第4話 不愉快な通行客
――全く、やはりこの世界はおかしすぎる。
最上級特待生の1人であるこの僕、
なんだが成績は優秀なため、教師からは勿論、先輩や後輩からも慕われているが故、
それが不自由となり、常に癇に障っていた。それがとても嫌で、ある時を境についに
実行に移した。
――僕の能力と皆の協力があれば、この鬱憤は晴れ、尚且つ例えバレてもごまかす
事が出来る。
と、今までであればそう思っていた。だが最近では街の人々の警戒心が強くなり、
いつ誰に通報されてもおかしくはない。そうなれば、流石の僕でもごまかしきる事は
出来ない。
――だとしても、
僕のこの鬱憤が晴れきるまでは、バレる訳にはいかない、無論、やめる訳にもいかないのだ。
「キミ達、構う必要はない。思う存分暴れてくれ」
「はい!」
人々は見て見ぬふりをしているが、果たしていつまで耐えられるか? そしてこの僕自身もいつまでこの鬱憤晴らしを続ける事が出来るか、チキンレースの始まりだ。
「……にへ」
――ありゃりゃ~、こぉれは大変な事になってますねぇ?
――まぁ私にはこのカメラがあるし、少しくらい大騒ぎしているほうが情報屋及び
暁魔術学園第3学年の予習課題としては最適なんですけどねぇ。
「さて、こうしちゃいられませんな」
恐らくもうすぐあの子が来るだろうから、私も私で彼らを見失わないようにしないとね?
「何だよ、これ?」
僕が街に着いた時には見た限りほとんどが瓦礫と化していた。そしてその向こう、
噴水広場に佇む1人の少年が、辺りで暴れ回る複数人の少年少女達の姿を黙々と見守っていた。
――間違いない。奴がこの事件の主謀者だ。
――でも、
そうは思ったが、それでも確信的な証拠がない。もしかしたら彼も彼で怯えて何も出来ずにいるのかもしれないし、または……、
「はぁい、みんなこっち向いてぇ!」
どこからかそんな明るい声と共にシャッター音が鳴り響いた。が、それはどうやらただの写真撮影という訳ではないらしく、「やっぱり来たんだね?」という前置きと
共に、「待ってたよ? 渡良瀬君」と呼ばれ、背後を振り返ってみた。するとそこに
いたのは何やら黒いカメラのようなものを首から下げた、或いは探偵やそこらの人と
いえそうな見たの女の子――三つ編みお下げに太い眉毛、眼鏡にベレー帽といった、
やはりテンプレみたいなやつ――だった。
――どこかで見た容姿だが、まぁ世界にはそういった人が3人はいるっていうし、
別に気にしなくてもいいか。
――いや、それより、
「えっと……」
キミは? と訊ねかけたところで、この少女が3年生のAランクの先輩である事を
知り、さり気なく訊ね直してみた。すると彼女は「
乗り、「《
能力に選ばれた存在だよ?」と自己紹介してくれた。
「よろしくね? 渡良瀬錬磨君!」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
やっぱりこの人も魔術師だったか。そう思っていると、「ところでさ?」と、美優先輩は前置きし、「キミの能力って何なの?」と訊ねてきたので、その質問に対して
僕は、「解りません」と即答した。
「僕には胡桃という1人の妹がいるのですが、その妹が筆記と実技を併せたうえで、
暁魔術学園のトップクラスである S ランクに選ばれたのですが、当の本人である僕
自身は、実技はからっきしで、おまけに筆記も落第点ギリギリでどうにか合格。故に
一体どのようなものを有しているのかは解らないんです」
「……なるほどね」
だからZ クラスなのか。美優先輩はそう呟いた。それと同時に、「よし解った」
と、何かを察したかのように言い、「よかったら私がキミの援護をしてあげるよ!」
と言ってくれた。のはいいが、
『勿論1人でだ』
――春風先生からはそういわれてるもんなぁ?
「あの、本当にいいんですか?」
「いいって、何が?」
「僕、春風先生から1人で倒せって言われているんですけど。それも全員」
「うわ、それは酷いね? でも……」
ほんの少しだけ含み笑いをしてから、「その時は、キミのお友達に任せればいいん
じゃないのかな?」と言って、右手の親指で背後を示した。そこにいたのは、
「錬磨君!」
あやめちゃんをはじめとしたクラスの面々――あくまでも特別学級の面子だけれど――が援軍に来てくれたらしい。その中には巫女ちゃんや、まだ紹介していなかった
けれど、
「みんな来てくれたんだね! でも授業はいいの? もしも春風先生にバレたらまた
……」
「うるせぇっ! あんたは黙ってあたし達に任せてりゃいいんだよ!」
あやめちゃんはお冠だった。無論、その理由は僕にある。恐らくは、本当に1人で
先生の指示に従おうとしたからだろう。
――でも、
こんな僕なんかの為に他の子達まで巻き込んでまで助けに来てくれた事は、やはりとてもうれしく思える。
「……解った。でも、僕に出来る事があったら何でもするから!」
――って、これじゃあ助ける側と助けられる側の立場が逆じゃないか?
などと思いつつ、一先ず僕は美優先輩の元で他の子達の様子を見守り、時折先輩も
行動に移った時にそれについて行くような形――要はに金魚の何とやらである――を取った。
「
あやめちゃんの能力が発動した。これは文字通り任意の場所、または人物の元まで
瞬時に移動出来るというものである。そしてあやめちゃんはその能力を用いて今回の
犯人である少年少女達の目前まで足を運ぶと、容赦なく猛攻撃を仕掛けた。
――あやめちゃんて、本当に恐いんだな?
