第2話:凄い歌声




 兄のコレクションの中に、前来た時にはなかった一枚のCDがあった。

 どうやらインディーズバンドの自作レーベルのようで、真っ黒な表紙に小さくPhantomというロゴだけが浮かんでいる。

 兄は音響マニアでもあるので、デッキにも並々ならぬこだわりを持っていた。

 うちはソコソコ裕福な家庭なので個人の部屋もまあまあ広いのだが、コレクションルームとは別に間仕切りしてある、もう一つの部屋があり、そこは小さいながらもミニシアターのような空間で、秋良はミニシアターにある座り心地の良い兄の椅子に座って、最近では珍しいゴツいデッキにそのCDをセットする。

 デッキから伸びる高級イヤホンを耳に当てると再生ボタンを押した。

 どこか物悲しい旋律が流れ、秋良は目を閉じる。


(これは期待出来そう)


 いい曲である予感がしてワクワクした。


 そしてーー。


 最初に歌い上げたのは、とても美しい鳥の鳴き声だった。


 よくよく聞いてみるとそれは女の子の声で、秋良はその人間離れした声に圧倒されてしまった。


(これでデビューしてないのか!)


 そのバンドは男女混合のボーカルを採用しているらしく、男性の方も渋い良い声だった。


 音や声の洪水に巻き込まれるーー。


 何度もリピートして、頭が割れそうなくらいに痛くなってきた時、耳からイヤホンが外された。


「秋良」


 見れば、いつの間にか兄の春樹が帰ってきていて苦笑していた。


「春兄……」

「これ、聞いたのか」


 春樹は秋良の手のそばに置いてあったPhantomのケースを手に取った。


「凄いバンドだろう?」

「うん。この実力でインディーズなの?」

「メジャーデビューは決まっていたんだけど、デビューする直前にメインボーカルである女の子が交通事故で死んでしまったんだ」


 秋良は衝撃を受けた。


「この子が死んだ……?」

「誰もが羨む綺麗な声だったんだけどね。アキは」

「アキ?」

「そう。名前もだけど、色素が薄い所なんかが、お前に似てたよ」


 春樹は思い出したように微笑むと、秋良の柔らかい栗毛色の髪の毛をクシャっとかき回した。


「春兄はアキさんのこと知ってるの?」

「アキの兄貴と友達だからね。Phantomのシュウ……男性ボーカルの方だよ」

「シュウさんと春兄が友達?」

「うん。……秋良、今でも高音って出るのか?」

「え? うん、多分」

「ちょっとだけアキの真似してみてくれないか?」

「いいよ」


 秋良は音に対する記憶力が半端なかった。

 一度聞いたら完コピできるくらいに。

 とは言え、Phantomのアキの声は人間離れしてるくらいに恐ろしく高い。


 秋良は「あー」と一度、声に出せる音全てを低音から高音まで口にする。

 それを傍で見ていた春樹が目を見張った事に秋良は気付かなかった。


「始めるよー」

「ああ」


 秋良は先程聞いたばかりのPhantomの気に入った一曲を丁寧に歌い上げた。

 アキは歌声自体は凄く綺麗だったが、微妙に音を外していたりするので訂正しておく。


(うん。完璧!)


 声変わりして声に深みが出たような気がして一人満足する秋良に、聞き終わった春樹が詰め寄った。


「悪いが、秋良。それ、シュウの前で歌ってくれないか?」

「え? 良いけど」

「じゃ、用意するから十分後に玄関で」

「え、今日?」

「一刻も早く聞かせてやりたい。シュウは寮生なんだ。今なら間に合う」

「う、うん。わかった」


 家からそれほど遠くない場所にある蒼葉学園は幼稚園から大学までのエスカレーター式の学校で、兄や姉のように高校から一般入学しようと思うと、偏差値が恐ろしく高い。

 平凡な成績の秋良は蒼葉学園には縁がないだろうと思っていたのだが、兄と一緒にこうして蒼葉学園の正門に来ていた。

 門には当然のごとく守衛がいて、春樹の姿を認めると「広瀬様。お待ちしておりました」と二人の大人が恭しく敬礼してくる。


(学生に様付け!)


 驚いたが、兄は生徒会長だから、そんなものなのかな? とも思う。

 話に聞くところによると、この学園は凄く特殊な学校らしいのだが。

 自分には縁がないと思っていたので、兄や姉の言葉を右から左へスルーしていたかもしれない。


「ありがとうございます」


 春樹が守衛から受け取ったのは入校許可証だった。

 許可証を秋良に渡すと、春樹は颯爽と歩き出す。


「いってらっしゃませ」


 にこやかに見送ってくれる守衛にお辞儀すると、秋良は兄の背中を追った。




※※※




 まるで広々とした公園の中を歩いているようでキョロキョロと辺りを見渡していると、通り過ぎる学生たちが例外なく全員、春樹の為に道を譲り「広瀬会長。お疲れ様です」と声をかけてお辞儀をしていく。

 兄も「帰り道、気をつけて」と一人ずつに声をかけながら、優雅に歩いていく。


「春兄って凄いんだね」


 こそこそと小声で言うと、春樹は苦笑した。


「凄いって言ったら、俺より夏海かな」

「夏姉も凄いの?」

「アイツは特殊だから」


 春樹は珍しく煮え切らないような複雑な表情を浮かべた。



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