休日③

 さて、これはどういうことなのだろうか。だれか説明して欲しい。


「すぅ……すぅ……。ふふっ……水瀬~……」


「はぁ……」


 腰に抱き着き俺の部屋着をよだれで汚しながら惚けた寝顔を晒している御本にため息をつく。

 二度寝を始めてから二時間ほどが経過していた時、目を覚ました俺の視界に飛び込んできたのは超至近距離にある御本の顔だった。

 小さいながらに規則性のある寝息が首筋をくすぐり鬱陶しくなって上体を起こしたのはついさっきのことだ。


「……」


 大方、寝起きドッキリのようなものを仕掛けようとしてつられて眠ってしまったのだろう。

 一緒にいるのが俺だったからいいものの。御本は警戒心に欠け過ぎている。やはり男として見られてないのだろう。

 悲しみ。


「俺も男なんだからな。少しは警戒しろ」


 御本の頭を撫で、起こさないように慎重にベットから出る。


「にしても、間抜けな顔だな」


 豪快に口を開け寝ている御本の顔があまりにも面白くてスマホの電源を入れカメラを起動させる。


 カシャ!


 カメラのシャッター音が響く。


「起きたら見せるか」


 机にスマホを置き部屋を後にし、向かったのは風呂場にある洗濯機の前。御本のよだれで汚れたTシャツを脱ぎ洗濯機に放り込む。

 ついでに風呂に入る。


「ああ~。いい感じ~」


 体にまとわりついていた寝汗とともに心の汚れも洗われていくようだ。昼の風呂も悪くないと思った。


「何にしようか」


 さっきもいた通り今は昼だ。腹が減った。


「何もねぇ……」


 冷蔵庫にあるもので何かを作ろうと開いてみても何も無い。御本が全部使ったのかはたまた元からそこまで食材が無かったのかは定かではないが、買いに行くしかなさそうだ。


「……」


 財布を片手に玄関の扉を開け、秒で閉める。想像よりも外が灼熱地獄だった。


「……行くしかないか」


 覚悟を決め近くのスーパーまでの道を歩く。物の数秒で全身汗だくになった。


「あつい……」


 意識を失いかけながらも何とかスーパー着いた俺は店内に効いているエアコンの冷気に救いを求めながら適当に店内を見て回る。

 外の暑さのせいか店内にはあまり客がおらずいつもの活気はない。


「んー、何にするかな」


 野菜売り場をぐるりと回り目に付いた人参をかごに入れる。夏は不思議とカレーが食べたくなる。

 ジャガイモ、玉ねぎ、肉と甘口のルーをかごに入れレジに持って行く。大食いの御本のことを考えたお陰で会計は高くついた。


「よし、行くか……」


 店内の冷房に名残惜しさを覚えながら覚悟を決めもと来た道を戻る。高々数分の道のりがとても長く感じた。

 戸締りのしてない玄関を開け一先ず台所にレジ袋を置き、再度風呂に入るため着替えを取りに自室に戻る。

 音を立てないように慎重に扉を開けエアコンの冷気とこんちにはをし、未だに寝ている御本を一瞥し部屋を後にする。

 この短時間で二度も風呂に入るとは思わなかった。


「やるかー」


 風呂に入りさっぱりしたのでいよいよカレー作りに取り掛かる。親の顔より見た光景なので手際よく進めていく。

 食欲を増進させる匂いがリビング中に広がる。


「起きたか。もう少しでできるから皿の準備頼む」


「うむ……」


 近付いてくる足音に目を向けると眠そうに目をこすっている御本が立っていた。匂いにつられて起きるとはさすが御本だな。


「「いただきます」」


 御本の用意した皿に白米とルーを乗せたら完成だ。


「美味しいな水瀬!」


「そうか、良かったな」


 自分が使ったものを美味しいといわれるとやはり嬉しいな。


「水瀬おかわり!」


「はいはい」


 掃除機並みの速さで食べ終わった御本の皿を受け取り白米とルーを大盛りに盛る。

 多く買っておいて良かった。二度手間は嫌いだ。


「「ごちそうさまでした」」


 結局炊いた白米とルーを全て食われた。こんな華奢な体のどこに入っているのか人体は不思議がいっぱいだ。


