録画
「わっ! わっ!」
幼い娘が木漏れ日の坂道を元気に走っていく。私はそれを上下左右に揺れて追いかけた。枯れ草と、小石と、小枝と、ドングリを踏む小気味よい音が届いて、
「あんまり遠くにいっちゃダメよー!」
私は眉を
「寒い?」
「ううん、平気」
私はじっと妻に視線を合わすと、その長くしなやかな黒髪に付いた枯葉を摘んで取った。
「ん? あっ……ありがと」
妻はその頬の赤みを増して今度はとろんとはにかんだ。私は視線を逸らして、金の銀杏の並木道を流し見た。近くを流れる川に
道の先から大きめの犬の鳴き声が聞こえて視線を向けると、娘が散歩中の犬と戯れているのが小さく見えた。パタパタ足踏みする一人と一匹は、木漏れ日を踏もうと下手にステップを踏んでいるようだ。
バケット帽を深く被った飼い主はそれをじっと見て立ち尽くしている。私は上下左右の揺れを激しくさせて少し早足になる。
「どうもこんにちわ」
「ああ、どうも。お父さんですか?」
「ええ、すみません。わんちゃんと遊んでたの」
「うん! わんちゃんいた!」
「良かったねぇ」
犬は私の足元に擦り付いてぐるぐると回ると、ひとつ吠えた。
「人懐っこいんですよこの子」
「あはは」
娘が犬のぶかぶかな毛並みを非力に激しく撫でると、犬は娘のほんのり赤くなった頬を舐めた。
妻の足音に私は明後日の方を向いていた視線をそちらに向けた。
「どうもこんにちわ。わー可愛いわんちゃん!」
飼い主の女性は微笑んで軽く会釈すると犬に夢中な娘と妻を見つめる。私も同じように二人に視線を落とす。日の傾きが出て来たのか木漏れ日が無くなって長い光と影になっていた。
「すみませんありがとうございました。ほら、二人ともそろそろ行こうか」
「えぇー!」
娘はムスッとして座り込んだ。その髪を座り込んだ妻が撫でる。
「お腹すいたろ? そろそろご飯の時間だよ」
「やっ! あとちょっと!」
「すみません」
「いえいえそんな。この子も嬉しそうですし」
私は少し唸ってからキラキラと光る川に架かる小さな欄干の無い橋を指さした。
「じゃあ、あそこの川までわんちゃんと競争しようか! わんちゃんはすごく足が早いんだよ」
「そうなの?」
「ゔぉふ!」
娘と犬が戯れているのを横目に私と妻は並んで「ありがとうございました」と飼い主に会釈した。飼い主も深々とお辞儀して「いえいえこちらこそ」と笑った。
「よーし。位置についてー、ヨーイ、ドン!」
娘が勢いよく走り出して反対方向に飼い主と犬は歩き出す。私は娘の背中をじっと見つめて歩き出す。
娘が橋について、背後を振り返って橋から浅い川へベシャリと落ちたところで、ブレる視界の中の私の記録は終わっている。
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