第3話 噂

「ねぇ錬磨君、キミってさ、こういう話って聞いた事ある?」

 ある日のこと、あやめちゃんから聞かされた、そのとある話。それは、ほんの少し

ばかり迷惑なものだった。


 それはつい数日前から起き始めた事件で、放課後、ある数人組の少年少女が商店街

に現れては好き勝手に暴れ回るらしい。その挙句、最後にはリーダーと思しき1人の

少年がそれらを全て綺麗に片付けて去っていく。というものだった。


「――その人達が、どうやら私達の先輩みたいなんだよね?」

「どうしてそう思うの?」

 僕がそう訊ねたのと同時に、タイミング悪くが現れた。

「おいそこの屑供、ちょっと職員室来い」

 そう、春風先生だ。

 ――また怒鳴り散らされるのかな?

 そんな予感は見事に的中した。


「ぶっ殺すぞテメェら!」

 先生が席に座るなり、片足を組んでそんな暴言を吐いてきた。仮にも女性がそんな事言わないでくれよ。そう言ってやりたかったが、しかしそんな事を言おうものなら

きっとその場で本当にぶち殺されるだろう。

 ――あの時みたいに、ね?

 あの時、

 それは数日前の放課後、

 そう、

 初授業日に先生から呼び出しを食らった、

 あの時だった。


「よう渡良瀬?」

 テンプレートよろしく、教室のドアを内側から閉じ、「お前、あたしに対して何か如何わしい事考えてるみたいだよな?」と言ってきた。僕は可能な限り先生と距離を

遠ざけながら、「そんな事ありませんよ?」と言って全面的に拒絶した。だが先生は

僕の事などお見通しな様子だった。

「だったらお前、そのは何だよ?」

「……?」

「その腰のど真ん中でいきり立ってるぶっといもんは何だっつってんだよ!」

 ちらりとその部分に視線を向ける。

 ――マジかよ。

 自分がヤバい目に遭いそうだというのに、それとは真逆で、もう1人の僕は嬉々と

してそれを望んでいる様子だった。

 ――馬鹿かな?

 ――馬鹿なのかな?

 ――大馬鹿なのかな!?

「そんなにあたしから虐めてほしいってんなら、お望み通りにしてやるよ。なぁ?

……渡良瀬錬磨!」

 一瞬でゼロ距離まで間合いを詰められ、先生のその真っ白くてむっちりとした長い脚で蹴り飛ばされた僕は、床に叩きつけられるように倒れてしまった……のだが、

 ――痛く、ない?

「っと、悪いな。痛かったら勘弁しろよ? と言っても、そんなはずはないんだけどな?」

 あたしの能力アカツキである、〈無傷ノーダメージみ〉の効果によってな? そう言って、「そんなにあたしとアソびてぇんなら、お望み、たっぷり

可愛がってやんよ」と言って、僕のブツを力いっぱいに踏みつけてきた。

 ――痛くない、それなのに……、

 じわじわと変な気分になってくる。こんな場面を誰かに見られようもんなら、僕はもう生きていけない(言葉の綾だけど)。

「……おいおい、何だよお前? まさか、たかが足で踏まれたくらいで……」

「それ以上言わないでください!」


  ――もう、本当に死にたい(精神的に)。

「全く、いくらあたしがいないからって好き勝手しやがって。それに何だ? 授業をサボっただ? お前らほんとバッカじゃねぇの? 頭沸いてんのかよこの屑供が!」

 散々言いたい放題言われた挙げ句、「1週間停学処分、勿論宿題3倍増しでな」

と言ってきた。

「はぁ!?」

「はぁ? じゃねぇっつってんだろ! 立場弁えろ立場! テメェらは授業放っぽって遊び惚けてたんだ。これくらいの処分で済んだだけでまだマシなんだよ!」

「……っ!」

 認めたくはないがその通りだった。故に僕はこれ以上食い下がることが出来ず、

「解りました」と言った。そしてあやめちゃんの手を取り、「行こう」と言ってその場を後にした。


「……何か、ごめんね? 私のせいでこんなふうになったみたいで」

「ううん、大丈夫だよ。それより……」

 気分転換に屋上に来てみたはいいが、どうやらタイミングが悪く、先客がいるよう

だった。

 ――女の子?

