第11話 マイクを持つ手は小指を立てて

 蝙蝠、鼠、蝙蝠、鼠、たまにゴ……Gのつくあれ。

 上層に来ようが、ここの敵はちっとも目に優しくない。

 そのほうが、精神的には優しいのかもしれないけど。


「もう半分は進んだかな?」

「どうでしょうね。確か上層が一番長かったはずですけど」


 なんて、カイと佐藤さんの会話を聞きながら、虎徹に揺られる。

 気付けばいつの間にか洞窟の幅は随分と広くなっていた。

 虎徹二頭が横に並んで歩いてもまだおつりがくる。

 下層のように岩盤をくり貫いたような形状でもなく、中層のように狭くもなく、ましてやコンクリートが吹き付けてあるわけでもない。正直、敵よりも頭上の土が崩れないか気が気でなかった。

 広くなった洞窟内にはもう一つ変化があった。

 緑の蔦が、壁を這うようになったのだ。あのー、光合成は……なんて無粋な事を言うつもりはない。

 変化に乏しい洞窟内で目にする緑は、何よりの癒しになった。

 緑の蔦が生え始めて、十数分。どんどんと葉の量が増え、さらに真っ赤な薔薇のような花がつきはじめた。あのー、受粉は……なんて言い出すのは野暮だと思ってる。

 目を楽しませてくれる赤い花に、気分も上がる私とは反対に、何故かカイと佐藤さんは、段々と険しい顔つきになっていった。


「カイ」

「ええ」


 とうとう、顔を見合わせて示し合わせるように、こくりと頷きあう、カイと佐藤さん。


「どうしたんですか?」


 心配になって尋ねると、佐藤さんは困ったように微笑んだ。


「どうやら、僕達は本当についてるみたいだよ」

「モニタの前に座ってゲームをプレイしていたなら、両手を挙げてよろこんだでしょうね」


 さっぱり話が見えず、二人の顔を見比べていると、佐藤さんはやっぱり困ったような笑顔を浮かべたまま、口を開いた。


「カウント・ノスフェラトゥ。テンソ系の敵が現れる場所に、ごく稀に姿を見せる、テンソ達のいわばドンだね。落とすアイテムは様々だけど、レアものを落とす比率が高く、経験地も大きい。ノスフェラトゥを狩ろうと洞窟内をひたすら往復するチームもいるけれど、予期せず遭遇して、全滅させられるパーティもよく目にする」

「レアモンスターでレアアイテムを落としてくれて、経験値もがっぽり稼げて、うっはうは。だけど超強いってことですか」

「稼ぎたい時にはおいしいんだけどなあ」

「今は激まずですね」


 目を伏せて、短い腕を組み、うんうんと頷く佐藤さんは、やばいくらい可愛かった。


「で、ノスフェラトゥ出現と、この薔薇みたいな花は何か関係が?」

「あ、そうそう。彼のシンボルみたいなものでね、彼が現れるのに先立って、血のように赤い花が咲き乱れる光景に遭遇するんだ」

「てことは、すでにノスフェラトゥに出会っちゃうのは決定事項って事ですか!?」

「そういうことだ。来た」


 ええっ、もう!?

 さっと槍を構えるカイに続き、佐藤さんは錫杖とともに、傘を引き抜き、私に手渡してくれる。……ものすごく役に立つ気がしないけど。


「アイギス」


 きんと、透明な膜が張られた。

 風が吹く。

 生暖かい風が、どこか血なまぐさく感じるのは、風に舞った花びらが、鮮血のように赤いからだろうか。

 敵の姿はまだ視認できない。

 ざらざらとした茶色い土壁、揺らめくランタンの火。

 しんと静まり返った洞窟内に、赤い花びらが降り積もっていく。

 何かおかしい。

 延々と続くかに見える穴が続くその方向に目を凝らす。ふいに、空間が陽炎のように揺らめいた。


「紅炎」


 太ももに止められたベルトから引き抜いたナイフを手に、カイがそう呟くと、ぼっと刃が燃え上がる。

 熱そう。と思った時には、ナイフはカイの手を離れ、揺らめきの中へと吸い込まれていった。


 ――ドンッ


 そんな音がしたかと思った。

 ランタンのほの暗い明かりに包まれていた洞窟が一瞬にして闇に落ちる。

 肺に空気を送り込む。呼吸という当たり前の行為さえ、意識してやらなければ滞ってしまいそうな、圧倒的な恐怖がそこに在った。


「ルーチェ」


 静かな佐藤さんの声と共に、ぽっとカイと佐藤さんの虎徹に吊るされたランタンに火がついた。

 暑くもないのに、汗が幾筋もしたたりおちていく。

 カイも佐藤さんも、瞬きさえせずに、ただ前方の一点に目を据えていた。

 闇がそこに居た。

 漆黒のマントに包まれた体。

 長い黒髪。

 白い顔はこの世のものとは思えぬ、作り物めいた(……いや、実際に作り物のはずなんだけど)美貌を湛え、今まさに血をすすってきたといわんばかりに赤い唇は、ゆるりと弧を描いている。

