第8話 覚醒の予兆
「胡桃!」
グラウンドに設けられた決闘舞台前まで足を運ぶと、そこにはアイリーンちゃんの
言った通り、胡桃と、後は何人かの女子生徒達が対峙していた。とは言え、相手側の
何人かは肩で息を吐き、とても疲労している様子だった。僕はその様子を目の当たり
にして、それがかなり異常なものだという事がすぐに見て取れた。
――まさかたった1人であの人数を相手に?
そう思いつつ僕は警戒し、「胡桃!」と呼び掛けた。すると胡桃はこちらを振り返り、「あ、お兄ちゃん」と返答し、「今更来たんだね?」と言った。
今更、その言葉の意味が解らず、だが胡桃がここまで仕出かすという事は何か相当
な事があったのだろうと思い、「遅くなってごめん」と謝り、「何かあったのか?」
と理由を訊ねた。すると胡桃は、「遊び相手が見つかったから、少し暇潰しをしてた
だけだよ?」と口では言いつつも、その目には楽しさという感情は一切認められず、
むしろ何やら怒りにも似たような感情が見え隠れしているように思えた。
「どうしたのさ胡桃? お前らしくもない。遊びにしたって、流石にその子達が苦しそうじゃないか!」
「……だから何?」
「なっ……何だよその口の利き方。お前、何か変だぞ? 何かあったのかよ? もしそうなら僕が――」
「あんたに何が解るって言うのよ! 約束だってろくに守れないくせに!」
「っ!」
約束とは、或いはあの時の、『死なない』という事だろうか? しかしだとしたら
それに関しては許して貰ったはずじゃ……、
――いや待て、
それにしては何か様子がおかしい。何故胡桃は僕にではなくあの女子生徒達に牙を
剥いているのだろう? もしもそんなに僕の事が憎いのであれば、僕に当たればいいのに。
「胡桃、よく聞いてくれ。僕は別にお前とやり合う為に来たんじゃない。ただ、お前が何やらここでドンパチやり合っているみたいだからとか何とか言われたから来た形で――」
「それじゃあ心配はしてくれてないんだね? 私の事」
「だ、だから僕は――」
「もういいわよ! どうせ私なんか誰にも受け入れられないんだから!」
私の事なんて、誰も受け入れてくれない。誰も、誰も……、
「誰も!」
「待て、胡桃!」
「礼儀を弁えよ、愚か者めが!」
そこに現れたのは学園長先生だった。学園長先生はその右手を胡桃へ向け、とても
お怒りのご様子で僕達を見つめていた。それはとても険しく、尚且つ恐ろしい眼差しだった。
「僕からの許可もなく、キミ達は一体何をしているんだ? 校則にもあるだろう? 許可のない決闘は許されない。と。それなのに、キミ達はそれに背いた。故にそれが
どういう事なのか、どのような処分が課せられるのか、覚悟は出来ているね?」
学園長先生は何かの詠唱を始め、それを完了させたのと同時に、「少なくとも今回
に限り、キミ達から試験を受ける権利を剥奪する」と言った。誰が原因かは解らないけれど、少なくとも胡桃のほうから好きで喧嘩を売ったとは思えない。もしかしたら
あの3人組のほうから喧嘩を吹っかけてきたのかもしれない。それなのに、何故胡桃
まで権利を剥奪される必要があるのだろう? そう思った僕は、気づけば学園長先生
に対してこう口利きしていた。
「待ってください学園長先生! 何も理由が解らないまま権利を剥奪なさるというの
は流石にいかがなものかと思われます! なので、どうかお考え直しを、彼女達に、
どうか猶予をお与えください! お願い致します!」
僕の言葉に対して学園長先生は、「この僕に口を利くつもりかい?」と訊ねてきた
ので、僕は即答即決に、「無論です」と返答した。それに対して学園長先生は、暫し
何かをお考えになるように口を閉じた後、「そういえば」と、口をお開きになった。
