアイギスにぶちあたり……霧散した。

 すごいのは名前だけじゃなかったんだ。アイギス様様!

 ほっと胸をなでおろしたのも束の間、ぱりぱりっと卵の殻がひび割れるような嫌な音がきこえた。


 ぱきんっ。


 一際高い音をたてると、アイギスもまたきらきらと光の余韻を残して消え去る。


「シール」


 ええええええ。アイギス消えちゃったのに、先にそっち!?


「アイギス」

「アイギス」


 ひいいと、蝙蝠傘を握り締めて顔を青くしていると、カイと佐藤さんが二重にアイギスを張ってくれる。

 それからはまた、フランナールの大合唱だった。

 ノスフェラトゥが攻撃をしかけるたびに、「あっ」「ひゃあ」「あぶなっ」「ぎゃ」と虎徹の上で悲鳴を上げ続けることしばし。


「佐藤さん、いきます!」

「ああ」


 振り下ろされるステッキの合間を掻い潜ってカイが懐にもぐりこむ。


「ボランヴール!」


 それは詠唱というよりは絶叫に近かった。

 まず爪の先が真っ黒に染まった。かと思うと、そこから蔦のようなものが這い出て、見る間にカイの手を侵食していく。


「ぐっう、うああああ」


 苦しげな声が噛み締められたカイの唇から漏れた。

 蔦はあっというまに顔にも現れた。鎧に覆われて見えないが、恐らく体中に蔦が張り付いているのだろう。


「ぐっ」


 はっ、はっ、はっ

 くぐもったうめき声。

 カイの息遣いは荒く乱れ、とうとう眼球にまで黒い蔦がはったとき、オォォォォンと鐘をついた後の余韻に似た響きがカイの体から発せられる。

 頭の芯を震わせる振動に、両手で耳をふさいだ。その反動でぶれた視線を、再びカイに戻したときには、黒い蔦はきれいさっぱりカイの体から消え去っていた。

 もはや声も出ないと言った様子のカイ。固まったように腕を突き出し、短い呼吸を繰り返している。

 その、震える指先から、しゅるしゅると黒い糸が渦巻き、湧き出て、次々とノスフェラトゥの体に這いだした。

 ボランヴールとは使用者のHPを犠牲に相手にダメージを与える技。のようだ。二人の会話から何となく想像はついていたが、こんなに痛そうだなんて思わなかった。


「獄灼炎」


 固い声音で佐藤さんが呟く。

 地面と水平に、両の親指と人差し指の間に挟むようにして持っていた槍に、ぼっと青い炎がともった。

 2撃

 佐藤さんとの約束だ。

 だが、カイはノスフェラトゥへと攻撃を繰り出す前に、太もものベルトからナイフを抜き出すと、それを鎧の継ぎ目を狙って、己の足へと突きたてた。


「うっあああ」


 聞いていられない。カイの悲痛な叫びに胸がぎゅうっと締め付けられた。

 ボランヴールだけではカイの狙う効果は得られなかったらしい。さらにHPを削るために自分で自分を傷つけたのだ。

 私には理解できない胆力だ。

 捨て身のカイの行動。

 けれど、この間が命取りだった。

 カイが痛みに耐えて、槍を構えようとした時、ノスフェラトゥの唇がにいとつり上がる、


「レス」

「させるかあああああああ!!」


 ノスフェラトゥが全回復魔法を唱えようとしている。カイの攻撃は間に合わない!

 そう分かった瞬間、私は手にしていたものを渾身の力でもって投げつけた。

 ビュオオオンと風を切って、恐るべき速さで飛んでいく――蝙蝠傘。

 仁木 杏の体なら、届くかどうかも怪しかっただろうそれは、オクトのムキムキ筋肉の力を得て、一直線にノスフェラトゥの元へ飛んでいき、ビイイインと音をたてて、彼のこめかみに命中した。

 すげーよ、マッチョマン!

