糖度の暴力
御本に手を引かれながらやってきたのは学校からほど近い商店街にあるオシャレな喫茶店。
店の外にあるのぼり旗には『本日から新作パフェ始めます!』と書いてあった。クラスの女子が話していたことだけに真偽が不明だったが、本当にあって良かった。
これで無かったら御本に何されるか分からなかった。ひとまず安堵。
店内に入ると眩いオーラを纏ったイケメン店員が出迎えてくれた。店員に促されるままに近くの席に座った所で俺はあることに気付いた。
女性客しか居なくね?
ジャズ調の音楽が流れている店内をぐるりと見渡すとその十割が女性客であり、男性の姿は俺と先ほどの店員以外見当たらない。
そう、ここは女性に人気の喫茶店だった。どうりで店内の装飾が可愛い訳だ。
形容詞し難い居心地の悪さに苛まれていると、先程の店員がお冷を持ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
キラリと輝く白い歯を見せながら笑う店員に新作のパフェと二人分のカフェオレを注文する。
店員は「かしこまりました」と言いうと静かに戻って行った。
数分後。
「お待たせいたしました。こちらカフェオレでございます。それとホイップミルクパフェでございます。ごゆっくりどうぞ」
「おおー!」
「うわ……」
御本の前に置かれたそれは糖分の暴力と表現しても差し支えないほどの貫録を感じさせ、辺りに広がる強烈な甘味は甘いのが好きな俺ですら思わず口を手で塞ぎたくなるほどに凶暴だ。
カフェオレの匂いが霞んでいる。
「水瀬も一口どうだ?」
半分ほど食べたところで俺の方を一瞥したかと思えば、御本はおもむろにパフェをすくいスプーンを向けてきた。
「口周りにクリーム付いてんぞ」
スプーンを向けてきたことにも驚いたがそれ以上に気になったことを指摘する。女子としての恥じらいの一つも感じさせない御本に呆れながら、紙ナプキンで口周りに付いてるクリームを拭き取る。
「んん~」
「拭きずらいから動くな」
ささやかな抵抗を見せる御本に苦戦しながら何とか拭き終えた俺は未だに差し出されているスプーンの先を口に入れる。
ちょうど良い甘みが口内に広がる。「美味しい」そんな感想以外出てこない。
「そうだろう!もう一口どうだ?」
「いや、いい」
すぐさま二口目の準備に入る御本を止める。美味しいが、糖度が高すぎてダウン寸前。
「遠慮することはないぞ?」
「ちょっとま……。!?」
口をこじ開けスプーンを突っ込んでくる御本に畏怖の視線を送りながら、カップに残っていたカフェオレを流し込む。
ほぼ無意味でした。
「すいません。カフェオレもう一杯ください」
近くにいた店員にカフェオレを注文する。ここまでの一部始終を見ていたのか店員は苦笑いだった。
「ようやく無くなった……」
二杯目のカフェオレを半分ほど飲んだところで口内にこびりついていた甘味は消え去さり、少しばかりの苦みが口内に広がる。
「水瀬」
「どうした」
御本のせいで影が薄くなっていた周防に呼ばれる。
「食べたい」
そう言って周防が指差したのは『ホイップミルクパフェ』だった。
「お前もか……」
「食べたい」
「頼めばいいだろ」
「お願い」
「俺かよ……。すいません……」
近くにいた店員さんに注文する。運ばれてきたパフェに恐怖すら覚えた。
「あーん」
パフェの側面をすくったスプーンを自分の口に持っていくのかと思いきや俺の方に向けてきた周防の行動に思考が止まる。
覚悟を決めるのにそう時間は掛からなかった。
「あーん」
「あー……」
微かな苦味はどこえやら。御本の時同様の強烈な甘味が口内を刺激する。
「うっ……」
どうしてこんなにも甘いのかを考えたときに最も正解に近いのはここが女性向けの喫茶店だからだろう。という結論に至った。
人にもよるが女性と言うのは甘いのが好きなのだ。パンケーキやクレープなど、女性は甘いものに目がない。
もちろんそれが悪いとかは無い。しかし、如何せん甘味が強すぎやしないかい?女性の利用客が多いのも分かるが、もっと糖度を抑えてくれー!
糖尿病になるわ!
「おいしい?」
「あー……うん……」
周防から向けられる純粋な疑問の視線に無理やり笑顔を作り答える。思えばこの行動が良くなっかたのだろう。
「そう。あーん」
「へ……」
「おいしい」
「あー……。はい……」
覚悟を絶念にシフトチェンジしカフェオレで味覚を誤魔化しながら周防が満足するまであーんを受け入れる。
そんな俺と周防のやり取りを見ていた御本が周防に対抗するようにスプーンを向けて来た。
女性客と店員の興味津々な視線に気づかないまま、この地獄とも取れる現状が終わることを俺はただひたすらに願うばかりだった。
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