「確かキミは、渡良瀬錬磨君、といったかな? 噂では、あの Zクラスで最も特殊な
能力を持っているみたいだね?」
「お言葉に加えて失礼ですけれど、それが何か?」
「いいや、ただ、この僕に対してそこまで堂々とした相手を見たのは久しぶりだから
何か新鮮味を感じてね?」
含み笑いを浮かべた後、「今のキミの一言で僕を敵に回したとしても、決して後悔
はしないか?」と質問なさった。それに対して僕は「はい」と即答した。
「妹を守る為、共に無事卒業する為、そして――」
それでこそ、全てを棒に振る覚悟で、僕はこう言い放った。
「この学園の、第1位となる為に!」
ほとんど見栄を張った、無意味な返答だった(少なくとも、最後の一言は)。
「……いい覚悟だ。では今回の件は学園の全教職員に口外したうえで、1度限り目を
瞑るとしよう。ただし――」
今度は僕へと視線を向け、「その代償として、キミにはひとつ、あるペナルティを与える事にしよう」と言った。
「ペナルティ、とは?」
僕がそう訊ねると、学園長先生は「彼女達の代わりに、キミが今回の試験から降りるんだ」と言った。
「そして、実技試験で最低でも全校生徒の上位100人以内に入るんだ。無論、予習
なしの1発勝負でね?」
――マジかよ?
「では、もしもそれが果たせなかった時は、どうすればいいのですか?」
「愚問だ。単位が取れず、尚且つ最下位クラスとあれば、残された道はただひとつ」
そしてそこで、初めて学園長先生は怒りを露わにした。
「入学早々の退学だよ、この落ち零れが!」
大きく目を見開き、魔力を開放なさっていた。
「この僕にそれ程までの態度を取ったんだ。嫌というほうがおかしいはずだよ。そうだろう、違うか? 渡良瀬君」
「……おっしゃる通りです、学園長先生」
「それでは決まりだ。キミ達、彼のお陰で命拾いしたね? しかし、あまり調子には
乗らない事だ。解ったね?」
そう言い残して、学園長先生はその場を去られた。
――クソ。
いくら学園長先生のお言葉だとしても、やはり何となく納得がいかない。何故僕が
ペナルティを受けなければならないのだろう? 別に普通に全員であと4日後の実技
試験日を迎えてもいいはずなのに。
「……つまんないの。もう少しで殺せたのに。それもこれも、全部あんたのせいよ?
お兄ちゃん」
そう言って胡桃は僕を睨みつけてきた。いつか見たあの時のような、しかし、その
時よりも殺意の入り混じったその眼差しは、僕に初めてこの妹に対して恐怖心を植え
付けたような気がした。
「何でそんな目で見るんだよ? 一体僕が何をしたって言うんだよ!」
「うるさいうるさい! あんたなんかさっさと死ねばいいのよ! どうせそれが本望
なんでしょ? そうなんでしょ!」
妹からのあまりの暴言故、僕は思わず怒りを露わにしそうになった。だがその時、
「見損なったぜ胡桃!」と、僕ではなく、あやめちゃんがそう口にした。
「こいつはな胡桃? お前の事だけを必死に考えて守ろうとしてんだ! だってそう
だろ? こいつは、自分の能力が何かも解らねぇって言うハンデを背負いながらこれ
からも戦い続けなきゃなんねぇんだ。それなのに、テメェは!」
あやめちゃんは右足を前に出し、そのまま両足を曲げ 腰を落とした。
――拙い、この姿勢は、
「待ってあやめちゃん、今キミがキレたら駄目だ!」
「チッ!」
どうにか踏み留まってくれたらしいあやめちゃんは、最後に胡桃にこう言い残した。
「粋がるんじゃねぇぞ?」
そう言って僕の手を取り、「行こう」と言って、その場を後にした。
「……私の事なんて、何も解らないくせに」
背後から聴こえてきた胡桃のその一言は、どこか憂いを帯びており、且つ今にも泣き
