さよなら風たちの日々 第2章ー2 (連載3)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

さよなら風たちの日々 第2章ー2



             【4】


 見上げるとむき出しの鉄骨梁の天井に、無機質な水銀灯がUFOの大編隊のように取り付けられている。

 天井がドーム型になっている体育館。弾力性のある床には、白や黄色のペンキで、バレーボールやバスケットボールのコートが描かれており、体育館正面には簡単なステージ。そしてその反対側には折りたたみ椅子や机、運動用具などを保管する倉庫。さらにこの体育館の両側面は、中二階構造の観客席が設けられている。

 普段はここで体育の授業をしたり、バレー部、バスケット部、卓球部などの運動部が練習したり、試合をしたりするのだ。

 そこがその日の身体測定会場だった。


              【5】


 ぼくと信二が体育館に入ると、すでにそこには机、椅子、各種測定機材が運び込まれ、何かのイベント前のようなあわただしさになっている。

 ぼくと信二も急いで机と椅子を並べ、肺活量測定器、記録用紙をセットした。

「おまえが操作係、おれが記録係ね」

 そうすれば新入生の名前、全部わかるから、特に可愛い子ちゃんのね、と信二が笑いかける。ぼくはそれが狙いかよと、なかばあきれ返りながら、指ピストルで彼を撃つ真似をした。

 準備が終わると、あとは新入生が来るのを待つばかりだ。ぼくたちはそれまで、たわいもないおしゃべりをしながら、新入生たちが来るのを待った。


               【6】


 やがて新入生たちが、少し不安そうな顔をしながら体育館に入ってきた。

 信二が顎をしゃくって、ぼくに合図。それから大きな声で、

「はい、はい。こっち、こっち。肺活量はこっちですよ」と新入生に向かって叫んだ。

 その声はぼくがびっくりするほどの。大きな声だった。

 初々しい顔、あどけない顔、あらゆるものに興味津々という顔。それらの顔はいずれも新しい高校生活に目を輝かせ、希望に胸をふくらませている顔だった。

 しかし、しわひとつない制服がまだ、身体に馴染んでないからだろうか。それとも

新しい環境に、緊張しているからなのだろうか。男子生徒も女子生徒も、その動きがどことなくおどおどしていて、ぎごちなかった。


               【7】


「はい。これを口に当てる」

 管の付いたマウスピースを新入生に差し出し、ぼくは言った。

 肺活量測定器は、水槽に半円筒形のドラム缶を沈めたような恰好をしている。そのドラム缶には目盛りが刻まれていて、そこに息を吹き込むとドラムが回転し、肺活量が分かる仕組みになっている。

 顔中ニキビだらけの男子生徒がマウスピースを受け取り、測定器に息を吹き込んだ。するとドラム缶がゆっくり回転し、目盛りが3800を指す。

「はい。きみは3800ね」

 信二がその男子生徒の測定カードに3800と書き込み、手渡す。それで肺活量測定は終わりだ。

 50人ほどの男子生徒が終わると、今度は女子生徒がそれに続いた。

「伊藤静江さん。きみは3000だね」

「ええっと、田口恵美子さん。あなたは2700」

「あらら。佐藤史恵さん。ちょっと少な目の2700ってとこかな」

「おお、西脇ゆかりさん。きみは女子平均値の3200だね。いい線行ってるよ」

 女子生徒にはいちいち注釈を加え、信二は次々に各人の測定カードに肺活量の数値を書き込んでいく。その際、ひとりひとりの名前とクラス、体型と顔をチェックすることもおこたりない。

 そうして100人ほどの測定を終えると、新入生の流れが少し途切れた。ほかの測定を済ませてから肺活量の測定に来る生徒もいるので、ときどき間が空いたりするのだ。

「ほら、ちょっと背が高くて、ショートカットの髪型の上村っていうのはどうよ」

「メガネかけてたのいただろ。スリムで、確か高橋とかいう名前だったぞ」

「じゃあさ。最後の方の列にいたの、ほら冗談言ったらきゃあきゃあ笑った女の子。あの子、いいと思わないか」

 信二のそんな話に適当に相づちを打ちながら、ぼくは何気なくほかの身体測定の様子を見ていた。

 握力も、跳力も、背筋力も、その測定をしている三年生はいずれも喜々として対応している。声こそ聞こえないものの、おしゃべりが上手な三年生が、新入生たちを笑わせ、なごませているのだ。

 そんなほかの測定の様子をぼんやり眺めているときだった。

「どうするんですか。これ」

 ひとりの女子生徒が、ふいに声をかけてきた。

 その女性こそが、ぼくを揺らし続けた女子生徒、織原ヒロミだった。



                            《この項 続きます》

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