 限りなく白に近いピンク色の綺麗な長い髪を靡かせた状態で僕達に背を向けた1人

の少女がそこにいた。

「あの子って、何年生だと思う?」

「私達が知らないんだから、きっと上級生だよ」

 ――上級生か。

 ――いや、決めつけるのは早い。

 僕達の学園では制服の袖の色が学年、そしてそのラインの数がクラス、更にその形がランクというふうに分かれており、僕達の場合は色は黒でラインは一つ、そして形はそのまま。といった具合だ。

「ちょっと声かけてくる」

 あやめちゃんにそう言って、僕はその少女の元へ歩み寄った。

「こんにちは。キミもここが好きなの?」

 僕が声をかけると、その女の子は、「渡良瀬錬磨君、ですよね?」と、振り向きも

せずに言った。半ば驚いた僕だったが、しかし、或いはこれも一つの能力であれば話が早いと思い、「ご名答だよ」と言った。

「キミの名前と、よかったら学年とクラス、そしてランクも教えてくれないかな?」

 そんなふうにやや矢継ぎ早に質問してしまった僕だったが、しかしその少女は拒む

ことなく快く応じてくれた。

「私の名前はべリエル・D・ラヴ。 A A A ランクに所属し、尚且つこの学園の模範と

謳われる、最上級特待生ベスト・スチューデンツの1人にして、《みる

の魔術師であり、〈状況観測ウォッチング〉の能力に選ばれた存在です」

 どうぞよろしく。そう言って振り返り、その小さな手を差し出してきた。どうやら握手を求めているらしい。

「こちらこそ、えっと、よろしく……お願いします」

「敬語じゃなくていいですよ。普通に話して?」

「それじゃあ、えっと、ラヴ、ちゃん?」

「ベリルと呼んで?」

「ベリル、ちゃん」

 そんなふうにしている僕達を見ていてどう思ったのか、背後のほうであやめちゃん

が、「仲がよさそうで羨ましいね!」と言って唐突にキレはじめた。

 ――この子ってホント、すぐ怒るよね?

「何よその目は?」

「いいや、別に」

 ――そういえば、

 先程ベリルちゃんが何を見ていたのかが気になり、それについて訊ねてみると、「再び騒動が始っています」と言って、両目を伏せた。どうやらそうする事によって

文字通り状況を把握する事が出来るようだ。僕はそれについて詳しく訊ねてみようとしたが、ベリルちゃんが、「静かに」と言って僕の言葉を制した。

「どうやら多少人数が増したようです。そうですね、全員で7、8人でしょうか?」

 ――8人か。これはキツいだろうね(倒せって言われた奴にとっては)?

 ――ま、僕には関係ないけどさ?

 その時、

「渡良瀬!」

「ひっ!」

 そこに現れたのは春風先生だった。先生は肩で息をしながら僕にこう言った。

「お前、少し痛い目見てこい」

「……は?」

「だから返事は「はい」だっつってんだろうが!」

 今の先生はどちらかと言えば怒っているというよりは笑っている、或いは少しだけ

いい意味で興奮しているような感じにも見えた。果たして一体何がどうしたと言うのだろう? そう思い、訊ねてみた。すると先生は思わぬ一言を発した。

「今巷で噂になってる器物損害の事件。お前も解るよな?」

「はい、まぁ」

「その犯人がうちの生徒だってっ事が解ったんだよ。だから、お前からはそいつらを

ボコってきて貰う。勿論1人でだ」

「はぁっ!」

「だから返事は……とにかく行ってこい! 倒したら単位贈呈と同時に宿題もチャラにしてやるから! 解ったな!?」

 そう吐き捨てて、「あぁクソ、マジで怠いっての!」と、やはりどこか楽しそうに

大声で言いながら去って行った。

「……へ」

 ――一体僕に、どうしろと……?

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