 自ら首筋を差し出してしまいそうな、神秘的な絶世の美貌の男だった。

 なのに、なのに、なに、その化粧!

 すっとひかれた黒いアイラインに、青紫のアイシャドウ、細く細く眉えられた眉。

 ノスフェラトゥの第一印象は恐怖。第二印象は、「一昔前のビジュアル系バンドでマイクを握ってそうな人」だった。

 チープなアイシャドウのせいで、濡れたような赤い唇はグロスを塗りすぎたようにしかみえない。

 残念すぎる。


 バサリッ


 ノスフェラトゥが片腕を上げてマントを広げた。

 途端に湧き出す、テンソの群れ。

 キイキイと甲高い泣き声を上げながら、羽ばたく彼らの狙いは、カイのようだ。


「レンテ」


 佐藤さんの唱えた魔法で一気に遅くなったテンソの群れを、カイは燃える槍で貫いた。

 しかし、最後の一匹を仕留めた頃には、ノスフェラトゥによって新たにテンソが生み出されていた。

 レンテが効かないらしいノスフェラトゥは、バッサバッサとマントを広げ、わっさわっさとテンソを生み出している。

 鬱陶しいな、おい。


「カイ、まずはマントだ」

「了解」


 くるんと槍をまわして脇に挟むと、カイと佐藤さんは同時に魔法を唱える態勢に入った。


「シール」

「フランナール!」

「フランナール!」


 佐藤さん、カイ、佐藤さんの順に次々に呪文が唱えられた。

 説明書も読んでなきゃ、魔法の一つも分からないけれど、恐らく最初の「シール」でステータス異常を狙ったのだろう。傍目にはまったく何も変わらないから想像でしかないけど。続く「フランナール」では、二人の眼前に現れた炎の塊が、徐々に火力を増しながら、山なりになって飛んでいき、ノスフェラゥのマントに命中していた。黒煙を上げて燃えるマント。


「フランナール!」

「フランナール!」


 立て続けに唱えられる炎の魔法。

 けれどノスフェラトゥも燃えるマントでまだまだテンソを生み出している。

 ビロードのような光沢のあるマントを翻すたびに、炎を掻い潜ってテンソが生まれ、鋭い牙の生えた口を開けて、獲物(つまり私たち)へと襲い掛かろうとしていた。


「レンテ」


 びくりと体を堅くして蝙蝠傘をかまえる私の前で、佐藤さんは慌てず騒がずテンソを押さえにかかった。


「フランナール」

「フランナール」


 と思ったら、テンソはレンテをかけただけで放置し、また二人の魔法はノスフェラトゥのマントへと集中する。

 ばっさばっさ。マントがはためき。キーキー。テンソが生まれる。


「レンテ」


 すると佐藤さんがテンソを抑え


「フランナール」

「フランナール」


 二人でまたマントへの集中砲火。


 ばっさばっさ。キーキー


「レンテ」

「フランナール」

「フランナール」


 ばっさばっさ。キーキー


「レンテ」

「フランナール」

「フランナール」


 極めると単なる作業になっちゃうといういい見本かもしれない。

 フランナールでマントを燃やし、蝙蝠が生み出されれば、すぐさま佐藤さんがレンテ(スピードダウン)を唱え再びフランナールの二重奏。

 カイが一回魔法を発動させる間に、佐藤さんは二回魔法を使っていた。詠唱速度アップのスキルなり装備なりがあるのかもしれない。


「獄灼炎」


 レンテでは抑えられなくなったテンソが間近に迫ると、ようやくカイは槍を構えた。

 フランナールの巻き添えをくって、翼の端を焦がしながら、レンテの影響でゆっくりと飛翔するテンソを屠るのはカイには簡単な仕事だった。

 白刃が一閃した後に転がるのは青い炎に身を包まれたテンソの群れ。

 やがてノスフェラトゥのマントから、新たに生み出されるテンソはいなくなった。

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