料理スキル

「さあ、出来たぞ!」


「……」


目の前に繰り広げられるダークマターの面々を見て、素直に手を伸ばすほど俺の寝起きは悪く無い。

昨夜、どちらがベットを使うかで言い合いになった挙句、客人である御本をベットに寝かすことに成功した俺はリビングのソファで寝ることにした。

いつもよりも硬い素材のベットの上で寝返りを打つこと数回。どうにか寝る事に成功した俺に待っていたのは食欲を根底から無くす何かが焦げた匂い。

目を開けソファの肘置きに置いてあるスマホを見る。アラームを設定した時間よりも遅い時間が表示されており、寝過ごした。

自慢では無いが、俺はアラームの音で直ぐに起きる事ができる人間だ。

今までそのおかげでほぼ遅刻なんてしたことは無かった。

そんな俺がアラームの音を聞かずに寝過ごすなんて事ある訳が無い。

大方、キッチンに立っているこいつのせいだろう。


「何……これ……」


分かってはいたが、聞く事にした。


「食パンと目玉焼きだ!」


その言葉を聞いて、俺はもう一度皿の上に乗っている食パンと目玉焼きだった物を眺める。

食パンは表面からミミの部分に至るまで見事に焦げており、目玉焼きに関しては全体が黒くなり過ぎており、黄身と白身の境界線が見えない。


「どうした?遠慮する事は無いぞ?」


「ああ」


御本の満足そうな笑顔を見た手前断ることができなかった俺は食パンを手に取る。

食パンが焦げているのは表面とミミの部分だけ、つまりワンチャンス中身は無事の可能性がある。

俺はそんな望みのない何かに縋った。


「……」


よくCMで見るような優しい裂き方では裂くことが出来ず軽く力を入れてようやく裂くことに成功した。

成功したと同時に俺の中にあった僅かながらの希望は絶たれた。

中までコゲたっぷりだ!

黒より黒いとはこの事を言うのだろうか?思わず目を背けたくなるのをグッと堪え、御本に応じるように一口ちぎって口に放り込む。


「……うっ!」


極小量ながらその破壊力は絶大で、噛めば噛むほど口内に広がる苦味は粘膜を破壊せんばかり勢いで歯の裏や内頬、はたまたベロの下などにこびり付いてきて、どんなに牛乳で流し込んでも永遠と続くその苦味は消えることを知らない。もはや御本そのものが生物兵器である事を示しているかのようだ。

