第12話 俺の話を聞け!

随分と短くなった、ぷすぷすと燻るマントを肩から外し、ノスフェラトゥがにいと唇を吊り上げる。


「よくも我が眷属をいたぶってくれたな」

「うおぉぉ!? しゃべった!」

「うん、ボスレベルの敵はしゃべるんだ」


そっかあ。喋るのか。なんかちょっと嫌だな。人型だし、人語を解されると抵抗がある。

カツン、カツン、といつのまにか手にしていたステッキを打ちつけ、優美な足取りで近づくノスフェラトゥ。


「下郎の分際で我を相手にしよ」

「フランナール」

「……うなど。思い上がりも」

「フランナール」

「シール」

「……甚だしい。思い知るがいい! 真の」

「フランナール」

「あ、あのう。佐藤さん?」


私はそっと佐藤さんの袖をひいた。


「ん?」


相変わらず鼻にかかった声は柔らかい。


「口上の間は待ってあげなくていいんですか?」


私は、哀れにも降り注ぐ火の粉に黒髪の端を焦がす、ノスフェラトゥを指差して囁いた。「恐怖を知れ! さあ、人間ども、我にたてついたこと、とくと後悔させてやろぞ!」なんて言葉の合間にも、容赦なく飛び行く火の玉。


「本当は攻撃できないはずなんだけどね。出来たね」


にっこりと微笑みながら、フランナールを発動する佐藤さんは、ほんの数時間前の動転して振るえて涙を流していた佐藤さんとは別人のようでした。


「紅炎」


ナイフ3本を片手にとると、カイは炎を灯して虎徹から降りる。

ようやく口上を述べ終えたノスフェラトゥめがけて、それを投げつけると、すぐさま槍を構えた。


「獄灼炎」


カイの槍を魔法で強化したのは佐藤さんだった。


「はっ!!」


気合の掛け声も勇ましく、一気に地を蹴って距離をつめると、ノスフェラトゥの肩をめがけて、槍を振り下ろす。

ザシュッ

布を切りさく音と共に飛び散る鮮血。

ノスフェラトゥは攻撃を避けもせずに己が身を切らせる。

なんなのこいつ、マゾなの。


「ふ、ふはははは。我が血を見るなど」

「フランナール」


ザクッザクッ


「幾百年ぶりのことであろうか」

「フランナール」


 ザクッザクッ


 どうやら「攻撃を受ける」をトリガーとする台詞があったらしい。

 容赦なく放たれる魔法に焼かれ、カイの槍にサクサク刺されながら、ノスフェラトゥはまだ頑張っていた。


「この代償は、高くつく。死すら生ぬるい絶望を味わわせてやろう!」


 全ての台詞を述べ終える頃には、ノスフェラトゥは満身創痍になっていた。

 焼けて縮れた髪。煤だらけの顔。びりびりどろどろの服。もう、ビジュアル系バンドは解散だ。

 止めとばかりに、カイの槍がその胸を貫いたときだった。

 唇の端から紫色の血を滴らせながら、ノスフェラトゥは不敵に笑う。


「レスタウロ」


 形の良い唇が静かに動いて言葉をつむぐ。


「くそっ」


 佐藤さんが、悔しげに悪態をつくその前で、そろそろ見ているのも可愛そうになほどにボロボロの容姿が、見る間に修復されていく。


「佐藤さん、今の呪文って……」

「全回復……だよ」


 テンソを生み出す以外の、己の初のターンが回復呪文というのも切ない。

 にしても、全回復とは。

 私にはRPGをプレイするにあたって、許せない敵が二種類いる。

 ひたすら仲間を呼んで増殖する敵と、自己回復しちゃう敵だ。

 両方の要素を併せ持つなんて、


「くそ鬱陶しいですね」

「そう、これだからこいつ嫌いなんだよ。魔道騎士と、魔道士じゃ、ちょっと決定打に欠けるかな」


 ムキムキマッチョな戦士系が足りないのか。見かけだけはマッチョなのに、お役に立てなくてごめんなさい。


「佐藤さん、あいつのHPが残り少なくなったら、また獄灼炎かけてもらえますか」


 素早く後退したカイが佐藤さんに耳打ちする。


「いいけど、どうする気だ?」

「ボランヴールを使います」


 カイの答えに佐藤さんは息をのんだ。


「駄目だ」


 強い声できっぱりと突っぱねる佐藤さん。だがカイは譲らなかった。


「ボランヴールを使えば俺のHPは10%まで減ります。HPが残り500を切れば、窮鼠が発動して攻撃力がUPしますから、それを狙います」


 相談でもなければ、提案でもない。カイの中では既に決定した事項なのだと、その強い眼差しが語っている。

 佐藤さんはため息をついた。


「君は本当に頑固だな」


 カイを見詰める佐藤さんの目は心配でたまらないというように潤み始めていた。


「2打だ。2打打ち込んだらすぐに下がって、回復すること。いいね?」

「……はい」


 ほんの少し迷ったように目を伏せてから、カイはすっと顔をあげると、佐藤さんの目を見て頷いた。

 二人の話と涙ちょちょぎれる友情についていけていない、私……とノスフェラトゥ。

 ちなみに、二人の間で熱いドラマが繰り広げられているこの間、私は虎徹の上で、ぶんぶんと蝙蝠傘を振り回して、どうにか役に立てないものかと思案しており、ノスフェラトゥはレスタウロ詠唱をトリガーとした長台詞を一人でぺらぺらとまくし立てていた。

 可哀想すぎるぞ。ノスフェラトゥ。

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