休日の終わり

 エアコンからの不規則な機械音とコントローラーのスティックの音が支配していた部屋に聞き慣れた着信音が響いた。

 意識を完全にモニターに集中させていた俺は驚きコントローラーを床に落とした。勝負に負けた。

 モニターに表示されている『GAMESET』の文字が言い逃れのできない負けたという事実を提示してくる。

 立ち上がり机の上に置いてあるスマホを取り時間を確認すると時刻は十八時半を指していた。

 もうそんな時間か。


「出なくていいのか?」


 未だにモニターを凝視しながらコントローラーを握っている伊織にそう聞いても返事はない。

 そのうち伊織のスマホは静かになった。


「空早く」


 伊織は俺の使っていたコントローラーを手に取り床を叩いた。コンコンという音が鳴り、伊織と視線が合った。


「……」


 スマホを机に置き、伊織が持つコントローラーを取り定位置に座る。ゲームを始めてからもスマホが鳴り止むことはなくむしろ着信音と通知音が交互に鳴り響いている。


「……伊織帰れ」


「!……」


 三十分が経った頃とうとう我慢できなくなった俺はコントローラーのプラスボタンを押し伊織の眼を見ながらそう言った。

 そんなこと言われると思わなかったのか伊織は驚いた表情をしコントローラーを床に置いた。


「空は……私が嫌いなのか……?」


 泣きそうな顔をする伊織に心が痛むが、香織さんはきっともっと泣きそうな顔をしていることだろう。


「そんなわけないだろ。それにお前の帰りを待っている人がいる」


 伊織はハッとし顔を伏せた。


「もしもし」


 何度目か分からない着信音に出ると香織さんが酷く安堵した様子で伊織のことを聞いてきた。


「大丈夫です。はい。今帰らせます。はい」


 香織さんは一言「伊織を頼んだよ!」と残し電話を切った。


「準備しろ帰るぞ」


「うむ……」


 伊織は観念したのか頷き散らかっているボードゲームなどを片付け始めた。俺も手伝ったことで十分ほどで片付けは終わり、元の綺麗な部屋に戻った。


「忘れ物ないな?」


「うむ……」


「……重っ」


 伊織の背負っていたリュックを安易な優しで背負うと意外と重く膝を折り耐えるのが精一杯だった。

 結局的伊織が背負いながら見慣れた道を歩く。


「鍛えようかな……」


 予想以上に貧弱になっていた自分の無力さを嘆いていると隣を歩く伊織の指と俺の指が触れ合った。

 顔を上げると街灯に照らされ頬を赤らめた伊織と目が合った。


「手繋ぎたい」


「……」


 伊織の可愛さにライフポイントが底をついていた俺は唇を嚙み恥ずかしさを堪えながら伊織の手を取る。

 暑さと緊張で汗ばんでいた俺の手に伊織のひんやりとした綺麗な手が重なる。柔らかく強く握ったら折れてしまいそうなほどに華奢な指に自身の指を絡ませる。

 伊織は「あ……」と言った後、「ふふ……」と笑った。


 いっそ殺してくれ。伊織が可愛すぎる。


「香織さん苦しい……」


 手を繋いだまま伊織の家まで行き玄関を開けると牛?猪?SL?とかくまあそんな勢いで香織さんが伊織に抱き着いた。

 あれ完全に首決まってるよなあとか思いながら見ていると伊織から変な音が鳴り、そのまま白目をむいて気を失ってしまった。

 嬉しいのは伝わるのだがやりすぎじゃない?


「あの……」


「さあ来い!」


 恐る恐る声を掛けると伊織を放り投げた香織さんが両手を広げた。さっきの惨状を見て足なんて動くわけがなかった。


「伊織のことありがとうね」


 あれこれ考えているといつの間にか目の前に立っていた香織さんに抱き着かれた。

 伊織の非にならない胸部の柔らかさと甘い匂いに自然と目が閉じた。これが母性というやつか。

 耳元で囁かれた感謝の言葉に脳がとろけそうになる錯覚を得ながら口を開く。


「俺は何もしてないですよ」


「相変わらず謙虚だねぇ」


「目立つのが嫌いなだけですよ」


「それでもありがとう。君になら安心して伊織を任せられるよ」


 香織さんの言葉に目を開け視界の端で未だに伸びている伊織を見る。


「あの……」


「何だい?」


「苦しいんで……離してください……」


「あ、悪いねえ」


「大丈夫です……」


 危うく胸部で窒息死するという男の夢を達成するところだった。名残惜しいが胸部で窒息死は望む死に方ではない。

 多幸感はあるだろうけどね。


「伊織届けたんで帰りますね」


「伊織……?」


 やらかしたと気づいた時には遅く。ニヤニヤ顔の香織さんに首根っこを掴まれそのままリビングまで引きずられ根掘り葉掘り聞かれた。

 途中伊織の意識が戻りそのまま一緒に夕食を食べた。


 ビール片手に男顔負けで豪快に笑う香織さんに伊織共々この二日間の出来事を聞かれ二人そろって赤面したのは今となっては良い思い出並びに黒歴史になりつつある。

 まじでうかつだった。


「また明日な」


「うむ!」


 帰り際に寂しそうな顔をした伊織の頭を撫で手を振りながら帰路に着いた。


 風呂に入りベットに横になったときに伊織の匂いがし悶々としながら朝方まで眠れ無かった。


「っ~~~~!」

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