第7話 中間試験

 ――とうとうこの時が来たか。

 今日は僕達 Zランクから S ランクまでの中間試験日――ただしS ランク以上に関ては筆記試験は免除となっているようだ――であり僕達はこの5日間――最初の4日は

筆記、最終日は全校生徒での実技である――の試験で、或いはランクが上がる場合も

あれば、逆に下がってしまう場合もあるようだ。そでこそ、まさしく試験というべき

ところかもしれない。

 ――って、そんなふうに呑気にしている場合じゃない。

 僕はあの時の先輩との一戦のせいで身体に傷を残したままの状態であり、いつどのタイミングでまたその傷口が開いてしまうか解らない。故に余り無理はしたくない。

が、しかしこの期間中だと理解していながら無理に応じてしまった僕にも責任というものがあるため、仕方ないと言えば仕方ない。

 ――一先ず入学してから今日までの1ヶ月半――昨日から遡っての数日省く――は

毎日勉強に励んでいた訳だけど、

「大丈夫かなぁ?」

「大丈夫だと思うよ……筆記はね?」

 ――ですよねぇ?

 まぁとにかく、今日はその当日で、且つ今からあと1時間後には開始されるので、

速やかに復習をしておいたほうがいいだろう。

 ――さて、どうしたものか?

 実技なら実技でどこで誰とドンパチやり合えばいいのだろう? 決闘舞台は最終日

にならなければ解放されないうえ、学園長先生からの許可もなく勝手に一戦交えれば

校則違反になるらしいし。

 ――やっぱり筆記からかな?

 そう思っていると、不意に教室の扉が開き、「レンマ・ワタラセという生徒はいる

か?」という、幼い声と共に、やはり見た目も幼い小柄な少女――僕より頭一つ分程

小さいので、大体140センチ前後だろうか?――がクラスの生徒に訊ねながら中に

入ってきた。

「え、僕?」

 その少女は「そうだ」と言って僕のほうまで歩み寄り、「アイリーン・イズ・オーバー」と名乗った。

「クラスは S ランクで、《まぼろし》の魔術師であり、尚且つあらゆるものを映し変える、〈ミラー蜃気楼ミラージュ〉の能力に選ばれた存在だ」

 ――ああ、また最上級特待生の子か。それも Sランクとか。

 そう思いつつ、「僕に何の用?」と訊ねてみた。するとその子、アイリーンちゃん

は、「私と一戦交えろ」と言ってきた。

「……えっと」

 ――それって、つまり、

「……普通に、実技の練習に付き合ってくれ。って事だよね?」

「それ以外に何があるというんだ?」

「ううん、何でもない」

 危なかった。もう少しでもう1人の僕が顔を出すところだった。

「……おいブス」

 あやめちゃんが暴言を吐いた。要するに怒ったという事だ。

「テメェ何勘違いしたんだ、え? 相手が可愛けりゃ誰でもいいのかよこのクズ!」

 こうなりゃごめんなさいの一点張りをするのが得策なため、僕はタイミングを合わせつつ間を置きながら謝り続けた。その間、「こんなのがあの男を倒したとは、私には到底思えないな?」と、アイリーンちゃんは呟いていた。

 ――言ってろ。

「全く。まぁいいさ。それより、許可は既に取ってある。だから私は先に決闘舞台に

いるからお前もすぐに来い。いいな?」

 邪魔したな。最後にそう口にして、その子は教室を後にした。

 ――けっきょく何だったんだろう?

 そう思っている僕に、あやめちゃんはこう言った。

「あいつ、多分ヤバいよ? きっと、ううん、絶対今のキミじゃ勝てないかも」

「えっと、それって本当なの?」

「実はあの子、キミの妹と同じくらい強いって噂みたいだし」

「え」

 ――マジかよ。

「それって、もしかして……」

「これは私が風の噂で聞いた話なんだけど、あの子はこの学園の最上級特待生の1人にして、《いたる》の魔術師でもあるキミの妹の胡桃ちゃんと唯一対等にやり

合える生徒らしいの。だから悪い事は言わないから、今回の勝負は本当に諦めたほう

がいい。ううん、絶対に諦めて」

「で、でも――」

「お前、まさかあたしに刃向かう気か?」

「っ!」

 その目には確かな怒りと威嚇、そして警告を含んだものがあった。

 ――もしもここでこの子に逆らったら、僕はどうなるんだろう?

 何となく恐くなってしまい、且つその威圧に負け、思わず、「解ったよ」と、返答

してしまった。

「本当だな?」

「うん」

「……解った。ごめんね錬磨君。でも、あの子には絶対に勝てないっていうのは本当

だから、もう絶対に近づいちゃ駄目だよ? ……例えまた、あいつのほうからちょっかいかけてきてもね?」

「解ったよ」

 今は本当にあの子、アイリーンちゃんには関わらないほうがいいらしい。そう思い

ながら、半ば仕方なく、中間試験――筆記――の予習をはじめた。

 そして一時間後、

「んじゃはじめろ」

 テスト初日1時間目は基礎能力についてのあれこれだった。形式は単純なイエス・ノーの選択で、問題数は表面且つ100問のみのそこそこ易しい内容だった。

 ――まぁそりゃ、胡桃と勉強してりゃ余裕ですわさ?

 などとタカを括ったのがそもそもの誤りで、僕はこの後、四日後のその日に思い切り後悔する事になる。

 その前兆、予兆として、その日の昼休みに『あるもの』を目の当たりにる。


「先程ぶりだが少し付き合ってくれないか? レンマ・ワタラセ」

 僕とあやめちゃんがいつものように屋上で食事をしている時だった。そこにいきなりアイリーンちゃんが現れ、僕に向かってそう口にしてきた。

 ――誰から教えて貰ったのかな?

 いや待て。もしかしたら。

 そんなふうに思っている僕とは正反対で、あやめちゃんはアイリーンちゃんに向かって容赦ない態度を取っていた。

「アイリーン、テメェこんな時までデートの誘いかよ? それとも何か? 昼食後の

デザートにケーキでもご馳走になろうってか。はっ、贅沢な奴だぜ!」

 下手に放っておけば何をやらかすか解らない状態になる前に、僕はあやめちゃんに

こう伝えた。

「もしかしたらアイリス先輩が教えたのかもしれないよ?」

「アイリス? ……って、あのアイリス先輩の事?」

「そうだよ?」

「……チッ!」

 どうやら落ち着いてくれたようだ。故に僕も僕で胸を撫で下ろしつつ、本題である

この子が来た理由を訊ねてみた。内容は単刀直入に、『僕の妹がヤバイ』。という事

だった。

「待ってよ。それって……」

「だから来いと言っているんだ」

 アイリーンちゃんは相変わらずの上からな物言いで、僕はともかく、あやめちゃんに関しては余程苦手意識――オブラートだ――をもっているらしく、「あたし達の時間を邪魔しやがって」と繰り返し呟いていた。

 ――こりゃ重症だね?

 そんなふうに諦めつつ、僕はアイリーンちゃんに対して、「連れて行って」と言った。

「お、おい渡良瀬⁉」

「ごめんねあやめちゃん。でも、今回だけは急がないといけないんだ」

「それは解ってる。そうじゃなくて――」

「話は済んだようだな? では行こうか」

 アイリーンちゃんは僕のすぐ傍まで歩みを刻むと、その小さな手で僕の手を取り、

あやめちゃんの事など放っぽるかのようにその場を後にしようとした。

「待てよお前ら!」

 慌てて後ろから付いてきたあやめちゃんが、「後で憶えてろよ?」と口にした時は、もう、生きてる心地がしなかった……。

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