第3話

 意味を理解したアレックスとカインがレイを見るとそこには見るも無残な英雄の姿があった。

 盾を構えていたはずの左手は肩口から吹き飛び、アレックスの足元にはレイが装備していたはずの純白の盾がひび割れて転がっていた。さらに身につけていた鎧は砕けて使い物にならず、火傷を負った上半身が露出している箇所もある。まともな人間であるならばすでに死んでいるであろう。


「何この程度はまだかすり傷だ。そんなことよりアレックス、カイン。お前たちに大事な話がある。よく聞いて欲しい」


「嫌だよ! 死んじゃだめだ。レイ!」


「信じたくない。レイさん! 嘘だと言ってよ!」


「もう時間がない! 聞いてくれ!」


 悲痛な英雄の姿を目にしてついに泣きじゃくるアレックスとカイン。その二人を怒鳴りつけてレイは話を続けた。


「これからお前たちに俺が持つ光の力の全てを譲り渡す」


「そんなのだめだ。それじゃレイさんが死んじゃうよ!」


 レイの突拍子もない話にカインは否定をするが、アレックスは流れ出る涙を必死に堪えて口を噤んでいる。


「何そんなことは気にするな。俺は元から死人だ。奴の言う様に錆びついちまった体を魔法で補って無理やり動かしてる。それに俺もただで死ぬつもりはない。お前らがここから生き延びて強くなるだけの時間は稼いでやるつもりだ」


 ここにきてもレイの笑顔は崩れない。そして――


「わかった。俺、やるよ。レイ」


「なっ! アレックス! それがどういうことか分かってるのか。俺たちが勇者レイを殺すことになるんだぞ!」


 アレックスはそれを受け入れた。それを聞いたカインは驚愕に目を見張るがレイは優しく微笑んでいる。


「ありがとう。アレックス。今日お前と出会えたことを俺は精霊様に感謝するさ。カイン、お前にも頼めるか?」


 レイの真っ直ぐな瞳。青く澄み渡る空の様な瞳はカインの悩みなんて全て忘れさせてしまうほどに優しさと強さに満ち溢れていた。カインは震える手を固く握りしめて答える。


「……いいよ。やるよ。やればいいんだろ!」


「ありがとう。じゃあ、アレックスは盾をカインは剣を持ってくれ」


 言われた通りにアレックスは盾を拾い、カインはレイの元まで剣を受け取りに行った。だが、所詮子供の彼らには重くて到底持ち上がらない。そう思っていたがどちらの装備も羽の様に軽く持ち上がってしまった。


「それらは俺の力の具現化みたいなものだ。どうせなら鎧もやりたかったんだが、生憎おしゃかにしちまったからな。今からそれをお前らの心とリンクさせる。そのあとは俺がお前らをどこか遠い場所まで飛ばす。いいな?」


 レイの確認に二人は強く頷くとギュッと装備を握りしめる。


「俺を守護する三聖霊がうちの二聖霊よ。今このときを以てお前らの主人はその子供たちになる。俺が丁寧に教えてやれる時間はないから後はお前たちに託す」


 そう言うと二つの装備は光の粒子となって崩れていきアレックスとカイン、それぞれの胸の内に溶けていった。


「んじゃ、お別れだ。何か言い残したことはあるか?」


 レイは今も笑顔のままだ。


「アレックスともお別れなんだよね?」


「まぁ、そうなるな」


 カインの問いにレイは歯切れが悪そうに答えた。


「そっか……アレックス、まさかこんな形でお別れだとは思わなかったけど。俺は絶対に夢、叶えるよ。勇者になる」


 普段の呆れ顔からは想像もできないほど強い光に溢れた瞳は真っ直ぐに親友のアレックスを射抜いていた。


「うん。俺もなるよ、勇者。レイにも負けないくらいの勇者になるよ」


「おう! 頑張れよ。ちびっこ共」


 レイはわしゃわしゃと豪快にアレックスとカインの頭を撫でつけた。


「世界を頼むぜ、アレックス、カイン。光魔法【回帰】」


 たちまちアレックスとカインの体を光が包み始めた。


「カイン!」


「アレックス……」


「俺はお前に絶対負けない! どっちが早くフォルプトを倒すかの勝負だからな!」


「俺も負けないさ。パン屋になりたくなったらいつでも言いな。世界は俺が救っておいてやるよ」


「大丈夫。この夢は絶対に変わらないし、絶対に叶える。そして俺は世界一の勇者になる」


「なら、俺も世界一の勇者になる」


「約束だぞ」


「あぁ、約束だ」


 光の中に二人は消えていった。

 そして、ここ王都キャンベルには勇者と大魔王だけが残された。


「やれやれ、そんなことしても無駄だというのが分からないんですか? 私にかかれば世界中からあの子たちを探すことなんて容易いというのに」


「じゃあ、なんでお前はとっとと殺せそうな俺とちびっ子達に襲い掛かって来なかったんだ?」


 レイは膝についた汚れを払いながら立ち上がった。


「だって、そりゃ――貴方がそうさせなかったからでしょう?」


 フォルプトは嫌な汗を拭う様に額を撫でる。そして、やっとレイが放っていた強大な殺気から解放されたとばかりに肩を鳴らす。


「よくわかってんじゃねぇか。これからは大人の勝負だからな」


「やれやれ、死ぬ気のニンゲンほど怖いものはないんですよ。下手したら火傷しかねない」


「火傷で済むとでも思ってるのか?」


 レイは先ほどまで浮かべていた笑顔はどこへやら鬼の様な形相でフォルプトを睨みつけていた。


「俺はお前を殺すつもりでやるから、お前も全力を出せよ。じゃないと死ぬぜ」


「もちろんですよ。勇者相手に手心なんて加えていたら命がいくつあっても足りないですから」


 両者の闘気で世界が悲鳴を上げていた。これは終わりの始まりに起きた勇者と大魔王の壮絶な戦い。しかし、この戦いは物語の一ページ目に過ぎない。世界はこれから破滅へと向けて徐々に加速を続けていく。それを食い止められるのは勇者レイ・フーリンガンから力を受け継いだアレックスとカイン、そしてまだ見ぬ盟友たちのみである。


 この世界の終わりが幕を上げる。


「レイ・バスタアアアアアアアアアアァッ!」




 この日王都キャンベルは地図上からその姿を消すこととなった。

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