初夏の昼休み②
「ああ~、気持ちいい~」
「ああ~、全くだな~」
購買から戻ってきた俺は御本と共に買ってきたスポドリと炭酸飲料のペットボトルを額に置き涼しんでいた。
多少首が痛くなるのが玉に傷だが地獄のような暑さにやられるよりはマシだ。
「ん?」
不意に制服の袖を引っ張られる。引っ張った本人である周防に目を向けるとにゅっと周防の白い手が伸びた。
直後、ひんやりとした感触と癖になりそうな柔らかさが額全体を覆った。
「暑そうだから」
視界の端に捕えている周防は淡々とそう言った。
「暑くないのか?」
「大丈夫」
周防のその言葉を聞いて安心した俺は周防の優しさにとことん甘えることにした。
「昼休みが終わるまで置いておいてもらっていいか?」
「ん」
「ありがと。しんどくなったら下げてもいいからな」
「ん」
そんな感じでベンチに身を預ける。
ゆっくりと流れる時間の中で目を閉じれば蝉の声が耳に届き、時折中庭を抜ける風は微かに冷たく頬を撫でる。
ここ最近の暑さを忘れさせてくれる場所がそこにはあった。
「ふぁあ~」
口から洩れたあくびは俺を夢の世界にいざなうには十分過ぎるほどの効力を発揮した。
「鐘がなったら……起こしてくれ……」
薄目を開けぼんやりと見えた周防にそんなことを頼み俺は眠りに着いた。
「ん♪」
意識を手放す直前に聞こえた周防の返事は口調が少し跳ねていた気がするのは気のせいだろう。
△
「ん……?んん~……」
「起きた」
「気持ちよさそうに寝ていたなぁ水瀬ぇ?」
目を開けると正面から俺を見下ろしている不機嫌気味の御本の顔があった。
「……どういう状況」
あれ?おかしいな。俺ベンチを枕に寝たはずなのに……。
「周防何があったか説明してもらっていいか。あとなんで俺は周防の肩を枕に寝てるんだ」
「寝ずらそうだった。……迷惑」
恐る恐るという感じで聞いてきた周防に「いや……」と歯切れの悪い返事を返し、未だ不機嫌な御本に向き直る。
「それでなんでお前は不機嫌なんだ」
「眠いなら私の膝を使えばいいのに……」
「なんか言ったか?」
小さすぎて聞こえなかった。
「何でもないのだ!」
怒鳴りながら俺に背を向けた御本に疑問符を覚えながらも現時刻を確認するためにスマホの電源を入れる。
【三時十二分】
ん?
「……」
ちょっと待て……。まあ落ち着け。もしかしたら俺のスマホが壊れているだけかもしれない。
「周防スマホ見せてくれ」
「ん」
スマホを受け取り電源を入れる。液晶に表示されている時間は十三分を差していた。
見間違いでも俺のスマホが壊れているわけでも無かった。
「はぁ~」
既視感のある光景に深く重い溜息が出た。
「周防さん?」
「ん」
「俺鐘が鳴ったら起こしてくれって言いましたよね?」
「言った」
「何で起こしてくれなかったんだよ……」
「鐘鳴ってない」
「はい?」
「鐘鳴ってない」
「……ちょっと待て。鐘鳴ったよね?」
「鳴ってない」
「……」
まるで話が嚙み合っていない気がするのですが。
「一応確認なんだが、何の鐘だとお思いで?」
キーンコーンカーンコーン
「これ」
「……」
絶句ですよ。確かに何の鐘かなんて言ってないけどさ……。
「……帰るか」
「ん」
俺は諦めて放課後を告げる鐘の音に従い帰ることにした。
「いつまでむくれてんだ帰るぞ?」
「ふーん」
めんどくさい奴だな。
「周防この後暇か?商店街にある喫茶店の新作パフェ食べに行こうと思ってるんだが」
「暇」
「そうか、なら廊下で待っててくれ」
「ん」
「じゃな御本また明日な」
振り返り御本を見ると肩を小刻みに揺らしていた。どちらを選ぶか脳内の天使と悪魔が戦っているのだろう。
ここで俺はダメ押しの一言を口にする。
「今来れば俺の奢りだぞ」
「何をしている水瀬!早くいかないと無くなってしまうぞ!」
御本は俺と周防を追い越し急かすように手を振る。
「単純」
「ほんと扱いやすくて助かるよ。そういや俺が寝ている時なんかあったか?」
「ニヤニヤされた」
「うわ、恥ずかしいなそれ」
「そうでもない」
「お前が良くても俺は良くないんだよ」
周防の肩を枕に寝ている俺の図。想像しただけで恥ずかしい。
「他には……」
「無い」
「良かったー。これ以上なんかあったら恥ずか死ぬところだった」
「何で」
「何でってそりゃあ。……なあ。それに俺と周防が付き合っているなんて噂が流れかねない。周防も俺と恋人同士と勘違いされるのは心外だろ」
「別に」
「……そういうことにしといてやる」
「毎日」
「ん?」
「毎日来て」
「暑い限りは行くよ」
「終わっても」
「難しいな」
「何で」
「冬場の中庭寒いから」
「来て」
「ごり押しですか……。教室で食べないのか?」
「うるさい」
「確かに」
「それで」
「俺はいいけど御本次第だな」
「ん」
「遅いぞ二人ともー!!!早くするのだ~!」
「分かったー!」
「急ぐか」
「ん」
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