第6話 仮説
「くっ」
アイリス先輩との勝負に応じたのはいいが、しかし、やはり防戦一方的というのは
言葉の綾に過ぎず、今現在の僕は先輩の持つ剣によってズタボロに切り付けられていた。それなのに、確かに傷跡はどんどん増えていくにも関わらず、全く以て一切合切全然微塵たりとも痛みを感じなかった。
――まるで麻痺でもしているかのように……
――麻痺?
「どうしたの? こんなものはまだまだの挨拶程度のものなのだけれど?」
「解ってますよそれくらい! それより、もしかしたらですけど、僕の能力が解った
かもしれません」
「……何ですって?」
「恐らくは……」
そこまで口にして、しかしやはり確信が持てず、思わず口ごもってしまった。先輩は僕に、「恐らく、何?」と訊ねてきた。
「……恐らくは、《
痛覚を無視出来る、〈
ます」
「……〈自己麻痺〉、ね? なかなか興味深いじゃない……けれど」
例え能力のお陰で痛みは感じずとも、アイリス先輩はそう口にし、「致死量の出血
だけは免れられないのではなくて?」と訊ねてきた。確かにその通りだ。今の僕は、
痛みこそ感じないものの、やはり何度もダメージを与えられているせいで身体がふら
ついている。
「どうやら私の勝ちのようね?」
先輩はゆっくりとした動作で剣を構え、「さようなら」と言って、僕の腹部を貫い
た。鮮血が迸り、辺りに飛び散った、流石の僕でもその衝撃には耐えきれず、アイリス先輩が剣を引き抜いたのと同時にその場に崩れ、地面に倒れ伏してしまった。
目覚めると、
「あ、お兄ちゃん」
そこは保健室で、僕はベッドにいた。どやら妹が看病してくれていたようだ。
――とは言っても、
「誰が運んできてくれの?」と、胡桃に訊ねると、保健室の奥から「わたくしよ?」
という声が聴こえた。
――この声は、もしかして……、
「どうして、あなたが……」
「勘違いしないでちょうだい。いくら勝負を挑んだからといって、あなたを殺したと
なればわたくしはこの学園を去らなければならなくなる。いいえ、それどころか……
あとは言わずとも解るわよね? 渡良瀬君?」
それじゃあわたくしは失礼するわね。そう言ってその人、アイリス先輩は保健室を
後にした。
「そんな大怪我して、よく生きていられたよね? お兄ちゃん」
「え?」
胡桃の視線はベッドに向いていたので、僕もそこへ視線を向けて見た。するとそこには大量の血がべっとりと付着していた。とは言え、これも今気づいた事なのだが、
僕の身体には包帯が巻かれており、どうやら僕が眠っている間に保健の先生が手当て
をしてくれたらしい。「痛みを感じないのであればわざわざ麻酔はいらないわね?」
そう言って身体の傷を縫ってくれたようだ。
――絶対いつか激痛で泣くな、僕。
そんな事を思いつつも、僕は胡桃に対して、「看病してくれてありがとう」と礼を
述べた。のだが、「私との約束、もう少しで破るところだったね?」と言って、胡桃
は僕を睨みつけてきた。
「どうして勝ち目もない勝負なんかに応じたの? どうしてそんなふうになるまで無理したの? どうして……」
次の瞬間、僕は今までに感じたことのない悪寒を覚えた。
「私を怒らせるの?」
胡桃の身体から金色のオーラが溢れ出していた。
――待ってよ。
「そこまで怒る事――」
「そこまでって何よ?」
「胡桃……」
「約束、したじゃない。死んだりしないでって」
――いや、僕まだ死んでないから。
「……ごめん」
死んでない。そう思ったが、しかし確かに下手をすればそうなっていたかもしれな
い事には変わりないので、今は素直に謝っておくことにした。
「本当に反省してる?」
「うん」
「……」
胡桃はまだ僕を疑っているような眼差しを向けていたが、しかししばらくしてからやっと、「解った」と言ってくれた。そして、「もう少しで中間試験日だから、早く
治してよね? その傷」と言って、胡桃もその場を後にした。
――いや、流石にそれは無理っしょ?
「はぁ」
――やれやれだぜ。
いくら身体は痛くないとは言え、こんな悍ましいものを目の当りにしようもんなら食欲もやる気も失せるっつうの。
そんな事を思いつつ、僕はもう1度ベッドに仰向けになり、何となくぼんやりと、
このごく普通の天井を眺めていた。
――もうひと眠り、しようかな?
茜色の夕焼け空を眺めながら、僕はゆっくりとその重い瞼を閉じ、深い夢の中へと
誘われていった……。
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