昼休みの一幕

四限が終わり教科書とノートを引き出しに仕舞った私に一人のクラスメイトが近付いて来た。


「周防さん!」


「何」


机に向けていた視線をあげると名前も知らないクラスメイトが弁当箱を片手に立っていた。


「お昼一緒にどうかな?」


また来た。


私は彼女に聞こえないくらいに小さいため息を吐く。

何度断っても彼女は性懲りも無く聞き慣れた言葉を口にする。

彼女の善意は私のとっては迷惑以外の何者でも無く。

なんなら邪魔でしかなかった。

彼女の目に映る私はきっとクラスに馴染めない可哀想な一女子生徒なのだろう。

私は単に一人が好きなだけであり、誰とも関わらないのは自分が望んだ結果だった。

それなのに、人の意見一つ聞かないで自分の善意を押し付けてくる。

彼女はクラスの人気者。


人懐っこい笑顔を浮かべ、誰であろうと分け隔てなく接してくれる。

多少抜けているところも周りが彼女を評価するポイントの一つなのだろう。


でも、それはあくまで彼女を良く思っている一部の意見でしかない。


私に言わせれば貼り付けたような笑顔を浮かべ、自己顕示欲のために良い人を演じているピエロにしか見えない。

彼女の素は私にとっての偽物でしかなかった。

だからこそ私には彼女の提案に乗る理由が無かった。

いつものように断り中庭に向かってもいいのだが、どうせ断ってもいつもみたいに数日空いたらこのやり取りをすることになる。

いい加減に面倒くさくなってきた。


だからここは徹底的に敵を作る覚悟で最底辺の回答を口にしよう。


「……いい加減迷惑」


「……え?」


私の言葉に固まり困惑した表情の彼女は見ていて面白いが、今は時間が惜しい。


「関わらないで、私は一人が好きなだけ……」


「えっ……。あ……。うん……。ごめんね……。私余計なことしてたんだね……。ごめん……」


「余計」


だんだんと語尾が弱くなっていき、ついには涙を流し始めた彼女を放置し、両手に弁当箱を抱え立ち上がる。


「ちょっと待ちなさいよ!」


教室を出ようとしたところで彼女の嗚咽だけが支配している教室に怒気を孕んだ声が響いた。


「……」


振り返ると一人の女子生徒が青筋を浮かべ私を睨んでいた。


「何」


要件があるなら早くして欲しい。


「あんた何様のつもりよ!!!」


「あ……」


ずんずんと言う擬音が似合いそうな力強い歩きで近付いてきた女子生徒Bは目の前で立ち止まるや否や胸ぐらを掴み耳の奥に響く鳴き声を出した。

胸ぐらを掴まれた衝撃で弁当箱が床に落ち、水瀬の分の弁当箱の中身が床に散らばった。


「あ……。ああっ……」


目の前で金切り声を上げキッーキッーと喚く女子生徒Bの言葉は私の耳には届かず。

私の中には確かな怒りがふつふつと湧き上がって来ていた。


せっかく早起きして作ったのに。


水瀬に「美味しい」って言われたくて手間暇掛けて作ったのに。


せっかくの自信作だったのに。


無駄になった。


「なにか言ったらどうなの!!!」


「……っるさい」


「えっ……?」


「うるさい……!」


「ひっ……!」


胸ぐらを掴んでいる女子生徒Bの手首を右手で掴み力を入れる。


「っ痛い……!っ……!」


更に力を入れる。


「痛い!痛い!」


苦痛と恐怖に歪む女子生徒Bの顔。


「私に関わるな……!」


私の言葉に女子生徒Bは大粒の涙を流しながら首を縦に振った。

ぱっと手を離すと女子生徒Bはその場に尻もちをつき、私と目が合うと情けなく床を這いながら逃げていった。


さっきまでちゃけた空気だった教室は一瞬にして静まり返り、皆一様に私に驚愕と恐怖の視線を向けていた。


「……」


クラスメイトを一瞥し床に転がった中身を掃除する。結局半分ほどがダメになってしまった。

食べ盛りの水瀬にはあまりにもお粗末な量に再び怒りを覚えたが、冷静になり自分の分をあげれば良い。言う結論に至った。

水瀬はどんな顔をするのだろうか?


そのことで頭が一杯だ。


自分自身料理の腕に関して言えば下手な料理人よりはあると自負している。

味付けから盛り付けに至るまで水瀬の喜ぶ顔が見たくて作った。

ダメになったけれど、約束は守りたい。


「……」


二人分の弁当箱を包み直し中庭に向かった。



駆け足で中庭に向かうと、二人仲良く欠伸をしている水瀬と御本がいた。


「おう。遅かったな」


「ん」


水瀬の隣に座り、軽くなった弁当箱を渡す。


「おお、本当に作ってきてくれるとは……。ありがとうな」


「あー!空ばかりずるいのだ!」


「ずるいも何もないだろ……。早速開けてもいいか?」


「ん」


「おっ、お……?」


弁当箱を開けた水瀬の最初の感想は『困惑』それに尽きた。


「半分ないんだけど……。食べたのか……?」


「違う。色々あった……」


「……そっか。せっかく作って貰ったからな。ありがたくいただくか」


何かを察したのか水瀬はそれ以上聞いてこなかった。


「どう?」


「美味しい。さすが周防だな」


「っ!そう……」


口では素っ気なく返したものの心の中は喜びで一杯だった。


「空私も食べたい!食べたいのだ!」


お腹を好かせた御本が水瀬にあーんをねだっていた。

私にもあれくらいの行動力があればなぁ……。


時々御本が羨ましくなる。


「はいはい。あーん」


「ん!ん〜!美味しいのだー!」


恋人同士がやる甘いやり取りのはずなのに何故だろう。

餌付けにしか見えない。


「空もう一口!」


「俺の分が無くなるだろ!お腹すいてんなら購買で買ってこいよ!」


空?今空って……。


「どうした周防?」


疑問を覚えたら即行動。


水瀬のワイシャツを引っ張る。


「名前呼び」


「えっ……。あ!あ〜。……気の所為じゃないか?」


私の指摘に水瀬は目を泳がせ視線をずらした。


「目を見て」


「あの、痛いです」


両手で水瀬の頬を固定し強制的にこちらに向かせる。


「……」


「……」


「……」


「……分かりました……」


ダラダラと汗を流した水瀬は諦めたようにため息をついた。


「……と、まあそんなことがあった訳だ」


羨ましい。


御本だけずるい。


「……私も」


「えっ……」


「私も……」


「あ〜……」


「……」


「はい……」


「呼んで」


「……律」


「もう一回……」


「律……」


「ん……!」


「はぁ……」


「忘れないでね。空」


「!あ、ああ……」


空は私と目が合うと恥ずかしそうに視線をずらし頬をかいた。


もう少しで夏休み。


顔が熱いのはきっと……いや、絶対暑さのせいだろう。

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誰かさんのせいで俺の青春は破綻している 砥上 @togami3

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