第6話 聖祖廟
「後藤信二さんが……出社されていない?」
あの襲撃の後で美波が処方した
とはいえども、心配だから後でしっかりとした
「無断欠勤が2日か……。もう、
美波の店にカレーを食べにきていた
彼女としても、こんな形で終わるのは納得がいかない結末だった。
せっかく助けてやった相手が、自分の目が届かない場所で死んでいることは許しがたかった。
「殺られてはいないわ。生命の波動は感じられるから……」
美波の返事に美星は怪訝そうな表情を浮かべた。
「渡した
「位置……か……」
少し考え込んだ美星は、残っていたカレーを一気に口にかき入た。
「美星! お行儀悪いよ!」
「出かける。店、閉められる?」
「どこに行く気?」
「大久保の
◆◇◆
歓楽街として賑わう新宿歌舞伎町と、コリアンタウンとして知られる新大久保の境目付近のビルの中に、その
ビルの外観は古びた雑居ビルの一棟で、誰もそこにそんな施設があるとは思っていない。外から見ると、せいぜい屋上に中国風の小さな廟が建っているのが見える程度だ。だが、最上階に位置する7階は全フロアを使った道教寺院になっており、東京にいながらにして異国情緒を感じられる場所になっていた。
「ここが噂の聖祖廟……」
まさか信徒でもない自分が中に入れると思っていなかった美波は、その煌びやかに飾り立てられた内装に驚きを隠せなかった。
そう、ここは道教の一般信徒のための施設ではなく、術士を生業としようとする道士たちのための修行施設だったからだ。
「
エレベーターを降りてすぐ、一人の道士が待っていたように美星と美鈴を出迎えた。
いや、彼は二人を待っていた。
美星はあわてて跪き、右手の拳を左手で包んで挨拶をする
「美星。そのような堅苦しい仕草はお前には似合わんよ。今日、この時間にお前が訪ねてくると卦が教えてくれていた。だから出迎えたまでだ」
似合わないと言われた美星は傷ついた様子で、渋面を作って後ろに控えていた美波を見たが、美波は彼女の期待を裏切り、ウンウンと周道士に同意するように頷いてみせた。
「追い討ちかけないでくれる?」
「じゃあ、救いを求めないでくれる?」
二人のやりとりを聞いて、周道士は苦笑した。
周道士の年の頃は50代くらいだろうか? 痩せて神経質そうな印象を受ける眼鏡をかけた男性だった。
「聖祖廟にようこそ、
「ありがとうございます。
美波は軽く頭を下げるのもソコソコに、美星は話を切り出した。
「周師叔。
「どのような理由で?」
「人命がかかっております。縁あって、これまでに二度、その男性の命を
そう説明されて周道士は好奇の表情を見せた。
「その男は、美星の恋人か?」
「まったく違います! 偶然、呪詛に襲われた所を助けて、偶然再会した赤の他人です。コレっぽっちも好意のコの字も持っていません」
本来なら、照れてそんなことを言って誤魔化しているとツッコミがはいりそうな台詞だが、美星の場合は1グラムの照れも怒りも恥ずかしさも浮かんでいない完全な無表情で、淡々と吐き捨てるように言ったものだから、周道士もその言葉に相違ないだろうと思うしかなかった。
「で、その男の名は?」
周道士は近くのテーブルに
筮竹をしならせる音。そしてそろばんを弾く音がバチバチと部屋に響く。美波としてはこんな算術のような占い方法は初めてだったために驚きの連続だった。
しばらくそんなバチバチした音が響き続け、ピタリと止んだ時、周道士は腕組みし、机の上に並べられた筮竹とそろばんの結果を見て唸りをあげた。
「どうなのでしょう?」
「この男……護られているが危険に晒されているな。しかも、守り手は
魔術師と聞いて美波の眉がピクリと動く。
魔女ならともかく、魔術師が最近この界隈にいるとは聞いていない。
「どこにいるのでしょう?」
「身近な場所……高田馬場だ」
新宿から北に二駅。池袋から南に二駅という微妙な位置。信二の通勤地域とも居住地域とも異なるそんな場所に、なぜ彼がいるのかわからず美星も美波も首を傾げるしかなかった。
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