吹き矢
それは七月特有の汗ばむ日のこと。暑さのせいでいつも以上に湧かないやる気に頬杖をつきながら授業を聞いていると。
ドスッ!
「いった!!!」
何かが背中に刺さった。
「ど、どうした水瀬?」
静かな教室に届く教科担任の驚いた声に顔が赤くなる。
「何でもないです。すいません……」
「そ、そうか。何かあるんだったら遠慮なく言ってくれ、な?」
「はい……」
裁縫用の針がずっと指に刺さっている感覚に手を置き、引き抜く。
痛い。
「……」
それは正しく裁縫用の針だった。
「何すんだ?」
「いひゃいいひゃいのだ……」
後ろから聞こえる大爆笑に視線を向け、針を刺した本人。伊織の頬を引っ張る。
モチのようにハリがあるほっぺはどこまでも伸びるのではないかと思うくらいに柔らかい。
「そこまで強く引っ張らなくても良いでは無いか。ちょっとした暇つぶしだったのだ」
暇つぶし?
「お前は暇だったからって理由で人の背中に針を刺すのか?」
伊織の頬を親指と人差し指で抑える。なんて馬鹿面なのだろうか。
「刺してはいない。吹いたのだ」
「は?」
そう言ってほっぺを擦りながら伊織が取り出したのは吹き矢用の筒だった。
「なんでそんなもの持ってんだよ」
「たまたまバックに入っていたのだ!」
「はぁ〜、とにかく人の背中に吹くな。いいな?」
「分かったのだ!」
前を向きノートを取る。
時々伊織がサイコパスに見えてくる。
「ん〜……」
つまんねぇ……。
元々のやる気のなさと暑さのせいで授業に身が入らない。 のはさっきと変わらないのだが、如何せん授業がつまらない。
関係のある話ですらつまらないのに関係の無い話が混じってくると、いっそ暑さに苦しむクラスメイトを見ている方が面白くさえ思えてくる。
なんか面白いこと起こらないかな。
「……」
刹那、人差し指で転がしていた消しゴムに何かが刺さり机の上から落ちた。
考えずとも感じずとも分かる。
「俺吹くなって言ったよな?」
「人には打っていないのだからいいでは無いか!」
確かに打っては無いけどさ……。
「教室内で打つなって言ってんだよ」
めんどいことになった……。
消しゴムが落ちた先は前の席の人の椅子の下。
なんなら女子。普通に拾いに行ったら通報待ったなし。
かと言って話しかけるのもなぁ。
対人経験の少ない俺には他人と話すという行為さえ覚悟を決めた上でないと出来ない。
コミュ障には生きづらい世の中だ。
「ちょっといいか?」
一分ほど考え、覚悟を決めた。
「何ですか?」
「消しゴム落としてな。拾って貰ってもいいか?」
「良いですよ。これですか?」
「ああ。ありがとう」
「いえいえ」
肩を叩き、要件を伝え拾ってもらう。
受け取り際指同士が触れ合ったが、その程度のことでラブコメになんて発展しない。
「はぁ〜」
消しゴムを机の上に置き静かにため息をつく。
嫌に緊張した。
「空空」
「なんだよ……」
「見ててくれ」
伊織が指さす先を見ると一羽のカラスが飛んでいた。
まさか。
「ふっ!」
筒から放たれた針はなんの迷いもなく空を優雅に飛んでいたカラスの胴に刺さった。
ヒューンと落ちていくカラスを見ながら、深く息を吸う。
この時ばかりは伊織と友達やめようかなと本気で思った。
「どうだ!」
椅子に座りながら満足気に笑い胸を張る伊織。
動物愛護団体接近中。
どうと言われても……。
「凄いな……」
「そうであろう!褒めてもいいのだぞ!」
突き出された頭を撫でる。
ごめんカラス。うちのサイコパスが。
「次はあれを打つぞ!」
そう言ってスズメを指さしたのでさすがに止めた。
カラスはともかくスズメはダメだ。
「むぅ〜」
「暇なら寝とけよ」
「この暑さで寝れるわけないのだ!」
分かる。こっそり天気アプリを見たけど今三十度ある。
「なら、なんかしとけ」
「喉乾いたのだ!空飲み物買いに行こう!」
立ち上がる伊織を見つめるクラスメイトの視線は、またか……。と言う呆れの念が篭っていた。
「何してるのだ?早く行くぞ!」
教科担任とアイコンタクトでやり取りし、許可を貰ったので伊織の後を追う。
授業中の静かな廊下に二人分の足音が響く。
「空。私はこれが飲みたいのだ!」
金払うの俺って言うね。
「はいはい」
伊織はスポドリ。俺は水を買い教室に戻る。
「ん?どこ行くんだ?」
「中庭。暑すぎて叶わない」
「そうか。教室戻ってるからな」
「空も来るのだ!一人は退屈なのだ!」
ああー、単位が……。
伊織に引き摺られ見慣れた中庭のいつものベンチに座り涼む。
皆が授業を受けていると思うと、背徳感が凄いがそれがまた癖になりそうだ。
犯罪者ってこうやって生まれるのかな?
「私は寝るから昼休みになったら起こしてくれ!」
「はいはい」
「肩借りるぞ」
すぐ近くで香る嗅ぎなれた匂いに欠伸をする。
ココ最近の熱帯夜のせいで寝つきが悪かったことを思い出し、目を閉じる。
隣から聞こえる規則的な寝息に薄目を開け再び閉じる。
「少しだけ……」
それを最後に俺の意識は途絶えた。
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