「あ、そうだ。御本」


「なんだ?」


「あまり人に寝顔を晒さない方がいいぞ」


 使った食器を洗い場に落としている手を止めカメラフォルダーに保存していた写真を御本に見せる。


「!?」


 御本の顔が赤く染まる。


「ま、お前も俺のこと撮ってたしお互いさまってことで。……とっ」


「は、早く渡すのだ水瀬!」


 突っ込んできた御本を躱しスマホの画面を御本に向ける。


「お前も撮ったんだからいいだろ」


「渡すのだ水瀬!!!」


 顔を赤くしながら突進して来る御本を躱しながら遊ぶ昼下がりの時間は楽しかった。


「ほらこっちだぞ」


 手を叩き御本を呼ぶ。


「~~~~~~!」


 足を止め肩を震わしだしたところでやり過ぎたと気づいた。が遅かった。


「水瀬の馬鹿ーーー!」


 そんな罵倒を残し御本は走ってリビングを出ていった。バタンと扉が閉まる音がした。


「やり過ぎたか」


 スマホをポケットに仕舞い御本を追う。


「開けてくれ御本」


「……」


俺の部屋に引きこもった御本と接触を図るため数回扉をノックする。返事はない。


「中に入れてくれないか?暑くて倒れそうだ」


「……」


 返事はない。


「悪かったから。写真は消したから開けてくれないか?」


 現在俺が住んでいるところでエアコンが付いているのは自室だけ、あるだけ早く御本の機嫌を直さないとガチで倒れる。

 仕方ない。魔法の言葉を使うか。


「開けてくれたら何でも一つ言うこと聞くぞ?」


 ガチャリ。


「言質は取ったぞ」


 扉が開きスマホを持った御本が出てきた。スマホからは俺の今の発言がリピートされている。

 どうやらしてやられたのは俺の方らしい。


「俺の負けだ。早く部屋に入れてくれ」


「うむ!今の言葉忘れるんじゃないぞ」


「分ってるよ」


 御本の背中を追い部屋に入る。


「でどんなことを命令するんだ」


 床に向かい合わせに座っている御本の表情が強張った。


 どうせ大したことないだろう。


「きょ、今日から私のことを名前で呼べ!」


 ……と思っていた俺がいました。上擦った声で命令された言葉が頭をぐるぐると回る。


「ん?」


 聞き間違いか。


「だから!今日から私のことを名前で呼ぶのだ!」


 やけくそ気味なのか御本は叫ぶようにそう言った。


「あー……」


 反応に困る。


「いや、断る」


「何故なのだ!命令は絶対なのだ!」


 何怒ってんのこいつ?


「じー」


 こちらを見てくる御本の視線に耐え兼ね視線をずらす。


「じー」


 何で視線を合わせてくるんですかね。


「さあ、早く!」


「ほかの命令にしないか?」


 苦渋の提案。


「早く名前で呼ぶのだ!」


 無理ですよね。分かってましたよ。


「……」


「さあ!」


 御本の期待の眼差しが刺さる。


「……伊織」


「!もう一回!」


「もういいだろ」


「もう一回!」


「伊織……」


「あと十回!」


「多いわ!」


「痛い……」


 御本の頭にチョップを叩き込む。


「水瀬はヘタレだからこのくらいで勘弁してやるのだ!次から私を呼ぶときは分かっているな?」


 圧がすごいですよ。圧が。


「はい……」


「ならよし!早速ゲームをするぞ空!」


「……今なんて?」


「空だけだと不公平だからな。私も名前で呼ぶことにしたのだ!」


「……。ん~……。はぁー。何のゲームで勝負するんだ伊織」


 今日、伊織との距離が縮まった。


「これで勝負なのだ!」


 心臓の音がうるさい。


 聞こえてないと良いけど……。


「望むところだ」


「勝つのは私だ!」


 見つめ合いコントローラーを握る。


 久し振りに楽しい休日になりそうだ。

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