さあ、帰ろう

「帰るか……」


 二人から半分ずつ貰い。実質一人分のパフェを食わされた俺は甘味から来る気持ち悪さにやられながら伝票片手に立ち上がる。


「外で待っててくれ」


「うむ!」


 御本が外に出たことを確認した俺は伝票を店員に渡す。


「三千二百五十円になります」


 意外と高いな。


「水瀬」


 財布を開き小銭の確認をしていた俺を呼ぶ声に視線を向ける。


「周防か、外で待っててくれ」


「これ」


 そういって周防が可愛らしい財布から取り出したのは千円札。自分の分は自分で払うつもりらしい。


「俺の奢りだから気にすんな」


「でも……」


「周防はもっと御本みたいな図太さを身に付けたほうがいいかもな。でも、気持ちは受けとっとく。ありがとな」


 一瞬表情を歪めた周防の頭を撫でる。御本は図太すぎる気がするけどな。


「そう……」


 周防は顔を伏せたまま店を出て行った。怒らせたかな?


「お客様……」


「はい?」


 財布から五千円を取り出したとき会計の女性店員が少し呆れた表情をしていた。


「髪は女性の命なんですから無遠慮に触らない方がいいですよ。謝っておいてくださいね。それと」


「?」


「いえ、何でもありません」


「はぁ……まあ、謝っときます」


「そうしてください。五千二百五十円のお預かりで、二千円のお返しです。またのご来店をお待ちしております」


 綺麗に腰を折りお辞儀をする店員に見送られながら喫茶店を後にした。


「遅かったではないか。何かあったのか?」


「何も。あ、そうだ周防」


「何」


「さっきは勝手に頭を撫でて悪かったな。配慮が足りてなかった」


「……いい」


店員に言われた通りに謝ると数秒の間を置いて周防はそう言った。


「そっか、ありがと」


「水瀬~?」


「急に顔を近づけてくるな」


「周防だけずるいではないか!私の頭も撫でるのだ!」


 抗議の意を示し、その場に地団駄を踏む御本頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でる。


「もっと優しく!」


「はいはい」


 優しく撫でる。


「ふふん~」


 鼻歌を歌う御本をよそに今日の夕食何にしようかな。と考える。


 と、いってもパフェのせいで大分腹は膨れている。


「今日はいらないか……」


「なんか言ったか?」


「別に。てかいつまで撫でればいいんだよ」


「私が満足するまでだ!」


「場所変えないか?」


「何故だ?」


「そりゃ……」


 何と言ってもここは商店街。今の時間は夕食の買い出しに来た主婦や部活帰りの学生の往来が激しい時間だ。

 先ほどからちょくちょくこちらを興味津々と言った感じで見つめてくる視線の何と多いことか。御本がどうであれ、俺は恥ずかしい。

 特に、さっきからこちらを指差して「ママー、あれ何してるの~?」「あれはねー、恋人同士の愛情表現よ~」とか話している子連れがいる。

 もうやめて!


「移動するぞ」


 遂に耐え切れなくなった俺は御本の手を引き商店街を後にした。


「私はまだ満足してないぞ!」


 商店街から速足で歩いて数分。閑静な住宅街の中にある小さな公園に来た。入り口付近にあるベンチに座りる。恥ずかしさで死にたい……。

 わめいている御本の言葉を右からの左に流し、ただひたすらに下を向き続ける。赤くなっている顔を誰にも見られたくないのだ。


「ん」


 いつのまに買ってきたのか、周防の差し出した缶のお茶を受け取る。


「ああ。ありがとう。いくらだ」


「いい」


 財布を取り出す俺を止める周防の手。


「奢り」


「そういう訳にはいかないだろ」


「奢り」


「……ありがたく貰う」


 何とも意思の固い周防さんであった。


「ん」


「私の分が無いぞ!?」


「忘れた」


「うぅ~」


「あ……。お前なあ……」


 唐突に唸り始めた御本に半分も飲んでいない缶のお茶を奪われた。


「悪いな。せっかく買ってくれたのに」


「構わない」


「ちゃんと缶捨てろよ」


「分かっているのだ!」


「何を怒っているんだあいつ」


「水瀬」


「ん?」


「好きな物ある?」


「何の話だ?」


「お弁当。作ってくる」


「誰に?」


「水瀬に」


「それはありがたいが、大変だろう?」


「変わらない」


「そうか。好きな物?ん~?玉子焼きとかかな?」


「覚えた。楽しみにしてて」


「おう」


 口角が動いた気がしたが、気のせいだろう。


 △


 夕日が完全に隠れ辺りが暗くなったので、帰ることにした。


「ここまで」


「そうか、気を付けてな」


「ん」


 小さく手を振る周防に手を振り返し、帰路に着く。


「で、お前はいつまで不機嫌なんだよ……」


「別に不機嫌ではないのだ!」


「分からん奴だなぁ」


 そんなに忘れられたことが嫌だったのか?


「何だか分らんが、機嫌治せよ」


 取り敢えず何となくで頭を撫でる。女性店員の言葉が頭をよぎったが、俺からすれば御本は女枠には入らない。


「家に着くまで続けて……」


「はいはい」


 軽い筋肉痛になったのは言うまでもない。

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