初夏の昼休み

「暑い〜、水瀬助けてくれー」


「暑いって連呼するな。余計に暑くなってくるだろ……」


御本を泊めた日から数日が経ち、夏の色が見え始めている金曜日四限の今。私立校とは違い扇風機もエアコンもない教室内は窓を全開にしていても体感三十度近くあるでは無いかと思うくらいに暑い。

絶えず滝のように出てくる汗のせいでワイシャツが張り付いて若干気持ちが悪いし、高所な癖に全くと言って良いほど吹かない風も相まってイライラが止まらない。

夏の定番かもしれない女子の透けブラすら楽しむ余裕がない。

そんなん見ている暇があったらノートで自分を仰ぐ。

教室内をちらり見るとクラスメイト達もこの暑さにやられて御本同様机にぐでーとしているか、俺と同じようにノートや下敷きで自身を仰いでいる者の二派閥に別れている。

確かに机冷たいけどね。

幸いと俺の席は窓側なため時々来る微風が心地良い。

担当教師も暑さのせいで荒い呼吸を立てながら憂鬱そうにチョークを動かし、ため息をついている。


「私も仰いでくれー。頼むー」


「ほらよ」


「ああー、気持ちいいー」


「水分補給も忘れんなよ」


「うむー」


今日みたいに暑い日は授業中の水分補給が特別に認められている。

授業に支障が出るより脱水症状で倒れられた方が厄介だからだ。

バックから通学路の途中のコンビニで買ったスポドリを取り出し口に運ぶ。

密閉空間に入れていたため温くなっているが無いよかマシだ。


「私にもくれー」


「ほら」


「んぐんぐ。美味しいー」


「全部飲むなよ……。俺も飲むんだから……」


「分かってる……のだー」


とか何とか言いつつ全部飲まれた。


「お前なあ……」


いつもなら軽めの説教をするところなのだが、今日に限ってはそんな気すら起こらない。


「悪いのだー」


「はあ、まあいいよ……」


この暑さが十月まで続くと思うと陰鬱な気分になっていく。

やっぱり夏は嫌いだ。


キーコーンかーコーン


「今日はここまで……水分補給忘れないように……」


昼休みの鐘と共に担当教師は挨拶も無しにダルそうに教室を出て行った。

職員室に着いているエアコンに恨みを持つ季節でもある。


「水瀬ー、購買行くぞー」


担当教師の二倍ほどのダルさを抱えた御本に促され購買に向かう。


「今日は少ないな。珍しい」


「早く買うぞ水瀬ー」


いつも激戦区な購買に人があまりいないことを疑問に思いながら適当なパンを買った時、ある事を思い出した。

購買部の奥にある自販機コーナーの事だ。そこには紙パックから二リットルのペットボトルまで瓶以外の飲料が揃っている。そしてその中の一角にはアイスの自販機が存在しており、基本的に利用者が少なく寂しい自販機としての地位を築いている。しかし、今日のように暑い日はその地位も揺らいでいることだろう。


「うわ……」


興味本位でアイスの自販機の所に行くと、生者に群がる死者の如く多くの生徒がアイスの自販機の前に集合しており、醜いとも取れる争いをしていた。

帰りコンビニでも寄るか。


「今日は中庭で食べようぜ」


「うむー……」


中庭。花壇とベンチしか置いていない寂しい場所ながら昼休みから四限目の途中にかけてそこには日陰が出来る。

いつも教室で食べている俺らだが、時折気分によって中庭で食べることがある。

校内でも知る人ぞ知る穴場スポットながら、 今日のような日にはうってつけの場所でもある。


「よう」


「ん」


中庭に着いて真っ先に目に入るのは三人用のベンチの隅っこに座り文庫本を読みながら黙々と弁当を食べているこの生徒だろう。

周防律。いつも中庭で弁当を食べている文学少女。

彼女との出会いは去年まで遡る。


この日も今日のように暑い日だった。暑さで陰鬱な気分のまま謎に元気な御本に手を引かれ連れてこられたのがここ。中庭だった。

四つほどあるベンチのうち三つはカップルが使っており、唯一座れそうなのが周防の座っていたベンチだった。

御本が話し掛け許可を取り、日陰で涼みながら昼食を食べた。

それから夏休みに入るまで毎日そのベンチを使ったところで友達になった。

夏休みが明けてからは使う頻度も減り、中庭に来たのは実に数ヶ月ぶりだ。


「座っていいか?」


「ん」


周防の了承を得た所で周防の隣に座る。俺の隣には当然御本が座った。

両手に花の状況だが、特に緊張などは無い。時折中庭を通る生徒の目が嫉妬に狂っているように見えるが気にしない方針で行こう。


「水瀬お茶くれー」


「もう食べ終わったのか?」


「うむー……」


食べ始めてから数分で二つのパンを食べ終わった御本に購買の自販機で買った紙パックのお茶を渡す。

学校で買うのは基本的にパック飲料だけと決めている。ペットボトルは荷物になるし、何より重い。


「御本どうした」


「暑さにやられてる見たいでな。ずっとこんな感じだ」


「そう」


「そういや、周防の弁当って美味しそうだよな。自分で作ってんのか?」


「そう。……食べる?」


「良いのか?じゃ、遠慮なく」


「……」


「……あの」


「何?」


「箸くれないと食べれないんだけど……」


「食べさせる」


「いや、自分で……」


「食べさせる」


久しぶりに会った周防は出会った時よりも頑固になっていた。

こんな頑固だったっけ?


「分かった……。あー」


「あーん」


恥ずかしい……。けど美味い……。


「むぅー」


「何してんだ……」


全男子の夢である美少女からのあーんを達成した俺の背中に伸し掛る重さに目を向ける。

周防の弁当を覗き込んでいる御本の顔は横目で見る限りは不機嫌になっているように見えた。


「むぅー」


「食べる」


御本の意図を読んだのか周防は卵焼きを摘んだ箸を御本に向けた。


「むぅー、貰うのだ!」


「食べたいのか怒るのかどっちかにしろ」


「うぅー、美味しい……」


「だろ?お前と違って周防は料理上手だからな」


 悔しがっている御本に同意する。


「それは、どういうことなのだ!私だって料理くらい出来るぞ!」


「そのセリフは最低限食えるものを作ってから言え」


「うぅ〜」


「食べたの」


「ん、ああ。まあな。気失ったけど」


今思うと凄い根性だよな。あの時の俺。


「そう。……食べる」


「周防の分が無くなるだろ」


「大丈夫」


「分かった。分かったからウインナーを頬に押し付けてくるのをやめろ」


結局周防の弁当の半分を食べた。


「どう」


「美味しかったよ。……御本お茶返せ」


喉の乾きを潤したい。


「えっ……。あー、うむ……」


謎にキョドっている御本を不審に思いながらも返してきた紙パックのお茶を手に取る。

軽い……。


「お前……」


「てへっ…」


「全部飲むなって言ったよな?」


「痛い痛い痛い!悪かった!悪かったのだ!」


ミシミシという愉快な音を出し始めたところで手を離す。


「全くお前は」


「つい止まらなくて……」


「飲む」


「いや、買ってくる」


周防が水筒を差し出してきたが断る。


「そう」


「水瀬!私は炭酸飲料がいいぞ!」


「はいはい」


財布片手に再度購買に向かう俺であった。


「あっつ……」

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