口内が苦味のエレクトリカルパレード状態。


俺は覚悟を決め、残りのパンを口に頬張る。先程同様噛めば噛むほど増える苦味と戦いながら咀嚼を繰り返す。


「……」


咀嚼を繰り返していく内に苦味以外の味がある事に気付いた。

甘味だ。ジャムでも塗っていたのだろう。


苦味に勝てるほどではないが微かに舌先を刺激する甘味は心ばかりの救いになった。

甘味に救われながらも食パンを完食した俺に待っているのは大トリでもあり、恐らく食パンの比にならない位の犠牲を生みそうな目玉焼きを模したコゲの塊だ。

人は失敗から学ぶ事が出来るほどに賢い。食パンで痛み目を見た俺は若干ショート寸前の思考回路をフルに活用し目玉焼きを完食出来るかもしれない作戦を思い付いた。


俺は調味料棚からマヨネーズと醤油を取り出す。

俺の考えた作戦。それは味変である。シンプルながらに功を奏せば苦しまずに目玉焼きを完食出来る。

我ながら頭が冴えている。


食パンの時と同じように後学のために白身を一口サイズに切り口に入れる。

予想通り、食パンとは比にならないほどの苦味だ。

気を抜いたら意識を失うかもしれない。


「じゃ、いただく」


「うむ!それは自信作なんだぞ!」


御本に絆されながらマヨネーズをたっぷりと掛けた黄身を食べる。

口に近付けた時点で分かるこのやばさ。口内に溜まり鼻を抜けるその苦味は俺を苦しめる事を楽しんでいるかのようにも感じる。

敵が何か分からない。


「どうだ!美味しいだろう!」


「……」


「そうか!声も出ないほど美味しいのか!」


違います。苦すぎて呼吸が出来ないだけです。

質問して自己解決している御本には悪いがこれは人の食い物じゃない。

マヨネーズの風味を軽々と乗り越え苦味は領地を拡大して行く。

口内が占領されるのも時間の問題だ。


さらに俺を苦しめているのはこの謎の甘味だ。

食パン時は凄くお世話になったが、今の状況においてこの甘味は追い討ちでしかない。


「何か……入れたか……」


声を出すのもキツい。


「おお!分かるのか!砂糖を少しばかり入れてみたんだ!水瀬甘いの好きだろう?」


確かに俺は甘めの味付けは好きだ。しかし、この一件で嫌いになりそう。


「そう……か……。ありが……とう……」


息も絶え絶えとはまさにこの事。感謝一つするのに毎回この苦しみを味わっていたら体が持たない。


「もっと褒めても良いんだぞ水瀬!」


御本は頭を突き出した。撫でてやりたいのは山々なんだが手先すら動かない。

料理一つでここまでの症状が出るなんて……。さすが御本だ……あ、やべぇ死ぬ……。


それを最後に俺は意識を失った。


「水瀬大丈夫か!?水瀬!水瀬ー!」



「何やってんの?」


 パシャリという軽快な音で目を覚ました俺の目に飛び込んできたのはスマホを向け、だらしない笑みを晒している御本だった。


「別に……何も……」


 俺が起きたことに気付いた御本は目を泳がせ辺りをキョロキョロとした後、静かにスマホを置いた。


「起きたか水瀬!」


「いやいやいや、誤魔化せてないからね?俺の寝顔を撮ったことばれてるからね?てか、何で俺また膝枕されてんの」


数日前と同じ光景に俺は疑問を覚えてしまう。ただ、寝かせるだけならソファに置くだけで良いのに。

もしかして、こいつ膝枕が好きなのか?


「硬い所では疲れが取れないだろう?」


俺が倒れた理由が疲れによるものと御本の中では決まったらしい。

本当は「お前の料理のせい」何て酷過ぎてとてもじゃないが言えない。


「それはありがとよ」


一応の感謝はしておく。御本の膝枕は市販の高級枕に負けず劣らずの寝心地だった。

その証拠に俺が倒れた時間から既に二時間が経っている。

ん?二時間?気を失った時点で遅刻は覚悟していたが。ん?二時間?

御本を撫でていた手を止めテレビを付ける。画面上部に表示されている時間とリビングに設置されている時計を見比べるが寸分違わず同じである。

つまりリビングの時計は故障していない。大遅刻である。


ま、まあいい。遅刻はもうしょうがない。なら電話は来ていたのだろか?

何の連絡も無しに学校をサボるとほぼ百パーセントの確率で担任から電話が来るはずだ。


「御本。俺が寝ていた間何かあったか?」


俺が気を失っていた間の事は近くにいた御本が一番知っているだろう。


「う〜ん……。格別変な事は起こらなかったが……私と水瀬のスマホが定期的に鳴っていたな!」


ああー、それだわ……。折り返しで電話しようかな。


プルルルルルッ!


スマホの電源を入れ着信履歴から担任である氷室先生に掛けようとした所で着信が来た。

案の定氷室先生からで、寝坊と、適当な理由を着け昼休みまでには行きます。と言う。

氷室先生は「分かったわ。それと、御本さんにも連絡お願いね。何度も掛けているけど返信が無くて」と言い残し電話を切った。


「御本はここにいます」そんな事、言えるはずも無く。先生を騙しているようで何か嫌だった。


「誰からだったのだ?」


「先生から。制服に着替えて来るからここにいてくれ」


「分かったのだ!」


制服に着替えリビングに戻ると御本が食器を片付けている最中だった。

そこには見覚えのあるダークマターの面々がいた。


「捨てるのか?」


「うむ……。それにとても食える味じゃ無かったからな」


その表情は罪悪感から来るものか、御本の顔は悲しそうだ。


「勿体ないだろ。残り食べるから置いておけ」


勝手に作っておいて身勝手に捨てられる。目玉焼きに意思があったらそんな事を思っていそうだ。

何より濃い調味料に頼ればギリギリ食えるものを捨てるのは俺の信念が許さない。

倒れたのはキャパオーバーだっただけだ。


「良いんだ。水瀬が苦しむ位なら捨てた方がいい」


「俺なら大丈夫だって、早く温め直してくれ」


「!……水瀬は優しいな……」


「違ぇょ。さっきも言ったろ。勿体ない。からな」


「ふふっ、そうだな。温め直すから少し待っててくれ」


「ああ」


マヨラーの人みたいに白身をマヨネーズで埋めたら食えました。

苦いのは変わらない。

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