第2話 初授業

 午前8時、実質登校日初日の今日、クラスへと足を運んだ僕に、席へ着いてすぐ、「おはよう、錬磨君」と、隣の席の女の子が声をかけてくれた。

「あ、おはよう。あやめちゃん」

 この子の名前は西城彩芽さいじょうあやめちゃんで、昨日の入学式で出会った時から友達になり、今に至っている。

 この子はとても素直で可愛く、両耳が隠れる程度の長さの水色の髪と真っ白な肌、

そして僕よりも頭二つ分程背が低い、高校生としてはかなり幼げな、小柄な体型――

まぁ僕自身も160センチ程しかないが――が特徴的な、そんな女の子である。

 ――下手したら、或いはロリコン供がわんさか寄ってたかってキャッキャうふふな

状態に……、

「ところで錬磨君?」

「へ……あ、何?」

 あやめちゃんは改まったような態度で僕に視線を向け、「改めて、これから3年間

よろしくね?」と言ってくれた。それに対して、僕も僕で「こちらこそ」と言って、

そこでホームルームの時刻を知らせるチャイムが鳴り、それに五分程遅れてあの人が

現れた。

「あーいお前ら席に着け〜」

 ――昨日の今日でよくもまぁ同じことが言えるよ。

 この先生のせいで昨晩は3回もお手手の運動会をしてしまった。そのせいで身体の

ある部分が痛い。とは口が裂けても言えるはずがない――特に先生の前では絶対――

ので、とりあえず今は平常心のふりをして、今夜また、帰宅したらあの先生をネタに

一発ぶちかます次第である。

 ――バレたら本当にぶち殺されるんだろうな?

「おいテメェ、まさか昨日に続いてまたあたしの事見て何か変な事考えてんじゃねぇ

だろうな?」

「へ? そ、そんな事ありませんよ! 変な事言わないでください!」

「……お前、放課後憶えてろよ?」

「何で?」

「何でじゃねぇ、返事は「はい」だ……解ったな?」

「……はい」

 ――嫌な予感しかしない。

 そんなこんなで出席を取り終えるなり先生はやはり気怠そうな態度で頭を掻きつつ

その場から立ち上がり、「1時間目はあたしが受け持つけど、その前に怠いから少し自習な?」と言って、「あーマジ怠いわぁ」とぶつくさ言いつつ教室を後にした。

「けっ、何が怠いだよ? ふざけんじゃぇよ年増が」

「……?」

 ――今どこから聴こえた?

 というのは言葉の綾で、それは僕の隣の席から聴こえてきた。そう、あやめちゃんのほうからである。

 ――まさかこの子が?

「ねぇ、あやめちゃん?」

「何?」

「えっと……」

 ――まさか、ね?

「……まだ早いけど、お昼になったら、一緒にご飯でもどう?」

「うん、勿論いいよ」

 次の瞬間には元のあやめちゃんに戻っていた。

 ――やっぱり聞き間違いだったのかな?

 ――まぁ、そうだよね?