出してしまいそうな、そんな具合いだった。
「歯ぁ食いしばりやがれ!」
教室に戻るなり、僕はあやめちゃんから力いっぱいにぶん殴られた。当然だ。確か
に僕はつい先程この子から庇って貰った形ではあるが、しかしだからと言ってこの子
から許して貰った訳ではないからである。
「いいか渡良瀬? あたしはな? さっきのあんたみたいな命知らずな奴がこの世で
一番大嫌いなんだよ! 解るか? え!」
「……ごめん、あやめちゃん」
謝るしかなかった。本当に、今だけは。
殴られた拍子に少し距離のある教室後方のロッカーに身体をもたれかけていた僕にあやめちゃんは僕の元まで歩み寄り、髪を掴み、「いいか渡良瀬君?」と言った。
「あたしは、あんたのダチとして一言警告しておく」
そう言って僕を抱き、「あんたは胡桃とここを卒業するって言ったんだから、その
約束は絶対に破っちゃ駄目。いいね?」と、優しく慰めてくれた。
「ありがとう」
「……気は済んだか? そこの馬鹿二人」
春風先生が怒るふうでもなく面倒臭そうな声音でそう言った。そうだ、今から筆記
テストだった (僕は受けられないけど) 。
「全くよぉ、いくら10代でまだまだ若いからって、少しくらいは人の目ぇくらい気にしろよな? ほら、さっさと席に着きやがれ」
「はい」
「ふん、
「……おいあやめ、テメェ今何つった?」
「あら、お怒りですか? ではせめて、B、B、A! とでも呼んだほうがよかったですか?」
あやめちゃんがまた春風先生に喧嘩を売り始めた。が、しかし流石に今という今は
もうどうにでもなれと思いつつ、一言だけ、「程々にね?」と言って、少しだけ痛む
後頭部をさすりながら部分の席に戻った。
その後、テスト終了時、僕は再び春風先生によって呼び出された。今度は屋上にだった。
「おい錬磨」
「何でしょう?」
春風先生は両手を腰に当てた姿勢でグラウンドの方へと視線を向けていた。お陰で
この人の細い腰とデカい尻、そしてむっちりとした太ももが安心して拝める。
という冗談はさて置き、僕は春風先生の要件に耳を傾けた。内容はこうだった。
『お前の妹が暴れ出したら、責任取れるか?』
胡桃がそんな迷惑をかけるはずがない。と思いたいし、実際思っていた。でも、今日
先程、ついひとつ前の休み時間にその当の本人である僕の妹、胡桃は幾人かの生徒に
手を上げていた。流石の僕でもそれは見逃せなかった。それでも僕には何の術もなか
ったし、それに……、
「あの、春風先生」
「あ?」
僕は半ば迷いつつ、春風先生にある質問をしてみた。
「僕の能力って、何ですか?」
その質問に対して、春風先生は、「自分でも解んねぇのにこのあたしが知るかよ」
と言ってフンッっと鼻で笑った。だが、
「お前がもし、それを知りたいんなら――」
そう言って僕に向き直り、
「この学園の全員を敵に回す覚悟で、この学園の全員を打ち負かす覚悟で、これから
の試験に臨みな?」
勿論、やれるもんならな? そう言って、「まぁせいぜい頑張れや?」と言って、
春風先生は僕を置いて屋上を後にした。それと入れ替わるようにして、あやめちゃん
が僕の前に現れた。
「大丈夫? 何か変な事されなかった? あの時みたいに」
「うん、大丈夫だよ……え?」
――あの時?
「ねぇあやめちゃん?」
「何?」
或いは僕の聞き間違いだろうとも思いつつ、一先ず、「あの時っていつ?」と訊ね
てみた。するとあやめちゃんは、「この前キミがある部屋で先生と楽しく遊んでた時
だよ」と、恐い笑みを浮かべながらそう言った。
血の気が引いたね……?
暁―アカツキ― 三点提督 @325130
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