そんな事を思いつつ、僕は可能な限り美優先輩を見失わないように注意を計りつつ
その様子を窺っていた。
それからしばらくして、
「かはっ!」
どこからか何かが僕の背中にぶつかり、背骨が軋む音がした。どうやら何か重たい
ものが当たったらしい。が、幸いそこまで大きなものではないようで、一瞬前のめりになりながらも、しかし体勢を整えながら背後を振り返り、僕は今背中にぶつかった
それを確認した。
「石」
それは拳ほどの大きさの石だった。こんなものが当たればそりゃあんな衝撃に襲われても無理はない。もっと言えば、頭に当たっていたらと考えると逆に笑いさえ込み上げてくる(恐怖の意味で)。
「ほんと、運がいいのか悪いのか――」
「っあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
向こうのほうで悲鳴が聞こえた。これはあやめちゃんの声だ。
「あやめちゃん!」
急いでそこまで向かうと、そこには悍ましい光景が広がっていた。
――そんな、嘘だろ?
あやめちゃんの細い身体が血まみれになっていた。それなのに傷口は塞がっているのである。
「あやめちゃん、ねぇあやめちゃん、しっかりしてよ、ねぇ!」
僕はあやめちゃんの身体を抱き上げ、脈の状態を確認した。
――よかった。
いや、よくはない。これは恐らく奴の能力によるものだろう。そうでもなければ、今頃は余裕で出血多量を起こしている。その証拠にあやめちゃんの制服は全体が真っ
赤に染まっている。
「多分だけど、この傷を治したのが1人、そしてもう何人かでこの子を襲ったんだろうね?」
誰に向けるでもなくそう口にした時、「ご名答」と、誰かの声が聴こえた。
「そうだ。この僕が、《
「そんな……」
酷すぎる。僕は内心でそう思い、沸き上がる怒りを爆発させた。
「そんなの、ズルいよ!」
「ならばどうする?」
「決まってる。キミの事は、僕が倒す!」
「なるほど……ならば!」
――チッ!
一体僕はどうすればいい? 僕の能力は何だ? 考えろ。そんなふうに自分に言い聞かせているうちにも、奴は容赦なく僕に襲い掛かってきた。
「う……って、あれ?」
――痛く、ない?
「っ!?」
奴は自身の攻撃をまともに食らった状態でその場に佇む僕を凝視している。確かに
驚くのも無理はない。何故なら当の本人たる僕自身も驚きを隠せないのだから。
「……ところで、他の子達は……僕の友達はどこだ!」
確かに僕自身はダメージを受けていないようだが、それを差し引いても、こいつの
ようにダメージと治癒を使い分けられるというある種で強力な能力を持つ相手をこの僕1人で倒せだなんて、本当に先生の頭はどうかしている。馬鹿が具現化したらああ
なるとしか思えないくらいである。
――クソっ! 一体どうすれば……、
そんなふうに思い、ギリっと左手の親指の爪を噛んでいると、
「
「っ!」
どこからか聴こえてきた少女の声と共に、目の前で今僕と対峙している義則が胸を
押さえた。辺りを確認すると、「そんな奴に苦戦するだなんて、あなたも大したことないのね?」という声が聴こえてきた。
「だ、誰だ!」
その声はここからやや離れた建物の上から聴こえてきた。そこに立っていたのは、恐らくは少女だろう、顔は陰になっていて確認しずらかったが、しかしその、腰までの長さのポニーテイルと、丁寧ながらもどこかキツめの口調が特徴的だった。
「人に名前を訊ねるのであれば、まずは自分から名乗りなさい……とは言え、あなたの場合は最早知る人は知るちょっとした有名人だから、私は知っているけれどね?」
そんなふうに、ほんの少しだけ意地悪な事を言ってから、「では改めて」と前置き
し、「
「《
選ばれた存在です。そしてそこにいる彼と同じ最上級特待生の1人でもあります」
どうやらこの人は上級生らしく。クラスは Sランクだった。これなら或いはいける
かもしれない。
「琴葉さん!」
「何かしら?」
僕は真剣な気持ちで、「僕達に力を貸してください!」と強くお願いした。それに対して琴葉さんは、「だから私がここにいるのよ?」と、やや喧嘩腰な態度で言ってきたが、「解っているわ?」と、何か意味深な一言を口にし、「私も、その男の事は許せないから」と言って、軽快な動作でそこから降りてきた。それはまるで、一切の重力を感じさせないような、そんな身軽さだった。とでも言っておく。
そして僕のほうまで足を運び、「おいたはお仕舞いよ?」と言い、奴に向けてその手を伸ばした。
それと同時に、
「彼は致命傷よ。他の奴らも同じ! 倒すなら今しかないわ。やりなさい、錬磨!」
――この声は、
「巫女ちゃん?」
巫女ちゃんは近くの瓦礫に身体を預け、ゆっくりと息を吐きつつおなかをさすって
いた。
――でも、だからって……、
――待てよ?
巫女ちゃんの能力は確か記憶操作だったはずである。
――という事は、
「琴葉さん、後は僕がやります」
「……好きにしなさい」
散々魔力を吸い上げられたこの男は、しかしまだ抵抗するようだったが、最早もう僕には勝てない。
「明後日まで、眠ってろ!」
胸倉を掴み、思い切りぶん殴ってやった……。
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