 槍投げに出場したら間違いなくワールドレコードを更新できると思う。

 ほんのちょっぴりめり込んだらしい蝙蝠傘は、しかしというか、やはりというか、殺傷力は無いに等しいものだったらしい。

 ノスフェラトゥは忌々しげに傘を叩き落とすと、ギョロリと赤く光る瞳を傘の出所……私に向ける。

 わーあ、ロックオンされた。

 と思ったら、私なんて存在しないかのように、その目は私の上を滑り、佐藤さんを見据える。

 「お前など相手にするのも馬鹿馬鹿しいわ」そう言われた気がした。へこむわー。

 佐藤さんを睨んで、杖を掲げるノスフェラトゥ。

 だが、もう遅い。


「お前の相手は俺だ!」


 体勢を立て直し、しっかりと握り締められたカイの槍がノスフェラトゥを貫いた。


「ガハッ」


 血を吐いて、信じられないというように首をふるノスフェラトゥ。

 カイは血まみれになった槍を、力任せに引き抜き、倒れこむようにして、再度、ノスフェラトゥへと突き刺した。

 仰向けに倒れたノスフェラトゥの口内から、ごぼりと塊となって零れ出る紫の血。どくんどくんと心臓が脈打つたびに、おびただしい量の血が流れていく。

 やった……のだろうか?


「レスタウロ!」


 結果が出る前に、佐藤さんが回復魔法を唱えた。

 ノスフェラトゥの上に倒れたカイの体が癒されていく。

 待ちきれなかったのだろう。

 あんなに接近して、ノスフェラトゥの鋭い爪で裂かれれば、極限までHPを削ったカイなど一撃で昇天だ。

 私は滑り落ちるようにして虎徹から降りると、カイに駆け寄ってその体を引き起こした。

 重い鎧を着込んだ大きなカイの体を、オクトの体は簡単に持ち上げる。

 脇の下に腕を入れ、胸の前でがっちりと両の手を組むと、カイの足をずるずると引きずって、その場を離れた。

 カイを抱き起こす際に見えたノスフェラトゥの目には、僅かに光が残っていた。今にも消えようとしていた微かな光が……。


「フランナール」


 駄目押しの一撃が佐藤さんから放たれる。

 ごうごうと燃える炎につつまれて、白い煙と化していくノスフェラトゥ。

 彼の体と流れ出た血が、すべて煙に変わって消える頃になって、私はがくんとその場に膝をついた。


「重い」

「あっ、ごめん」


 引きずってきたカイの背中に体重をかけてしまった事に気付いて、すぐさま体を起こした。


「カイ……」


 搾り出したような擦れた声が喉から漏れた。


「なに。なんて声だしてるの……もう回復した――さっきは、助かった」


 鎧についた土を払いながら立ち上がろうとしたカイの肩に、手をのせて、ぐっと抑えこむ。

まさか、そんな事をされるとは思っていなかったのだろう。バランスを崩したカイが尻餅をついた。


「何するんだよっ!」

「座ってて」

「何で?」

「とにかく座ってて!」


 不服そうな顔をしながらも、カイは素直に片足の膝を立てて座り込む。

 確かに体はレスタウロで回復したかもしれない。

 けれど強烈な痛みを味わったばかりの心はどうだというのだ。

 作り物のヤクシャの体に与えられた痛みは、生身のカイの心を蝕んだはずだ。

 私はカイの背中にそっと額をついた。

 悔しい。何の役にも立てないことが。歯がゆくて、情けなくて、たまらなかった。

 何故、オクトを作ってしまったのか。シュウコちゃんできていたら、きっとカイはこんな戦い方をせずにすんだだろうに。


「ごめん」


 小さく零された言葉。


「なんで、カイがあやまんの」


 ごつんと、額を背に打ち付けた。


「いって」


 役に立てないばかりか気まで使われて、こんなに惨めな事は無い。ヒリヒリと痛むおでこをぐりぐりとカイの鎧に擦り付ける。


「あんたなあ……」


 呆れたようなカイの声。

 カポカポと足音を立てて近づく小さな人影に、私は顔を上げる。同時にカイも前を向いて


「え」

「あ」


 二人で固まった。


「カイ。ボランヴールは二度と使わないでくれ。頼む」


 幼児並みの小さな体を震わし、ぷにぷにの頬を大粒の涙でぬらしながら、震える声で懇願する佐藤さんがいた。


「カイ。カイ。君に何かあったら、僕は……僕は……」


 えぐえぐとしゃくりあげて、ぎゅっと目を瞑る佐藤さん。

 閉じられた瞼からも、止まる事を知らぬ涙が、行く筋も流れて、ぽたぽたと服に染み込んでいく。

 なに、この……可愛い生物は。

 いや、もう、反則でしょう。その容姿は!!

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