 そう思っていると、

「あーそうだ」

 そう言って、春風先生が戻って来た。

「渡良瀬と西城と――」

 そんなふうに僕達を含めた5人が呼ばれ、「お前らは特別教室な?」と言われた。

「は?」

「は? じゃねぇよ。上が決めた事なんだから仕方ねぇだろうが。とにかくそういう

事だから、解ったな?」

 そう言って、今度こそ先生は教室を後にした。

 ――特別教室、ですか。

 僕達の所属するZクラスのすぐ後ろの空きクラスが、先生いわく次から僕達5人の

教室らしい。なんと身勝手な。とは言っても、決定してしまったものは仕方がない。              

などと言っているうちに、1時間目の授業を終えるチャイムが鳴り響いた。

 ――仕方ない、行くか。


「ここが特別学級教室か」

 机や椅子はまだ教室の後ろに下げられており、前半分だけが綺麗に空いている状態

だった。要するにそこからランダムに人数分用意しろ。という事だろう。などと思いつつ、早速僕達みんなで適当な机と椅子を選び、一先ずは思い思いの場所にそれらを

配置し、席に着いた。

 15分後、僕らの教室に一人の綺麗な女性が入ってきた。その女性は黒く長い髪と顔にかけた楕円形の眼鏡、そして気が強そうながらもどこか幼い面持ちが特徴的な、

それなりに背の高い人だった。

「はじめまして。朝比奈果歩あさひなかほです。受け持ちの教科は基礎音楽で、

主に黒板を用いた授業となります。簡単に言えばに楽譜についてのものですね」

 さて、その前に。と前置きし、「皆さんからも自己紹介をして貰いましょうか」と

言ってきた。それに従って、僕達は1人1人出来るだけ短く挨拶を述べていった。

「――よろしくお願いします」

 最後にあやめちゃんからの自己紹介が終わった時点で授業が開始した。

 ところで、今日この時間から授業を教わることとなったこの果歩先生についてもう

少しだけ詳しく紹介するのであれば、この先生は《かなで》の魔術師にして、

絶対音感メロディアス・オブ・旋律師マエストロ〉という能力に選ばれ

た存在らしい。そしてその授業は、先程の説明にもあったように黒板に様々な音楽に

用いられている楽譜の面をチョークで書き、自身の魔力を用いて文字通りその音色を

僕達に聴かせつつ、それが出来た時代や由来なども教えてくれるというものだった。

「――つまりこの部分は……」

 唐突に説明が止まる。果たしてその理由は、

 ――あ、ゴキブリ。

 実は僕達の人数の関係上、先生と僕達の位置は目と鼻の先であるため、それがすぐ

目に入った。という訳である。先生はそれを目の当たりにして、

「……」

 身を縮こませつつ、わなわなと唇を震わせていた。そして、

「む」

 徐々に顔面を青ざめさせていった。

「むむむ、虫ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 先生の叫び声が教室中、いや、或いは全校に響き渡っていた。その証拠に所々から

「一体何事か!」や、「何々不審者?」と言いつつ授業を中断した形で僕達の教室に

駆け込んできた生徒や教師の視線が一斉にこちらに集まってきた。だが、その原因が

たかが虫1匹程度のものだと知った野次馬連中は、今度は、「何だよ」や、「つまん

ないの」などとと言いつつ、1人、また1人と教室、またはいずこへと戻っていき、

最後に残っ男性教師から、「紛らわしい真似は今後一切しないでください」と注意を

受けていた。教師は「全くせっかくの初授業が台無しだ」とブツクサと文句を言い、

その後、幾分か落ち着いたらしく、最後に、「いいですね?」と言って、教室を後に

した。

「……何で私が」

 果歩先生も果歩先生でぽつりとそう呟き、「すみませんが、後は自習にします」と

言って、足早に教室を後にした。

 ――意外とメンタル面弱いんだな? この先生。

 内心でそう呟き、何となく、「はぁ」っと溜息を吐いてみた。

「やれやれだぜ」

「本当だよね?」

「あ、あやめちゃん……」

 あやめちゃんは先程に引き続き苛立ちを覚えているらしく、片肘をついてもう片方

の親指の爪を噛んでいた。

 ――この子もこの子で怒ると恐いんだな?

 ――いろんな意味で。

「あぁあ、つまんない。錬磨君、授業サボっちゃおうよ?」

「え?」

「いいからほら、行、く、よ!」

 腕を引っ張られ、その流れで教室を後にした。


「ん?」

 廊下を歩いていた時、偶然窓の外に視線がいき、中庭であるそこに見えたのは、 

 ――胡桃?

 木陰で読書をしている妹の姿が見えた。僕達も人の事は言えないが、果たして授業

はどうしたのだろう? まさか優等生の1人である妹がそんなふうに自主的にサボる

はずはないと思うのだが。

「どうしたの錬磨君? 窓の外に誰かいたの?」

「え、あ、うん。ちょっとね。僕の妹が、ね?」

「胡桃ちゃん、だっけ?  S ランククラスの」

「うん」

 そう言いながら、再びそちらのほうを向いてみた。のだが、

 ――あれ?

 そこにはもう既に胡桃の姿はなかった。見間違いという訳ではないと思うのだが、

何故このような時間に僕達以外に妹の胡桃がいたのだろう?

 ――やっぱりあいつも自習だったのかな?

「まぁいいや」

「何が「まぁいいや」なのよ?」

「ん? ああいや、別に」

 そんなこんなで、僕達二人は屋上まで足を運び、残り時間を適当に過ごした……。

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